夜鉄
第10回

藍色の薄闇世界を駆ける列車

いわゆる「鉄道写真」は、写真撮影の一ジャンルとして広く認知されていますが、日常の中でカジュアルに撮れる一方で、作品に仕上げるという観点からは、動体・風景写真の技術や、写真芸術表現の感覚など、撮影者に複合的な素養を求める側面がある、奥の深い撮影ジャンルです。

風景写真家として知られる相原正明さんの著書「夜鉄(よるてつ)」では、夜行列車をテーマに撮影した作品集「STAR SNOW STEEL」と、夜に列車を撮影する際のテクニック解説を併せて収録した実践的なガイドブックです。

推奨する機材の方向性やロケハン時の留意点、写真セレクトの考え方、完成イメージを想定した絵コンテから撮影地周辺の見取り図まで、相原さんの「作品レシピ」とも呼ぶべき情報が詰まった一冊となっています。

本記事では「夜鉄テクニック解説編」より、絵コンテで作品イメージを固定した一例を紹介します。なお、ここで紹介した作例は、本書前半に掲載している作品集「STAR SNOW STEEL」に収録されています。

夜鉄

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夜鉄で一番難しい、昼と夜との境の時間

FUJIFILM X-T2 XF16mmF1.4 R WR (24mm 相当) F1.8 1/15秒 ISO8000 WB:マニュアル 三脚使用 12月27日16時53分 富山県・富山地方鉄道 有峰口駅~千垣駅

1. Location

薄暮のアーチ橋

12月中旬の、立山おろしの雪が降りしきる夕暮れ。アーチ橋が谷間に架かる。日没過ぎに通過予定の列車は雪で遅れ、辺りはどんどん暗くなる。駅付近で列車のスピードは遅いが、数分ごとにISO 感度、WB、露出補正の調整を余儀なくされた。

2. Concept

イメージは夜間飛行

夜空を列車が駆け抜けるイメージを狙う。真っ暗闇では背景が乏しくなるので、夜になる寸前の濃厚な藍色の世界を求めた。薄暗いなかの山と川の表情も、単調さを避けるための大切な要素。列車の窓に灯りがともることで、空に浮かんでいるイメージを強調した。

3. Technique

開放F値1.4のレンズが必需品

列車の車体、特に窓枠がきちんと分かるように、ISO8000で1/15秒、F1.8で撮影。開放F値1.4の明るい単焦点レンズを選択した。

日本画をベースにしたフレーミング

川を大胆に手前に取り込み、列車をぎりぎりまで上端に追い詰めた。さらに日本画的技法を生かし、右隅にかすんだ山並みの遠景を入れることでより遠近感を強調した。

時間と列車の密な関係

昼と夜の境目の時間を狙うため、日没時刻と列車の運行時刻を調べた。ヘッドライトの光を生かすため、左方向へ向かう列車のみが対象。10分の遅延が冷や汗ものだった。

最優先は川面のトーンをどう出すか

水墨画的な世界感のトーンを求めた。ぎりぎりの光で山並みと川面が見えているのがポイント。列車が遅れて暗くなったのでLightroomでシャドー部を上げて川面を出した。

絵コンテ

見取り図

有峰口駅とその手前に架かる鉄道橋が撮影の舞台。ポイントAは、交通量の多い道路橋の上から川を正面に捉える掲載作品の撮影ポイント。安全のため蛍光ベストの着用はマストになる。川のディテールと空の情感をキーとするため富士フイルムX-T2を選択。空の色に加え、列車の通過時刻にも合わせるため撮影タイミングは非常に限られる。ポイントAの撮影後は有峰口駅へ移動し、ポイントB、Cから撮影を行う。有峰口駅は駅舎の雰囲気もよく、また列車の交換駅のため停車時間が長い。


夜鉄

著者プロフィール

相原正明

1988年のバイクでのオーストラリア縦断撮影ツーリング以来かの地でランドスケープフォトの虜になり、以後オーストラリアを中心に「地球のポートレイト」をコンセプトに撮影。2004年オーストラリア最大の写真ギャラリー・ウィルダネスギャラリーで日本人として初の個展開催。以後写真展はアメリカ、韓国、そしてドイツ・フォトキナでは富士フイルムメインステージで個展を開催。また2008年には世界のトップ写真家17人を集めたアドビアドベンチャー・タスマニアに日本・オーストラリア代表として参加。現在写真家であるとともにフレンドオブタスマニア(タスマニア州観光親善大使)の称号を持つ。パブリックコレクションとして、オーストラリア大使館東京およびソウル、デンマーク王室に作品が収蔵されている。また2014年からは三代目桂花團治師匠の襲名を中心に落語の世界の撮影を始める。写真展多数。写真集、書籍には「ちいさないのち」小学館刊、「誰も言わなかったランドスケープ・フォトの極意」玄光社刊、「しずくの国」エシェルアン刊。

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