格好良い、美しい、面白い物撮影の世界をビジュアルとプロセスで紹介する連載。ライティングテクニックや見せ方のアイデアなど、ビジュアル提案を行なうためのテクニックを凸版印刷TICビジュアルクリエイティブ部 チーフフォトグラファーの南雲暁彦氏が解説します。
本記事では、ファッションブランドのルックブックを想定した洋服の撮影をご紹介します。
<完成作品>
“今回はブツ撮りの王道のひとつである「服」の撮影。1枚の服の中に様々なテクスチャーを持つ、ライティングもスタイリングもやりがいのある逸品だ。全てのテクスチャーを表現しつつ、一枚のビジュアルとしてカッコイイ写真を目指してみた。”
ブツ撮りの王道のひとつ「服」の撮影である。生地の質感も様々、スタイリングの自由度も高く、その分撮影の奥の深さもなかなかのものだ。しかも服という製品は他に比べてバリエーションの豊富さは群を抜き、また嗜好性も強い。時代の流れの中で様々に形を変えて生活を彩り、また人を助ける文化なのである。そのほんの断面ではあるが「今」の服の写真をひとつ、作り上げてみようと思う。
今回選んだのは1枚の服の中に様々なテクスチャーを持つ、ライティングもスタイリングもやりがいのある逸品。こういう物のセレクトは餅は餅屋で、ファッションの分野に長けたスタイリストに依頼。服の魅力を理解し、それを表現するスタイリングと、それに応えるライティングのコラボレーションが服撮影の肝だと思っている。全てのテクスチャーを表現しつつ、一枚のビジュアルとしてカッコイイ写真を目指す。
ライティング図
【使用機材】
カメラ&レンズ(富士フイルム+Canon)
GFX 50S…[1]
TS-E90mm F2.8L マクロ…[2]
アダプター:SHOTEN EF-FG01…[3]
〈焦点工房取扱製品〉
ストロボ(broncolor〈アガイ商事取扱製品〉)
パルソG…[4]
(ジェネレーター:スコロ3200 S)
アクセサリー(broncolor〈アガイ商事取扱製品〉)
ソフトボックス 90×120cm…[5]
ハニカムグリッド…[6]
撮影の流れ
今回のビジュアルをどのように撮影するのか順を追って説明していく。ライティング図と合わせて見ていこう。
1. 土台をセッティング
アクリルは反射も強いが、ライトの位置をコントロールすれば布やペーパーより締まりのある、沈み込むような黒を作ることができる。
2. 衣装のスタイリング
メインでライティングを組むことを前提にファッションに長けたスタイリストが作り込んでいく。テクスチャーを見せ、全体のフォルムも面白く、カッコ良く!
3. メインライトを打つ
まずは画面左上からソフトボックスを使ってメインライトを打ち、全体の光の方向性を作る。ここでこの後に入れていくタッチライトの方向性も決まってくる。ボアの部分や内側のレザーのテクスチャー出しも同じ方向からライトを入れていかないと、光の方向性がばらけて自然なイメージにならない。
またシャドー部が潰れないようにコントロールするのもこのライトで、光を柔らかくするためにインナーディフューザーを1枚プラスしている。潰さず、飛ばさず、方向性はしっかりと、が打ち方のコツとなる。スタイリングもこのライト位置を考えて作り込まれている。
4. レザーとナイロンの表情を出す
光の方向性は「左から」なのでテクスチャーの表情出しも左サイドからタッチライトを入れていく。メインライトのソフトボックスで、ある程度出ている質感をさらに強調してやるようなイメージで光を足していくのがコツだ。ヘッドにハニカムグリッドを付け、低い位置から舐めるようにナイロンとレザーに当てしっかりと表情を際立たせる。
レザーとナイロンは両方とも同じように反射が強いので、この一発で両方をコントロールする。ボアにも光は効いているがボアは面積が大きいのでこれだけでは足りない。
5. ボアの表情を出す
このライトも画面左上の低い位置から、レザーの時と同じようにハニカムグリッドで表情出しのライトをボアの部分に足していく。肩と胸のあたりを見せ場に、4.で足したライトとつながるようにライティングする。肩から胸、レザーのハイライトへと光の方向性が繋がっていく。こういった部分的に当てるライトは他のライトを消してそのライトだけにしてライティングした方が分かりやすい。
Tips
今回使用したストロボはbroncolorの次世代ストロボ「スコロ3200 S」だ。3200Wsから3Wsまでf値11絞り分という驚異の出力幅を1クリック1/10段というきめ細やかさでこなす。あまり馴染みがなかったのだが、出力ワット数も表示されるので慣れてしまえば使いやすい。1台に3灯まで接続可能で、1発ずつ完全に独立して出力のコントロールが可能なので、3台3灯のような使い方ができる。色温度も露出バランスを変えずに±200ずつ変えられるなど、すごいスペック。モノ自体の質感も高く使っていて安心感もあり、何せ気分が良い。まさにハイエンドなストロボだ。
6. 全体のバランスを整えていく
一つ一つ丁寧にライティングしていくのだが、全部を点灯した時のバランスを見て絵全体としてのライティングを確認、修正していく必要がある。グリッドの微妙な位置や出力をコントロールし、光のつながりや露出をコントロールして完成に持っていく。またスタイリングもわずかながら修正を施し、イメージの完成度をあげていく。チームで撮影している場合は各々が遠慮せずに意見を出し合うことも重要だ。
Tips
GFX 50Sに焦点工房のマウントアダプターEF-FG 01を介しTS-E90mm F2.8 Lマクロをつけるというまたしても異色の組み合わせだ。35mmフルサイズフォーマットのレンズながらTS-Eのシリーズはアオリを行なう分、巨大なイメージサークルを持っており、GFXの43.8×32.9mmという大きなセンサーを全く問題なくカバーする。それどころかアオリが使えるのだ、最大アオリを効かせても周辺減光はあるものの画像が欠ける事はなかった(焦点距離は35mm換算で約71mm。最近のキヤノンのレンズはそもそもイメージサークルが大きく、真ん中の美味しいところを使っているようなので、TS-Eレンズ以外でも新しいレンズはGFXで使えるらしい)。今回の仕様、アオリの効くTS-Eレンズの性能は折り紙つき、センサーはローパスレスの大判という、物撮影においては最強の組み合わせかもしれない。
今回使用したカメラは質感の再現力を重視してローパスレスを選んだ。従ってモアレが発生するのは想定内で、今回発生したこの偽色モアレはテスト撮影時にソフトで補正可能なことを確認済みだ。Lightroomの補正ブラシでモアレ除去を行ない、右の画像のように質感を損なうことなく良好に処理を行なっている。このようなテクニックを覚えておけば質感の高い描写を行なってくれるローパスレスのカメラの使用にも勇気が出るというものだ。また、モアレが全体に出てしまった場合や、質感より色などを重視する場合は、絞りを深くしてやると回折現象によりモアレが消えてしまうという技もある。バリエーションのカットではその方法を使用してモアレを回避している。
バリエーション
セットやライティングを活かして別パターンの撮影。アレンジアイデアのひとつとしてチェックしておこう。
メインカットでは1着の中に様々な素材がある服に対してグリッドを使って質感を出していく攻めたライティングだったが、こちらの服は単一素材、しかも強烈な反射をするパリパリとした質感のコートである。
同じなのは背景の黒アクリルだけで、光の性質としては全く正反対のライティング。画面左上から大きな枠トレを1枚被写体に寄せて立て、その後ろからアンブレラを2発という柔らかく光の回る優しい光を作って撮影した。それでもこのコントラストである。スタイリングも含め、この服の性質を非常にリアルに表すことができたカットだと思う。
ここで右からレフで返したりもう1発ライトを入れてしまうと、ハイライトの立ち方やそれと対になったシャドーが生み出していたこの生地のカッコ良さがスポイルされてしまうだろう。
人と同じで、被写体の性格によって接し方を変えていくことが撮影にも重要なのだ。