映像の色味は、作品世界の状況や登場人物の心情などを表現するうえで大きな比重を占める要素です。例えば映画などの回想シーンでセピア色になった映像や、ホラーやサスペンスで青みがかった緊迫のシーンを目にしたことはないでしょうか。映像作品におけるこれらの演出は、カラーグレーディングという工程によるものです。
「カラーグレーディングワークフロー&シネマカメラ」では、動画編集ソフトを用いたカラーグレーディングのテクニックを解説。実務でカラーグレーディングを行っているプロが、撮影から編集、グレーディングの手順を説明しています。また、一部の記事ではWeb版「ビデオSALON」と連携して、説明手順を動画で紹介したり、お試し編集・調整用の素材提供なども行っており、読者の理解を助ける試みも行っています。
本記事では、映像作家のまるやまもえるさんによる「MV製作におけるグレーディング」についての解説を抜粋して紹介します。今回は前編として、撮影プランの立案から編集までのプロセスについてお伝えします。
GH5とグレーディングで“青い瞬間”を描く
フレア表現を効果的に入れたミュージックビデオができた。撮影はGH5で撮影とグレーディングはEDIUS Pro 9だという。その制作過程を、撮影、編集、グレーディングを一人で行なったディレクター、まるやまもえるさんに解説していただいた。
シンガーソングライター・AATA(あーた)さんの新曲『BLUE MOMENT』のMV (ミュージックビデオ)をつくらせていただきました。
これまでもMVの撮影はカメラマンとふたりだけ(大抵はビデオサロンのライターとしてもおなじみの栁下隆之さん)とか、多くても4人程度のスタッフ構成で撮影してきましたが、今回はさらに絞って、ひとりです。
理由は、まず予算がない! それと、直感的な(つまり行き当たりばったりな) 撮影スタイルでやってみたかったからです。最近、Ronin-SCの使い方に慣れてきたので、思い切って三脚もスライダーも置いてきて、GH5、レンズ3本、Ronin-SC。ほぼこれだけの、超・身軽撮影です。
曲名の『BLUE MOMENT』とは、夜明け前や夕焼け後の、あたり全体が青い光に染まるごく短い瞬間のことだそうです。AATAさんはこれを人生に訪れる変化の瞬間に重ねて、人が一歩踏み出す瞬間の美しさを歌詞に込めました。
MVでは当然ながらこの“青い瞬間”を描くというのがマストですが、そうはいっても日の出も日の入りも1日に1回だけ。できるだけ多く“青い瞬間”を撮るには、撮影日数を増やすしかありません。結局4日間の撮影となりましたが、予算面でもスケジュール調整のやりやすさでも、最少スタッフであることで助かりました。
Ronin-SCの軽さはオペレーションの幅を広げてくれた。ただし縦揺れだけはいくら練習しても解消しきれなかったので、Z軸バネ(Digitalfoto Ares Z Axis)をつけて抑制している。レンズは、お気に入りのOLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED 12mm F2.0、Voigtlander NOKTON 25mm F0.95、OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL ED 75mm F1.8に加えて、Lensbaby Trio 28 F3.5を使用。独特のボケを活かすコツを掴むのに苦労したが、期待どおりの“使えるレンズ ”だった。
撮影フォーマットについて
撮影は全編、4K/60pを内部収録し、編集時に50%のスローをかけました。つまり撮影時には2倍速にした音源を流し、それに合わせて歌ってもらいます。これは映画『ストリート・オブ・ファイヤー』(1984年)のライブシーンで採用された手法で、その後のMVなどではよく真似をされていましたよね。MVのギミックとしては古典の部類に入るかもしれませんが、実写の世界に独特の不思議な空気感を漂わせることができる、効果的な撮影手法です。
4K/60pの内部収録なので、色深度は8bitのみ。グレーディングを考えると10bit収録が理想的であることは言うまでもありませんが、機動力を考えると外部レコーダーは使いたくないので、撮影時にできるだけイメージした色に近づける(今回は青い世界を決まっていますので)ということで割り切って、4K/60p 8bitでいくことにしました。
編集はすべてEDIUS Pro9
撮影は4日間かけて約60テイク(!)を収録。この中から良かった40テイクを選んで、編集のタイムラインに並べました。ずらりと並んだタイムラインの映像1本1本にAATAさんの頑張りが詰まっているようで、編集に向けて気が引き締まる思いがします。
編集ソフトは、いつものようにEDIUS Pro9です。EDIUSでグレーディングまでやるというのは少数派かもしれませんが、使い慣れているし、やりたいことはほぼできてしまうんですよね。
タイムラインに素材を並べたら、1本ずつ再生して“使える部分”を切り出していきます。ぼくの場合、まず“絶対に使わない部分”を選んで、そこを「無効化」し、見えない状態にしていきます。
これを全部のラインでやったら、編集シーケンスを複製。ここまで「有効化」、つまりまあまあ使えそうというレベルの部分から、さらに“使いたい部分” “必ず使いたい部分”というように選別のハードルを上げて、OKカットを絞り込んでいきます。編集シーケンスを複製するごとにより選び抜かれたショットだけが残っていくことになります。
40ものテイクからOK カットをどう絞り込んでいくか?
編集ソフトはEDIUS Pro 9。音のタイミングを合わせ、撮影素材をタイムラインに並べる。使える部分は「有効化」。そうでない部分は「無効化」にする。こうしておいて、“使える部分”の中から“使う部分”を絞り込んでいく。
(続く)