格好良い、美しい、面白い物撮影の世界をビジュアルとプロセスで紹介する連載。ライティングテクニックや見せ方のアイデアなど、ビジュアル提案を行なうためのテクニックを凸版印刷TICビジュアルクリエイティブ部 チーフフォトグラファーの南雲暁彦氏が解説します。
本記事ではメーカーのイメージビジュアルを想定したバイクの撮影をご紹介します。
<完成作品>
“今回の被写体はスウェーデン生まれのオートバイ、ハスクバーナ・モーターサイクルズ SVARTPILEN 401をビジュアライズ。 むき出しのエンジンを象徴的にライティングし、マシンの魅力を引き出した。”
今回の被写体はスウェーデン生まれのハスクバーナ・モーターサイクルズという名門オートバイメーカーのSVARTPILEN(スヴァルトピレン)401という新型車である。非常に斬新で特徴的なデザインをしているのだが全体で見るとクラシックなバイク然とした部分もあり、一見アンバランスに見えるがなんとも言えない魅力的なデザインの妙がある。さすが北欧デザイン。そこを上手くビジュアライズしてこのマシンの魅力を引き出すのが目的だ。
バイクというのは鉄の馬と言われたり、エンジンにまたがっている様な乗り物と言われたり、要するに乗り手のすぐ股の下に荒ぶる力が存在する物体である。
このバイクはエンジンがむき出しなのでそこを象徴的にライティングし、最新型アイアンホースを表現してみよう。ちなみに「スヴァルトピレン」というのは「黒い矢」という意味だそうだ。どちらにしても前に突き進むものなのである。
ライティング図
【使用機材】
カメラ&レンズ(Leica)
ライカS3(プロトタイプを使用)…[1]
TS アポ・エルマーS f5.6/120mm ASPH…[2]
LED(DEDOLIGHT〈ライトアップ取扱製品〉)
DLED4.1-BI…[3]
撮影の流れ
今回のビジュアルをどのように撮影するのか順を追って説明していく。ライティング図と合わせて見ていこう。
1. アウトラインのライティング
基本的なライティングの設計は暗闇の中に黒いバイクが浮き上がっているイメージだ。背景は黒く落とし、ライトはすべてスポットLEDでエッジにシャープな光を入れていく。ライト【1】は左上方からタンクとフロントフォーク、そしてフロントリムとタイヤに。ライト【2】は下方奥からハスクバーナのマークが入ったクランクケースとフレームに。ライト【3】は右上方からヘッドライトとハンドルバー、フロントフォークに、それぞれハイライトを入れていく。
ライト【1】のみ当てた状態
ライト【2】のみ当てた状態
ライト【3】のみ当てた状態
大事なことはライトを広範囲に当てすぎないこと、闇と溶け込んでいる部分が光らせている部分をより象徴的に際立たせてくれるのだ。この手の撮影としてはかなりトリッキーなライティング方法だ。デフューザーも使わないので置く位置とライトカットの羽で細かくコントロールしていくことになる。
2. バイク上部のライティング
これでエンジンを除いたバイク上部のライトは完成、一発ずつ光量を調整してバランスを取っていく。ここまでは脇役のライティングだ。これはバイクだ、というのを最低限感じさせるアウトラインの作成なのである。しかし、ライティングの指示を出すのにクランクケースだのフォークカバーだの僕らの世代だと普通に伝わる言葉が伝わらず(笑)、やはりバイク離れも進んでいるのだなぁと感じざるを得なかった。次は撮影に入る前に説明しておこうと思う。
ライト【1】~【3】を当てた状態
3. エンジンのライティング
ここからは股の下の荒ぶる力、エンジンのライティングである。ライト【4】でエンジン左手前側面からクランクケースとシリンダー、ボルトの頭、エンジンではないが側面に黄色いライン、ライト【5】で手前下からアンダーガードとクランクケース手前面、ライト【6】でラジエーターとエンジン手前面にハイライトを入れていく。ここでも光を小さく切って繋いでいき、コントラストの高い塊感のある光を作っていく。
ライト【4】のみ当てた状態
ライト【5】のみ当てた状態
ライト【6】のみ当てた状態
4. 光量の調整
ここで先ほど作った上部のライティングとエンジンライティングを合わせる。お互いに多少干渉するのでここでまた一発ずつ光量の調整を行ない、バランスをとって完成だ。ほとんどのライトが直射のスポットライトなので非常にコントラストの高いビジュアルになる。鉄の硬質なイメージやメカっぽさを表現するライティングで、引き算を上手くやるのがコツとなる。ここもそこもと光を入れていってしまうとフラットになったり煩くなったりして失敗する。最後にLEDのポジションランプを点灯し、「黒い矢」のビジュアルが完成だ。
ライト【4】~【6】を当てた状態
ライト【1】~【6】を当てた状態
Tips
DLED4.1-BI
DEDOLIGHT「DLED4.1-BI」は2700K-6500Kまでの色温度と光量の調整機能が付いたスポットタイプのLED。 フォーカシングによって4°から60°までの照射角度のコントロールができる上、非球面レンズによるムラのない光を作り出すことができる。LEDにありがちな多重の影脚もなく直打ちに向いているので、アクセントライトとして重宝している。小型なところもポイントで多灯による繊細なライティングが必要とされるブツ撮りにとても向いているライトだ。
ライカS3
まだ発売前なのだがありがたいことに試すことができたミドルサイズフォーマット6400万画素を誇るLeicaのフラッグシップ機「ライカS3」。重厚な佇まい、ああ、これでいいんだよなあと思うシンプルな操作性。唯一無二のデザイン、存在感の塊である。品のあるシャッター音と共に終始落ち着いた高画質を提供してくれた。
TSアポ・エルマーS f5.6/120mm ASPH.
そして今回メインカットで使用したレンズがミドルフォーマットで唯一のシフトレンズ、TSアポ・エルマーS f5.6/120mm ASPH.だ。ライカS3を使ってスタジオでバイクの撮影という設計はこのレンズがあったからこその部分もある。2軸のアオリを駆使し、斜め上に振ったバイクの面にフォーカスを合わせての撮影を行なった。スタジオで腕を磨きたいフォトグラファーには嬉しいレンズなのである。ライカS3の物撮影の実力も存分に発揮できた作品となった。
バリエーション
セットやライティングを活かして別パターンの撮影。アレンジアイデアのひとつとしてチェックしておこう。
この撮影でバイクを撮ると決めて、さてどんな構図でいこうかなとラフを描くために鉛筆をくるくると回して思ったのが、「縦位置…か」ということ。当たり前だがほとんどのオートバイの写真は横位置の写真で縦位置の写真はとても少ない。いつも通りオーソドックスな撮影はこの連載ではやらないようにできているなあと苦笑いしてしまった。普通に撮ってもそれなりに難しい被写体であるのだが、もうライティングもチャレンジングにいこうと決めたのはこの「縦位置…か」から始まった思考である。
さて、このバリエーションカットはタンクとフレーム、エンジンを中心としたプロフィールにした。馬でいうとタンクが背中、フレームがあばら骨、エンジンが心臓と肺のあたりになるだろう。人馬一体になる部分のコアがここになる。人はこのタンクをグリップし鉄の馬と一体になるのである。そんな部分のプロフィールだ。