浮世絵の一種として広く知られる「春画」は、浮世絵の中でも特に性風俗を題材とした絵のこと。印刷技術の発展で普及・流行した江戸時代においても多くの人気絵師に描かれた作品の裡には、時代が下って現在にも通じる表現、その原型とも呼ぶべき工夫が凝らされていました。
「春画コレクション 絵師が描くエロスとユーモア」では、春画が描かれた時代背景から、作品を鑑賞する際に押さえておきたいポイント、シチュエーションやテーマ、「笑い絵」としての見方など、春画が持つ様々な側面を解説。「江戸時代のエッチな本」というだけで片付けるにはあまりにもったいない、春画の面白さを知ることができます。
本記事ではPART1「春画の楽しみ方」より、絵画や読み物としての春画の読み解き方について解説します。
春画の見方I(絵柄・構図)
春画はどこに注目して見ればよいのでしょうか ? もちろん、難しいことは考えずに、直感的に「きれいだ」「おもしろい」と感じれば、それでOKです。ただし、ちょっと細かいところに目を留めてみると、意外な発見に出会えることもしばしばあります。ここでは、いくつかの着目すべき点を解説していきます。
1. 春画に多い着衣の交わり
春画では衣服を身に着けたまま、行為に及んでいる絵がとても多いようです。特にその傾向は錦絵(にしきえ)誕生以降に顕著になります。
その理由はいくつか考えられます。まずは美しい着物を描いたほうが錦絵の多色摺りによく合ったきれいな絵ができる、ということです。また、着ている服によって、描かれた人物がどういった身の上なのかが推測できるというのも大きなポイントです。豪華な髪飾りをつけた遊女、前掛けをした商人、腹巻をした職人などを意識して見てみましょう。なお、裸体を書くのは意外と高度な技術を要するため、着衣姿が頻繁に描かれたのだとする説もあります。
2. 目立たせたい性器と表情
春画が性的な絵画である以上、性器を目立たせて描くのは基本中の基本といえます。また、もうひとつ目立たせたいのは、顔の表情です。いかに絵師が苦労してその部分を目立たせているかに注目するのも、春画を楽しむポイントといえるでしょう。
例えば、下図は着衣の濃い色で囲むようにしているために、性器の結合部分と顔の表情だけが白く浮かんで目立つようになっています。これは、前述の着衣の効果のひとつでもありますね。
周囲をなんらかの素材で囲むことによって、対象物をより目立たせることを「額縁効果」といいます。春画でもよく使われる画法です。
3. 額縁効果が生む臨場感
性器や顔を目立たせるだけでなく、構図全体としても額縁効果が活かされている春画はたくさんあります。これは春画に限らず、ほかの絵画も同様ですが、まわりを囲むことで、より目線が主題に向くようになり、メインの絵柄が引き立って見えるようになります。
また、春画特有の効果もあります。襖や樹木などで交合図が囲まれていると、まるで自分が他人の交合を覗いているような気持ちになるものです。そう思って見てみると、周りを囲まれた構図の多さに気づくことでしょう。
近景に襖や衝立を描くことで、絵に奥行きが生まれ、遠近感が訴求されるという効果もあります。
4. 秘すれば花 ? 隠す技術
性器と顔を目立たせて描くのが春画の基本だともいえますが、全部はっきりと目立たせて描けばよいわけではありません。逆に隠すことで想像力が掻き立てられる場合も多いもの。例えば、現代のマスク姿の人に対して、隠された部分への興味が増したり、全体が美しく見えたりすることがあるのは事実なのです。
蚊帳や御簾(みす)などで、ほんのり顔などを隠すこともよく行われます。“夜目遠目笠の内”(よめとおめかさのうち)ともいわれる通り、見づらさが逆に美しさを際立たせることもあるのです。
そのほかにも、あえて衣服などで性器の一部などを隠している絵柄もしばしば見受けられます。
春画の見方II(文章)
多くの春画には、絵だけでなく文章もついています。画中にセリフなどが書かれているものもあれば、別ページにびっしりと物語が書かれているものもあります。さながら前者はコミック、後者は挿絵入りの小説か絵本のよう。これを読むと、絵の意味がよくわかり、より深く春画の世界を味わうことができます。
1. 春画はショートストーリー集
長い文章がついた春画も、実はたくさんあります。1図につき数ページもの文章が書かれているものもありますし、絵とは直接関係のないショートストーリーが書かれている本もあります。江戸時代の庶民などは、文章と絵と両方を楽しんでいたわけです。この、春画や絵巻物などに書かれている文章を「詞書」(ことばがき)といいます。
文章は活字ではなく手書きで、現代文とは少し違う「(江戸)変体仮名」で書かれていますので、なかなか読むのは難しいのですが、ここでは、その一部を現代語訳して紹介します。
また、本書でも内容理解の助けになるよう詞書の一部を要約して紹介しているものがあります。
歌川芳虎(うたがわよしとら)『開註年中行誌』(かいちゅうねんちゅうぎょうじ、1834年)
STORY
(【前略】ある男が知り合いの家に本を借りに来た。しかし、亭主は留守。女房は、急ぎで入用なら本箱を探してご覧なさいという。男が亭主の本箱を探していると……)
男「やや、こりゃあどうだ。ほほう、とんだ清少納言の真筆があるネ」
女「なんだえ、おや、枕草子(枕絵=春画本のこと)かいよ。おほほほ、大しくじりさ。とんだことろへ入れておいたのお」とニッコリ笑う。
(【中略】しばらく艶本を見ながら男と女房は語り合う)
男「絵に描いたとはいいながら、見れば見るほどぞっとするよ。この野郎がホレたのも無理もねえ。この女の股座へ思い切って、こう手を入れりゃあいいのになあ」と本の話を装って、女房の股座へ手を入れる。女は膝で締め付け、片手で抑え、
女「あれさ、悪いことを。わたしゃそんな淫気心はないよ」
男「淫気心がない女をその気にさせるのが、密夫(みっぷ、情夫)の性分ってもんだ。ちょっと敵役のセリフみてえだが、『否応なしにこうするよ!』」と股座へぐっと手を入れ、指をやれば、ぬらぬらぬらぬら……。
男「ソレこんなに愛液を出していながら……」
女「それなら、お前さん、本気かえ?」
男「はて『密夫に二言はない』さ」
2. 書入れを味わう
春画には、左ページにあるようなショートストーリーが書かれたものもあれば、葛飾北斎の『万福和合神』のように三巻でひとつの長編物語になっているものもあります。もちろん、文字のないものや、短いセリフだけが書かれたものもたくさんあります。右図のように画中に書き込まれた文のことを「書入」(かきいれ)ともいいます。
ごく簡単に登場人物のセリフだけが書かれたものもあれば、それだけでショートストーリーといえるくらい、すき間にびっしりとお話が書かれているものもあります。
これを読まないと絵柄の意味がわからないものも多く見受けられます。その一例として歌川国虎の『男女寿賀多』(下)の書入れを見ていきましょう。
歌川国虎(うたがわくにとら)『男女寿賀多』(おとめのすがた、1826年)
STORY
絵師「しかし、絵師というのも難儀な仕事だ。ぼぼ(女陰)の写生を頼まれたからって、こうやって見ながら描くのは俺よりほかにはあるまい。他の春画に描かれたのと違って、実際に見ながら『生け捕り』にした女陰はまた格別だ。絵の具は陰核が代赭色(赤褐色)で、濃淡をつけて墨で縁取り、中は臙脂色(えんじいろ)だ。しかし、こう見ながら描くのもいいが、男根が、絵の具づくりで使うすりこ木のように固くなるし……、マスを搔こうとしたり、女陰をまさぐろうとしたり……まごまごする男根(やつ)だ」
妾「あれさ、後生でございますから、もういい加減になさいましよ。なんぼ私があつかましくっても、ちっとは恥ずかしいわな。馬鹿々々しい。両国の見世物じゃあるまいし。お前さん、お笑いになるんなら、木戸銭(拝観料)いただきますよ」