心に響く蔵元──醤油を巡る旅
第6回

中国の蔵元を訪ねる

『醤油本 醤油を見つけて 醤油を知り 醤油を楽しむ本』では、先人や周りの人に敬意を払い、熱心に勉強し、日々の経験の積み重ねから多くの人に愛される醤油を造る全国の蔵人達を紹介しています。

本連載の第6回では、中国地方で地元に密着した魅力的な蔵元5軒をご紹介します。

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醤油本 醤油を見つけて 醤油を知り 醤油を楽しむ本

 

■岡本醤油醸造場
家庭料理の美味しさを支える

櫂棒を諸味の表面から上に持ち上げず、桶の中の諸味を優しく対流させるように混ぜる。岡本さんが長年考えて生まれた方法。

醤油造りを純粋に愛する人。そう問われたら先ず大崎上島に蔵を構える岡本義弘さんを思い出す。「醸造では寝かせることが大切なんだ。僕はすべての工程で寝かせる。大豆を仕入れたら1年蔵の中に置く。材料を室に入れてからも、一晩寝かせるとちゃんと自分の力で麹菌が動き始める。すぐに人が手を入れちゃいけない。材料や微生物そのものが持つ力を支えることが大事なんだよ」と。

家庭料理のための醤油を造ろうと思った

関東の醤油蔵に勤めた岡本さんが島に戻り、蔵を継いだばかりの頃は、他の醤油屋もこぞって家庭に醤油を配達していた。
「『選ばれなきゃ!』、『使って欲しい!』と思いながら巡っていると料理している家から香りがしてきて『うちの醤油の香りだ!』とわかる。この家では煮しめに、あの家では煮魚に。醤油を届けると天ぷらをうちの醤油で作ったつゆにつけて渡してくれたり、分わ け葱ぎなますとか食べさせてくれたんだ」味わいやアレンジの仕方が家によって少しずつ違っていて、こんなふうに使ってくれているんだと思うと嬉しかった。その時に思った「家庭料理っていいなぁ」と。
「帰って来た頃は若かったからいろいろ珍しい醤油を造りたいと思っていたけど、家庭を巡って
思ったんだ。どの家庭で使っても美味しく楽しめる醤油がいいって。醤油の味もぶれてはいけない。冬の根、春の菜、夏の茎、秋の美もおいしくする醤油を造ろうって」そう話す岡本さんの声は暖かい。

何事も手を使って手間暇惜しまずが大事

蔵は人間の体と同じ。だから常に清潔じゃないといけない。体の中が汚れて不調になると、うまく消化や吸収ができなくなってしまう。そうした考えのもと、蔵はいつでも清潔に保たれている。「肌で感じることが大事。うちは諸味を櫂棒で混ぜる。機械に頼らず手で混ぜながら、諸味と会話することが大切なんだよ。料理も出来合いの物を買ったり、だし醤油を使って調理するより、手を使ってだしをとって料理するのがいい。食卓を囲む相手を傍で見てわかって、おいしく感じるように味付けをする。それが肝心なんだよ」
今日も大崎上島の家庭には岡本さんの醤油が並び、台所からはお腹をぐーっと鳴らす香りが漂う。

麹の出来を確認する岡本義弘社長。子供の頃からおじいさんにくっついて麹の成長を見守ってきた。
康史さん[右]と哲也さん[左]が蔵を支える。
微笑ましい岡本一家が力を合わせ美味しい醤油を造る。

【製品紹介】
瀬戸内の恵みを堪能
濃口醤油
岡本さんが厳選した、広島県や佐賀県産の大豆、香川県や山口県産の小麦と瀬戸内で採れる材料を用い、2年かけて熟成。どんな料理にも合う使いやすい品で、値段もお手頃。

500㎖ビン¥540(税込)
原材料 : 大豆、小麦、食塩

柔らかく濃厚な味わい
かけ醤油
合計3 年かけてじっくりと育んだ醤油。地元大崎上島では、お刺身を食べる時に愛用されている。濃厚ながらに優しい味は再仕込醤油の入門編にぴったり。

500㎖ビン ¥864(税込)
原材料 : 大豆、小麦、食塩

岡本醤油醸造場
広島県豊田郡大崎上島町東野2577
TEL 0120-75-2041 / FAX 0846-65-2043
http://okamoto-shoyu.com/
見学可(要予約)


■森田醤油
一生食べ続けても安全なものを

木桶で仕込む醤油は、全て櫂棒を使って手で混ぜながら育む。

目指すのは 「子供から大人まで食べ続けて安全な醤油」。開発時、ぽん酢を作るために仕入れていた「だし」を分析すると、鰹以外の原料も使用されていることがわかった。「息子がそのだしを飲もうとした時、ちょっと待てと止めてしまったんです」と森田郁史さん。それまでのレシピを全て破棄し、以降は原料を全て国産に。だしは素材から取り寄せて自社で煮出す。儲けのみを考えた商売とは真逆のスタンスに「まぁ、お遊びですよ」と森田さんは笑って答える。
そんな森田さんのやり方に共感した息子、浩平さんが2015年1月に戻ってきた。元々食に興味があった中、無添加の加工品を作りたいという思いが湧き、ぴったりなのが実家だと気づいたという。
「醤油屋の息子だからという理由なら勤め人になったほうがいい。うちで働くと3倍働いてやっと給料が勤め人と同じ。でもね、楽しさは3倍以上だよと随分前に言ってたんだ」という郁史さんの言葉に、「いつの間にか洗脳されていたのかも。でも、結果オーライですね」と浩平さんは苦笑い。親子の二人三脚が力強く始まった。

食に対する熱い想いを持って帰ってきた現在24 歳の息子・浩平さん。醤油造りを一から学ぶ。
国産の大豆にこだわりたいから常に大量の在庫をストック。
平成21年に新工場設立。木桶を増やし、現在合計木桶は30 本ある。
試作品を楽しげに見せてくれる森田郁史社長

【製品紹介】
自然塩醸造丸大豆醤油
むらげの醤
島根県産の大豆と小麦、沖縄産の塩シママースと、全て出処がわかる国産原料を使い、木桶の中で二夏熟成させた天然醤油。

200㎖ビン ¥486(税込)
360㎖ビン ¥518(税込)
720㎖ビン ¥972(税込)
原材料 : 大豆、小麦、食塩

森田醤油
島根県仁多郡奥出雲町三成278
TEL 0854-54-1065 / FAX 0854-54-0282
http://morita-syouyu.com/
見学可(要予約)


■桑田醤油
地元の愛用者が年々増える蔵元

山口県で最も所有本数の多い21本の木桶で仕込む。

リクルート社の勢いある営業マンが実家の醤油蔵に戻ってきたのは10年ほど前。「決算書を見て逃げ出したくなりました。もう最初は長靴を履くのも軽トラに乗るもの嫌でいやで」桑田浩志さんは当時を振り返る。
そんな桑田さんの価値観を変えたのは配達先で出会うお客様の声。「うちの醤油じゃないとダメって言うんですよ」。そして地元の人たちと触れ合っていくうちに「僕が辞めたら、ずっと愛されてきた地元の味が再現できなくなる。山口県の醤油文化を守り、後世に伝えるのが僕の使命なんだ」と覚悟を決めたという。以来、蔵と木桶に誇りを持ち、真っ直ぐ正直な醤油造りを貫き、心をこめて醤油を届けている。そんな桑田さんの夢は「山口県に縁のある人に、一番愛される醤油蔵になる」こと。今では、配達に行くと「そろそろ醤油ないやろ?」「そーやったっけ?ほんまじゃ」というやり取りになるほど、各家庭の醤油事情を知り尽くし、留守の時は、倉庫や勝手口に醤油を置いて帰って商売が成り立つほどの信頼関係が出来上がっている。
「太くて短い仕事ではなく、細くても、長くて、深い、そんな仕事をしていきたいんです」地元の人と桑田さんの家族のような絆はこれからも長く、そして深く続いていく。

桑田浩志社長といつもそばで支える女将・麻衣子さん。
多くの蔵元が手放した「麹造り」から手がける。
地元の人に醤油を手渡し。まるで家族のように身の上話が続く。

【製品紹介】
山口仕立ての甘めの醤油
山口県産丸大豆しょうゆ
山口県産の大豆と小麦を使用し、山口県の四季を感じながら約550日発酵・熟成。ほんのり口の中で「甘味」と「旨味」が拡がる、まさに山口県でしか再現できない醤油。

500㎖ビン ¥565(税込)
原材料 : 大豆、小麦、食塩、砂糖、調味料(アミノ酸等)、カラメル色素、甘味料(ステビア、甘草)

桑田醤油
山口県防府市松崎町8-11
TEL 0835-22-0386 / FAX 0835-22-0441
http://sugidaru-shouyu.com/
見学可(要予約)


■鷹取醤油
至誠なまでの醤油造り

少しずつ蔵の改修 にも取り組んでいる

鷹取醤油はいつも活気に溢れ、若いスタッフも多い。訪問客には気持ち良く接し、製造道具は毎日徹底的に磨かれている。現場が大切という一貫した考えを蔵中が体現しており、現場を育てる鷹取社長には「至誠」という言葉がぴったりと重なる。地元の家庭で代々愛される商品は、岡山県備前市らしいまろやかで甘味のある醤油。最近は高品質な材料を使った加工醤油も生み出し、人気を得ている。

直営店では醤油のソフトクリームも人気。
四代目の鷹取宏尚社長。

【製品紹介】
ふしいち 桐
500㎖ペットボトル ¥378(税込)

原材料 :アミノ酸液、脱脂加工大豆(遺伝子組換えでない)、小麦、食塩、砂糖、大豆(遺伝子組換えでない)、甘味料(ステビア、甘草、サッカリンNa)、調味料(アミノ酸)、酸味料、保存料(パラオキシ安息香酸)

鷹取醤油
岡山県備前市香登本887
TEL 0869-66-9033 / FAX 0869-66-8022
http://takatori-shoyu.co.jp/
見学可(要予約)


■きぢ醤油
料理にも使える再仕込を目指して

レンガ造りの麹室の中で育まれる麹。

再仕込醤油が主力商品という珍しい蔵元。「一般的な最仕込醤油は濃厚だけど香りが弱くなってしまう。それを克服する醤油を目指したい」と今井明正さんは言う。色が淡く濃口醤油に近い香りにするために、二度目の熟成が長くなりすぎないように調整する。原料処理から一貫して感覚を大切にし、大豆の蒸し具合によって小麦の量を調整したり、搾るタイミングも諸味の香りで判断する。

道を挟んで左右の建物に麹室と木桶蔵が建つ。
醤油を楽しそうに語る今井明正社長。

【製品紹介】
醇(じゅん)
二段仕込諸味を50%使用した上に米麹を加え、塩分を20%少なくしたまろやかな塩分の醤油。

500㎖ビン ¥475(税込)
原材料 : 小麦、脱脂加工大豆、大豆、食塩、ぶどう糖、米、アルコール

きぢ醤油
広島県呉市仁方本町 1-2-51
TEL 0823-79-5026 / FAX 0823-79-6787
http://kidisyouyu.com/
見学可(要予約)

 


<玄光社の本>

醤油本 醤油を見つけて 醤油を知り 醤油を楽しむ本

著者プロフィール

高橋 万太郎&黒島 慶子


高橋 万太郎(たかはし・まんたろう)

日本全国選りすぐりの醤油を100mlで統一して販売する「職人醤油」代表。各地の醤油蔵の訪問件数は300を超える。伝統産業・地域産業の中で「つくり手」と「使い手」の「つなぎ手」となる組織を目指して日々挑み続ける。1980年群馬県前橋市出身。

 


黒島 慶子(くろしま・けいこ)

醤油とオリーブオイルのソムリエでwebとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳の時に体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけている。

 

書籍(玄光社):「醤油本

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