写真家はつらいよ。「鈴木心の撮影ノート」出版記念トークイベントレポート

6月8日、書籍「鈴木心の撮影ノート」の発売を記念して、著者でフォトグラファーの鈴木心さんによるトークイベント「写真はライブだ!」が開催されました。会場はTSUTAYA TOKYO ROPPONGIの特設イベントスペース。

「撮影ノート」とは、撮影現場の機材セッティングやスタジオ条件などを詳細に記録し、場所や世代を超えて同じクオリティの写真を残すことを可能にする資料のこと。

本書では、2006年から2018年の期間に、広告や雑誌で鈴木心さんが手がけた写真を紹介するほか、撮影ノートとして残された、機材・ライティングのセット図を掲載し、鈴木さん自身が当時のエピソードを交えながら撮影意図を解説しています。また「ユニフォーム論」、「カメラ論」など、仕事の中で培われた論考をコラムとしてまとめて収録しており、現在における鈴木さんの写真や仕事に対する考え方が一望できる内容となっています。

トークイベントは「写真家はつらいよ」を副題として、写真家の幡野広志さんを聞き手に、本書には収録できなかった「写真家として活動する中での苦労話」を中心に話したほか、参加者のポートレート撮影も実施。鈴木さんによる本書への直筆サインも行われました。

「ぼくはお先においとまします」

本書は「撮影ノート」というタイトルが示す通り、ライティング技術に関する内容がメインとなっており、鈴木さんは、紙幅やテーマの都合で掲載できなかった話もたくさんあったと言います。

鈴木さん(以下敬称略)
これは技術の話じゃないからとか、自然光はライティングじゃないから、と言われて結構ばっさり切られたページもありました。それでも今僕が言いたいことは密やかに書ききれたと思います。中でも一番言いたいことは、あとがきの10行くらいに凝縮されているんじゃないかな。

幡野
本ってあとがきに集約されるってみんな言いますよね。なんて書いたんですか?

鈴木
ざっくりいうと「広告写真業界は終わりそうなので、わたくしは先においとまさせていただきます」という内容ですね(笑)。

鈴木心さん

また鈴木さんはトークの中で、自身が主催するポートレート撮影の実演イベント「写真道場」についても言及。今回のイベントに含まれる「ポートレート撮影」のコーナーは「写真道場の体験版」と位置付けています。

鈴木
「写真はライブだ!」という趣旨で行っている写真道場は、フォトグラファーが10分の持ち時間の中でどれだけの写真を撮ることができるかを競うイベントです。今回のイベントでの撮影はその「体験版」ということで、実際に僕が写真を撮影するシーンをお見せします。それをライブで見ていただいてから本書を読んでいただくと、より僕の写真撮影についてご理解いただけるのではないかと考えています。

僕は小学生のときから格闘ゲームが好きで、将来の夢はずっと「ゲームを作る人」だったんです。つい最近、思い立って(ゲーム会社の)SEGAに履歴書を出したら、あっさり落ちたんですよ(笑)。だったら格闘ゲームの競う要素、そして「EVO」や「KEMONOMICHI」といったeスポーツを観戦するライブ的要素を写真に入れちゃえ、ということで始めた試みが「写真道場」なんです。

3次下請けの広告フォトグラファーたち

写真家として活動する中での「つらい」エピソードとしては、広告写真の現場で働く「下請け業者」としての側面について話されました。

幡野
広告のフォトグラファーって、一見華やかに見えますが、色々な配慮が必要な仕事ですよね。

鈴木
広告はスポンサー(メーカー)の資本で作られるので、制作スタッフは必ずスポンサーの意向を反映したものを作らなければなりません。

例えば、スポンサーがある商品を売りたい場合、広告代理店がテレビCMや交通、雑誌広告などの広告枠を押さえ、クリエイティブディレクターが全体的な構想を考え、骨子をスポンサーに提案します。

静止画の場合は、さらにその下のアートディレクターがデザイナーとともに構想を考え、スポンサーに提案します。フォトグラファーはオーディションがあるので、僕らはブックを提出し、そこから審査を経て決まります。決まった時点で上記制作チームと打ち合わせをして、ようやく撮影に臨めるわけです。

フォトグラファーはいわば下請けの仕事なんです。だから、僕らより上流の人たちが言う通りの写真を撮らなくてはならないし、最終的に写真を選ぶ権利は僕らにはありません。もちろん、お任せいただけるケースもありますが、ほとんどの場合、スポンサー、それ以上にタレント事務所の意向で決定されることが多いです。制作チームと綿密に打ち合わせしているので、最後になって「あっ、それが選ばれちゃうんだぁ…。」と思うこともしばしば。

幡野広志さん

来場者のポートレート撮影では、セッティングを微調整しながら、撮影を希望した来場者を順番に撮影しました。「希望者のみ」を対象としていましたが、実際にはほぼ全員が希望し、当日の席数から計算すると、およそ50人が撮影されたことになります。

機材セッティングの段階では、光源の位置や、被写体と背景紙の位置関係などについても解説。なお、このとき撮影した写真は、イベント終了後に参加者へデータ配布されています。

鈴木
セットを組む時に重要なことは、背景と人物の距離を空間内でいかに上手く作るか、です。僕は自分の写真館で、カメラから被写体までの距離を1.8mくらいに設定しているので、今回も似たセッティングで撮ろうと思っています。今回はインストアイベントということで小さめの背景紙を持ってきたのですが、上半身のポートレートであれば、望遠にすると遠近感がなくなり、狭い背景でも人がちゃんと収まります。

ライブシューティングは一人あたり10秒程度の撮影時間でしたが、鈴木さんはつい吹き出してしまうような言動で場を和ませ、参加者の笑顔を引き出していきます。短い時間でも確実に笑顔のポートレートを撮影する様子に、時間がなくても必ず求められる表情を押さえるプロフォトグラファーとしての凄みが感じられました。

 

「柵」を取り払わないと次に何かあったときに助からない

やや押し気味で終えたポートレート撮影の最後には、短時間でしたが来場者からの質問に答える場面もありました。

――広告写真の一線で活躍されていた方が、なぜ今、写真館を始めたのでしょうか?

鈴木
一番大きなきっかけは、2011年の地震に伴って起きた原発事故でした。この事故で「僕らの生活はシステムに依存することで成り立っている」ということを強く実感しました。水道や電気、ガス、食料。社会インフラから経済、流通、あらゆるシステムの上に生きているのです。

依存の中で生きることを「柵」の中で与えられたものを享受しているだけ、という意味で「家畜化」と呼んでいるのですが、再び地震などの天災、経済危機や戦争などの人智を超えたクリティカルなクラッシュが起きたとき、依存しているものが多いほど、「与えられない」状況を生き延びるのが難しくなると考えました。

それから「脱家畜化」の考え方を念頭に置いて、生活を再構築していく試みを行っています。BtoBの広告業ではなく、CtoC、個人と個人が写真でビジネスをやっていけるモデル。「脱家畜化」して能動的になるために、写真でできる試みを続けています。まさに写真館がある松陰神社前の商店街は若い方々によって手の届く範囲の商いが行われている場所です。

現在、僕の仕事は広告写真などの「撮影」、個人の撮影を行う「写真館」、ワークショップや大学講師などの「共育(教育)」、そしてスポンサーに提案する「企画」業という4つの軸がありますが、すべてのチャネルが段階的に「CtoC」へシフトしてきています。

実際、数字を見ても、広告撮影の売上は減っています。

――それは、意図的に仕事を減らしているからですか?

鈴木
いやいや、僕は意図的に仕事を減らせるような身分じゃないですよ。

幡野
単価が下がっているんですか?

鈴木
単価も下がっているし、(仕事そのものの)量も減っている。今、広告写真は、船底に穴の空いた豪華客船みたいなもので、浸水が始まっています。

たとえば地下鉄に乗ってみれば、駅構内に掲出されている広告はほとんど地下鉄の自社広告ばかり。構内を歩いている、あるいは車両に乗車している人たちはスマホを眺めていて交通広告には目を留めていない。数千万円かけて広告を出すことをためらう企業が多くなるのも当然です。

広告写真は街に飾る大きな絵画として鑑賞に耐えうる感性や技術が求められてきたものです。一方でスマホでみる小さな広告は根本的に動画が優勢です。土地と同じで小さな面積に大きな予算を使う必然性がない。鑑賞者も特定できるし、資源を消耗しなくていい、代理店が介在せず媒体のオーナーから直買できるので、費用も圧縮できて良いこと尽くし。広告写真の需要が絶対的に減っている背景には、こういった媒体の劇的な変化があります。

テレビ、新聞、雑誌、ネット、イベントなど、無償で提供されているほぼ全てのメディアとサービスはこの企業出資の広告収入によって運営されています。ユーザーとしては良いことかもしれませんが、下請けとして働く一個人として、そこで家畜化し続けるわけにはいかない。よく言えば、写真も野生に帰る時代が来たのだと思います。

写真を撮る人口はこの10年で爆発的に増えている。にもかかわらず、誰もフォトグラファーの名前なんて知らないし、写真の撮り方もカメラの使い方も、ちゃんとは知らない。そんな中でフォトフラファーにできることを考え、写真の可能性を片っ端から試したい。ゆえに豪華客船から早めに降りて、「撮影」「写真館」「共育」「企画」という写真のボートで旅を始めました。東日本大震災のインパクトが教えてくれた危機感は、僕には未だに鮮明に残っているんです。

体全体を使ってテンポよく撮影を進める鈴木さん
写された参加者自身も驚き、次に笑顔になる写真が次々と流れていきました
鈴木さんの過去の著作も販売
来場者が購入した著書にサインをする鈴木さん

鈴木心の撮影ノート

<プロフィール>

鈴木心
1980年福島生まれ。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業。広告、雑誌、書籍の写真や映像制作携わる傍ら自身の作品制作と発表を継続している。「人がより考えるための道具としての写真」をテーマにワークショップや小中高大学校での授業、15,000名以上記念写真を撮影する鈴木心写真館の活動を行なっている。

幡野広志
1983年東京都生まれ。日本写真芸術専門学校 中退。広告写真家 高崎勉に師事後、独立。散弾銃と狩猟免許を取得して猟師をしつつフリーランスとして撮影、執筆、作品発表を行う。17年末に血液ガンが発覚、余命は約3年。

関連記事