「ホーム・フォトグラフィ」著者・藤田一咲さんインタビュー。「身近なモノたちの美しさに気づいてほしい」

新型コロナウイルス感染症の流行に端を発する外出自粛要請を受けて外出が制限されている昨今、自宅で写真撮影を楽しむ「おうちフォト」が注目されています。

写真家・藤田一咲さんの「ホーム・フォトグラフィ」では、自宅で撮る写真のクオリティを上げるテクニックを幅広く紹介。プロの視点から、家族ポートレートやインテリア、フードのほか、家にあるもの、家から見える風景を活かした様々な撮り方を解説しています。

本記事では著者の藤田一咲さんに、書籍の企画経緯や写真を撮るちょっとしたコツ、写真との向き合い方などについてお話を伺いました。

ホーム・フォトグラフィ

――「おうちフォトの書籍を作ろう」という企画は、編集者と打ち合わせをする中で自然と出てきたアイデアだそうですね。「身近さ」をキーワードに、「映える」写真を自宅で撮れるワザの伝授をメインテーマとしていますが、本書を制作する中で気をつけたポイントはなんでしょうか?

藤田さん(以下敬称略):気をつけたのは、あくまでもアマチュアの方が撮りやすく、ドキドキやワクワクする内容であること。手持ち機材の違いもありますが、なるべく見ながら真似のできる範囲で、身近なものをおしゃれに、かつ少しだけアーティスティックに撮るためのアイデアを詰め込みました。読んだ人が「これ、どうやって撮ったんだろう?」と興味を持ってもらうきっかけになればいいなと思います。

LEDテープを使ったポートレート (c) 藤田一咲

おうちフォトを楽しむ第一歩は「美しさに気づくこと」

――家の中にあるものって、住んでいる本人にとっては身近すぎて、被写体としてはあまり意識しないものですよね。そういうものが被写体になる「おうちフォト」を楽しむコツを教えてください。

藤田:外に出ていると、たとえカメラを持っていなくても「あれフォトジェニックだな」とか「あの光、きれいだな」と思うものですが、家ではそういうことを全く思わない。普通は家にあるもの、例えば食器とか野菜などを特別意識して撮らないと思うんです。家にいると、写真を撮るモードがオフになってる。それをオンに切り替えてあげること、そのための視点を提供するのがこの本の大きな狙いです。

例えば家に据え付けの電話機にいつもと違った角度で光が差し込んだときとか、窓際に置いた花瓶のシルエットが面白い形をしているのに気づいたとき、そこにはついさっきまで気づかなかった美しさがあるはず。自らのモノの見方に疑問を持ち、視野を拡げて、スイッチが切り替わった瞬間がスタートです。

普段は意識していないものを見る・撮る (c) 藤田一咲
窓辺の花瓶のシルエット (c) 藤田一咲

藤田:家の中にも「撮りたくなる」ものがあったことにまず気づいて、ではどのようにしてそれを撮ったらいいのか? それを考え、試行錯誤して、例えばアプリでゲームを遊ぶときのように、写真を撮ることを楽しめるようになれたら素敵ですよね。

――身近なものの美しさに気づくために、具体的にはどのような視点を持てばいいのでしょうか?

藤田:まずは同じモノをいつもとは違う時間帯や、違う発想、違うアングルで見てみることにつきます。それはこれまでそこにあったけれども、見ていなかったモノたちの一側面に気づくための過程です。

家の中に普通にあるものだけれど、実は別の何かなのではないか? そういう目でモノを見たら、意外な美しさに気づけるものです。特に今(2020年)は、在宅勤務などで否応なく生活に変化が生じた結果、普段見ていない時間帯でモノを見られる機会が増えました。

例えば水の入ったコップに夕日が当たって、その反射がきれいだと感じる、というような、一見小さなことに気付いてほしい。おうちの中って、自分で思ってるより実は美があるんですよ。

陽の当たるメガネがノートの上に見せる影 (c) 藤田一咲

被写体は「だいたいどのご家庭にもあるもの」

――ひとくちに「おうちフォト」といっても、家の中にはいろいろなものがありますよね。本書を書くにあたって、家の中にあるものというくくりの中で、どのようにテーマを決めたのでしょうか?

藤田:特別な機材を使わずに撮れるものですね。どのご家庭にもありそうなものを選びました。お皿や花瓶、ペットボトルや食べ物とかですね。中には、子どもが拾ってきたようなオモチャやガラクタのたぐいも含めてあります。

錆びたペンキ缶 (c) 藤田一咲

藤田:いま、多くの人が写真を撮る動機をSNSにしています。みんながアップする写真の総量が爆発的に増えて、写真の内容も変わってきているように感じます。単なる記念写真や記録ではなくて、よりスタイリッシュで見栄えのする、パーソナルな視点の写真に変わっていると思うし、実際もっともっと変わるべきだと思います。

みんなが写真を撮るときに、ただ「記録」するためではなく、もっと表現するようになってくれたらいいなと思う。「ホーム・フォトグラフィ」では、そのための道筋をある程度示したつもりです。

湯気が立つスパゲティにパセリを振りかけた写真 (c) 藤田一咲

――本書では、人物、花、料理といった定番どころから、水面に浮かぶ不思議な模様のクローズアップ、軒先を滴る雨粒、万華鏡などの変わり種まで幅広く撮影されていますね。これらの被写体はどのような基準で決めたのでしょうか?

藤田:実は写真の内容について、編集側から詳細な指示があったわけではありません。「日用品や人物は必ず入れてほしい」というようなざっくりとした指示です。ただ、「身近なものをアートとして表現する」視点は大事にしました。

プロとしてそれなりに長く仕事をしているので、ぼくが持っているアイデアや引き出しから、「おうちフォト」という大枠に合致する写真を撮り進めています。

――被写体は食器や貝殻、花束や流木、錆びた缶やフィギュアなどかなり多彩ですが、すべて藤田さんのご自宅にあるものなのでしょうか?

藤田:全部ではありませんが、ほとんどの被写体は、自宅にあるものです。種類は多いですが、整理しているので、自宅の保管場所を見ると整然と箱が並んでいるだけ、みたいな感じです。

海で拾ったガラスの破片をビニールの小袋に入れて窓に貼って撮ったもの (c) 藤田一咲

――収録した写真の中には、「見立て」のようにストーリーを感じさせるものもありますね。

藤田:下の写真に関して言えば、ぼくも最初はフォーク一本だけで撮っていたのですが、撮っているうちに二本目を組み合わせてみたり、間に何か入れてみたりと、正味三度くらいの変遷を経て、最終的に収録した写真になっています。そういう工夫をしてみるのもおうちフォトの醍醐味なのかなと思いますね。

(c) 藤田一咲

藤田:これは台所で撮った写真なのですが、一見するとそうは見えませんよね。「こんなところで撮るのはどうなんだろう?」と思ったら、悩んだり諦める前に思い切って寄ってみると、背景がぼけて主題が引き立ち、どこで撮ったかなんてわからなくなってしまうものです。

うまく見える写真のコツは「水平」「垂直」を意識すること

――写真を真似したい読者に向けたコツをひとつ教えてください。

藤田:言葉にすると当たり前なんですが、言ってしまえば被写体は「置いてあるだけ」なんですよね。大事なのはカメラのアングル。カメラのレンズが被写体に対して水平、あるいは垂直の位置関係になるようにして撮るだけで、いつもとは違った写りになるはずです。できれば三脚も用意できると、水平、垂直を出すのに便利ですね。

まずは解説を読んでいただきたいのですが、どれも大きな手間にはならないように書いています。難しく考える必要はまったくないです。

解説の一例

花を手にした人のシルエットで、絵本の1ページのような写真に。ここでは洗濯物などを干す物干しハンガーを使い、ドット模様の包装紙を、カメラと人物の間にたらしています。包装紙の下側に洗濯バサミを2~4個ぶら下げて包装紙が丸くなったり動くのを防ぎます。人物の背後から直径約2cmの小さな懐中電灯で照らし、部屋の明かりを消して撮影します。


――「ホーム・フォトグラフィ」に掲載している写真は、撮影時に特別な機材を極力使っていないというのも注目すべきポイントですが、それでも最低限用意した方がいい機材はあるのでしょうか?

藤田:家の中では被写体に寄って撮るケースが多くなると思うので、マクロレンズがあると便利です。スマホのマクロ機能や、マクロモード付きのズームレンズでもいいですね。ぼくは構図の中に余計なものが入りにくいので、100mmのマクロレンズを愛用しています。

あとは、ほとんどの静物写真でレリーズを使っています。これはぼくがレリーズを使うのが好きだからです(笑)。

本書ではデジタル一眼レフのほか、コンパクトデジカメやスマホを使っています。ぼく自身は使うカメラにあまりこだわりがないので何でも使いますが、もし後々大きくプリントするつもりがあるのであれば、一眼レフカメラがおすすめです。でも、ある程度までならスマホのマクロモードでも大丈夫です。

自分なりにいろいろ試してみてほしい

――ライティングについて気をつけたところはありますか?

藤田:ほとんどは自然光ですが、懐中電灯を光源にしたものもあります。必ずしもストロボやライトなどの撮影機材は必要ないんですよ。もちろんあれば便利ですが、普通のおうちにはないですよね。それに、そういうものがないと撮れないものって意外と少ないです。

もし、本格的に背景までこだわりたいということでしたら、背景紙を買ってきて、被写体と背景までの距離を長く取ると、クオリティが上がりますよ。光を回すことのコツについては、本の中でもいくつか言及しています。

藤田:自分なりに工夫すると撮影結果が良くも悪くも変化するのが写真の面白さですので、あまりここで色々言ってしまうのもどうかと思うのですが、幅広タイプの大きな背景紙やレフ板を使うと、わかりやすく違いが出ると思います。要は場の光を見る視点が大事という話で、良い光がきているならば、どんなライティングよりも窓際の方が良いこともあります。

これはぼくのやり方なのですが、特別な意図がない限りは、光をまわして影を消すようにしています。光と影のコントラストがあまり強く出ないようにする。そういう撮り方をしているので、掲載している写真をまねてみるなら、レフ板は必須です。できるだけ大きなものを用意すると効果が実感しやすいかと思います。

懐中電灯1灯での撮影 (c) 藤田一咲

藤田:アイデアって誰の中にもあるので、ふと何か思いついたら、まずはほんのちょっと行動力を発揮して、試してみてほしいです。例えば光の当て方を変えてみるとか、影の出し方で遊んでみる。アングルを変えてみたり、同じものをいくつも並べてみたりとかね。工夫によって写り方が変わるのって楽しいですよ。そういった発想のアイデアノートとしても本書を使ってもらえたらうれしいです。

二眼レフカメラのファインダーをスマホで撮影したもの。独特の質感が出ている (c) 藤田一咲
ファインダーを撮影する際は、お手製のカバーで覆い、不要な光が入らないようにしている
アルミシートを貼って作った万華鏡で撮影した写真 (c) 藤田一咲
万華鏡の写真は、接写にも強いGR DIGITAL IVで撮影している

アクリルケースと液体で「宇宙」を表現する?

――液体や水を写した写真は、動きがあって撮影が難しいイメージがあります。

藤田:それがそんなに難しくはないです。ぼくはフィルム時代からカメラをやってる古い人間なので(笑)、本書についてはだいたいどの写真も3~5カットくらい撮って終わりにしていますが、普通は連写した中からいい感じのを選ぶくらいでいいと思います。逆に一発撮りでは無理じゃないかな。

グラスに氷を落とした撮影 (c) 藤田一咲

藤田:液体を撮影した写真のいくつかは、扁平な形のアクリルのトレイに液体を入れて撮っています。このトレイの使い勝手がよくて、結構色んな場面で使っています。

たとえば宇宙のような描写になっているこの写真は、ケースの中にアクリル絵の具とサラダオイルを落としたところに水を流し込んだものを撮っています。ケースの下には黒い紙を敷きました。揺らすと絵の具がまだらに広がっていって、星雲のように見えますよね。星のように見えるのは発泡スチロールをこすり合わせたときに出てくるチリです。

これは別にぼくが考えたわけではなくて、ハリウッドで使われてる特撮の手法なんですが、本書にはそういうものも盛り込んでいます。

アクリルトレイに水と絵具とサラダオイルで作った宇宙 (c) 藤田一咲

藤田:アクリルトレイはポートレートでも使っています。濡れた窓越しにモデルさんを写した写真では、実はトレイを立てて窓のように見せています。アクリルトレイでなくてもいいですが、扁平な形をした透明なケースがあると何かと便利です。やってみると意外と簡単ですよ。

アクリルトレイを窓に見立てたモデル撮影 (c) 藤田一咲

カメラマンってぶっちゃけしんどい

――読者の中には「カメラマンになりたい」と思っている方もいると思うのですが、仕事としてカメラマンを続けていくためには、どういった素養が必要だと考えていますか?

藤田:カメラマンを名乗れば、誰でもカメラマンになれます。ただ一人でやるなら、営業や経理もできなければなりません。こちらの方が撮影技術よりも難しい点でしょう。

本当にやりたい人は、カメラマンになるならないを考える前に、さっさと始めているものです。一つ言えるのは、「やめた方がいい」と言われてやめられる人なら、そこでやめておいた方がいいということ。今の時代、ゼロからカメラマンを始めて、生業として続けていくのはかなり大変です。「カメラマン」でなく写真作家、アーティストとしてならさらに難しい。

いま、一般的な35歳の社会人の年収は500万円前後だと言われています。「写真を仕事にしている」って聞くと、いわゆる芸術家、アーティストを連想すると思いますが、職業としてのカメラマンって「これを撮ってくれ」と言われたらなんでも撮るし、頼まれれば断らないのが基本の仕事なので、それでいいのであれば、続けていくことは不可能ではないでしょう。それでも、いきなり写真一本でそれだけ稼ぐというのはあまり現実的ではありません。若いときは魅力的に思えるギャラも、年齢を重ねても上がるわけではありませんし。いつまでも年収500万前後では家族は持てません。

どうしてもというなら、まずは生活を支えるメインの仕事を一つ持って、徐々に仕事の比重をカメラマンへシフトしていくような形が一つのやり方かとは思います。別に写真の仕事に限った話ではないでしょうが、人様の人生にかかわることですし、「職業としてのカメラマンになるには」という質問にはなかなか気軽に答えられないのが正直なところ。

フリーのカメラマンが作品を作り、発表するのは、確かに華やかで目立つかもしれません。でもそれはカメラマンという職業が持つ一面に過ぎず、現実はもっと泥臭い地味な仕事です。

写真を楽しく続けるコツは「いろいろなものを撮れるようになること」

――プロではない一般人が写真を楽しく続けるためには、どんな取り組みをすればいいのでしょうか?

藤田:いろいろなものを撮れるようになる、つまりいろいろなものに美を感じられるようになると、楽しく続けられると思います。これは「おうち」だけでなく、外に出たときも同じで、シチュエーションに対応できる引き出しを増やし、いろいろな視点、発想を持てるようになっておけば、撮れるパターンも増えて楽しめるはずです。

あえてプロの話をしますが、これは仕事で写真を撮る場合も同様で、あらかじめ色んなものが撮れるように対応力を鍛えておくことで、お客さんの様々な要望により高いクオリティで応えられるようになります。その積み重ねが信頼になっていく。それで結果的にカメラマンを続けやすくなります。日々、新しい方法論や表現を考えて、練習しておくのが大事ですよね。

「ホーム・フォトグラフィ」に掲載している写真は、言われて急に撮れるようなものばかりではないので、どの撮り方も一度は試してみてほしいし、もっと言えば自分のものにしてほしい。これは個人的に設定した裏テーマなのですが、本書はみんながおうちフォトを楽しむためのアイデア帳という一面のほかに、プロを目指している方のための参考書のつもりで作ったところもあります。カメラマンを認定する国家資格はないけれど、プロを名乗るなら最低これくらいのクオリティが出力できてほしいな、という思いがあります。

――藤田さんが写真を撮っていて「楽しい」と感じる瞬間は、どのようなときなのでしょうか?

藤田:仕事として撮ってるのはいつもすごく楽しいですよ。でも、職業にはしていますが実は写真を撮るよりも、「見ること」の方がぼくは好きですね。世界を見ることが好き。シャッターを押して「撮りたい」まで行くのはその次の話。人に会って語らい、美しい世界を見たい。そういう意味では、外出を制限せざるを得ない今の状況はとても厳しいですね。

カメラマンは、撮りたいものがあるなら撮るべきだし、自分なりの視点や、哲学を持っているべきだと思う。なぜ自分は写真を撮り、人に見せる形として出力するのか? そこがはっきりしていないと、どのような形であれ、写真を通して他人から共感を得るところまではいかないと思いますから。

 


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