あなたは「いい写真」と聞いてどのような写真を想像するでしょうか。人によってその定義はそれぞれです。なかなか思った通りには転ばない偶発性も写真撮影の面白さですが、結果的には「撮影者の伝えたい事柄がしっかり伝わる」写真が「いい写真」といえるのもかもしれません。
「いい写真を撮る100の方法」では、スナップ写真を中心とした100点の写真について、撮影意図や撮影時のエピソードを交えながら、表現力を鍛える視点や思考法について解説。撮影者として他者に自身の感動やその場の空気感、興味の対象を伝える写真表現に向き合う姿勢を学べる内容にまとまっています。
本記事では第5章「結果をイメージしながら行動する」より、撮影している題材の中で「キービジュアル」になる写真を常に意識する視点について説明しています。
心の中で常に「大事な一枚」を思い浮かべる
あるテーマに沿って作品を撮っているとき、僕はそれを象徴する一枚を意識している。たとえば写真集や写真展にはキービジュアルやメインビジュアルとも呼ばれる写真がある。表紙やポスター、案内ハガキに使われたり、紹介記事に掲載されるその作品群の”顔”だ。まだ撮れていない段階ではキービジュアルとなる条件をいくつか思い浮かべ、それに当てはまる光景を探す。それは表紙や宣伝の素材というだけでなく、照らし合わせることで撮るか撮らないか、撮るならどう撮るのかを判断できるものさしになるからだ。
実際の写真集や写真展では編集者やアートディレクター、ギャラリー関係者の意見もあり、自分が選んだキービジュアル案が採用されるとは限らない。しかし僕はこれまで2~3の候補で迷うことはあったが、自分の案が不採用になったことは皆無だ。それはシンプルで内容が伝わる写真を選んできたからだと思う。一枚のキービジュアルだけを頼りに写真集を買ってくれたり、写真展に来てくれる方も少なくないので、意表を突くような選択は難しいのだ。
そんな話をすると「写真展なんてやらないし」と思われるかもしれないが、なんとなく撮り重ねている対象があれば、勝手にキービジュアルを選んでみるのもいい。あるいは気に入っている一枚をキービジュアルに、それに合う写真を撮っていくのも面白い。写真展が現実になるかもしれないし、被写体へ写真との向き合い方が変わってくる。僕がこれまで開いた写真展も、大抵はそんな小さな試みから始まっている。逆に撮り続けているのになかなかキービジュアルが選べない題材は、寝かせたり見切りをつける。
この写真は写真集「山梨県早川町 日本一小さな町の写真館」のキービジュアルだ。1000人強の人口の半分が高齢者という早川町だが、南アルプスの麓で水が良いせいか、おばあさんたちは肌つやがいい。そしておじいさん達は山仕事で鍛えられ、精悍な顔をしている。そんな人たちを2年ほど撮影したところで、さらにその2年後、写真集にまとめることになった。
その決定直後のある日、集落総出でお茶を収穫する様子を朝から撮影していた。おばあさんたちとお昼ごはんに向かうと、茶畑のご主人が慈しむように原木の葉を摘んでいた。ご主人と目が合った瞬間、僕は「写真集の表紙だ!」と閃いた。集落に広がる茶畑が眩しく、ご主人にピントを合わせると心地よい奥行きが生まれた。これがまさに撮りたかった早川町だ。僕は無我夢中でフィルムを3本も撮った。偶然がカメラを通して必然に変わることで、作品はさらに深くなっていく。