いわゆる「鉄道写真」は、写真撮影の一ジャンルとして広く認知されていますが、日常の中でカジュアルに撮れる一方で、作品に仕上げるという観点からは、動体・風景写真の技術や、写真芸術表現の感覚など、撮影者に複合的な素養を求める側面がある、奥の深い撮影ジャンルです。
風景写真家として知られる相原正明さんの著書「夜鉄(よるてつ)」は、夜行列車をテーマに撮影した作品集「STAR SNOW STEEL」と、夜に列車を撮影する際のテクニック解説を併せて収録した実践的なガイドブックです。
推奨する機材の方向性やロケハン時の留意点、写真セレクトの考え方、完成イメージを想定した絵コンテから撮影地周辺の見取り図まで、相原さんの「作品レシピ」とも呼ぶべき情報が詰まった一冊となっています。
本記事では「夜鉄テクニック解説編」より、絵コンテで作品イメージを固定した一例を紹介します。なお、ここで紹介した作例は、本書前半に掲載している作品集「STAR SNOW STEEL」に収録されています。
真四角構図で表現をアップ
1. Location
田んぼの真ん中の孤高の駅
小湊鐵道は菜の花と桜が有名な路線で、桜が咲く頃には田んぼに水も張られる。田んぼのなかにポツンとある、上総川間駅。駅舎に2本の桜、まるで鉄道模型のジオラマに出てきそうなこの小さな駅は、列車が止まると隠れてしまうぐらいカワイイ。
上総川間駅は無人駅で周囲は田んぼ。照明は駅に1個のみ。ホームは1本で2両編成がぎりぎり停車可能な横幅だ
2. Concept
光あり、ゆえに我あり
日が暮れ駅舎にともる灯が照らす桜。列車がホームに滑り込むと、だまし絵のように桜と列車が水田に映り込む。そして残照にうっすらと浮かび上がる背後の里山の森。どこかトトロでも出てきそう。そう、『となりのトトロ』の猫バスのようなイメージで列車を表現してみたかった。
3. Technique
事前に調べた列車の長さ
列車が画面からはみ出ないように、撮影予定の列車の編成の長さを事前に調べた。列車が3両編成の場合、左側がフレームアウトしてしまい構図のバランスが崩れてしまう。
アスペクト比を使いこなす
当初は水田の映り込みを中心に3対2の画面比率で撮影。だが映り込みのだまし絵的要素が弱く、翌日1対1の比率によるど真ん中構図で再撮影し、安定感をモノにした。
周囲の環境までを計算に入れる
この場所は成田の航空路。頻繁に上空を飛行機が通過し、長時間露光では光跡がうるさくなる。そこで1対1の画面比率にして空の面積を減らし、光跡が写りにくくした。
列車は移動する照明装置
列車をセンターに配した真四角構図で、桜の柔らかさと同時に力強さも表現した。さらに列車を光源として利用することで、桜の印象を強める効果を狙った。
絵コンテ
見取り図
桜と水田が見られる季節を狙う。ホームが短く、列車がはみ出る可能性があるため、撮影ポジションはAを基本とし、車両編成が長かった場合はBに移動する。列車の停車時間は短く、体感は1~2秒程度。撮影イメージは縦、横、真四角の3種類のアスペクト比。駅舎の出入り口越しに見える街灯が照らす景色も画になるので、列車なしのカットも押さえる。列車ありは富士フイルムX-H1もしくはニコンD5、列車なしは富士フイルムGFXで撮影。外光は飛行機の航空灯だけでなく線路後方の国道も注意が必要だ。撮影ポジションC~Eは桜の木越しに駅と列車を撮る別バージョン。