「身近なものを作品にする」大村祐里子さんの撮り方辞典、第12回のテーマは「霧」。音もなく視界の先を覆い隠す霧は、未来への不安や先の見えない恐怖心を想像させる被写体ですが、同時に、希望を垣間見させる要素にもなりえます。
「大村祐里子の身近なものの撮り方辞典」が書籍にまとまりました。本連載で取り扱ったテーマに加えて、新たに「クレーン」「炭酸」「排水溝」など合計100テーマを収録。日常の中で目にする、しかし被写体としてはあまり気に留めない様々なモノたちを記録する一つの視点を提案します。
撮影のポイント
1. 先が見通せない不安定性を作品の味付けに使おう。
2. 「道の先」やおぼろげに消えていく人やモノを使い、視点を「向こう側」へ誘導する。
気持ちよく晴れた日の湖を撮りに行ったはずだったのですが…生憎の雨。しかも濃霧。湖の全貌が全く見えないなあと思いながら湖畔に下りてみると、静寂の中、一艘のボートがそこにありました。まったく先が見えない方向へ向いているボートに、思わず自分の将来への不安な気持ちが重なりました。ちょうど超広角レンズをつけていたので、立ち込める霧を大胆に取り入れた構図を採用し、不安の大きさを表現してみました。
「霧」の持つ魅力を活かす
霧が立ち込める場所に遭遇すると「この霧の先に一体何が待ち受けているのだろう?」と不安になったり、怖くなったりしませんか? わたしは、目の前の人の心を思わず不安定にする先行き不透明なところこそが、霧の一番の魅力だと考えています。霧を撮る時はその魅力を活かさない手はありません。自分はこの先一体どうなってしまうのだろう、という不安や恐怖を、思い切って写真に重ねてみましょう。その不安や恐怖が強いほど、深みのある写真に仕上がります。
先を想像させるような画を狙う
霧を撮る時は「先を想像させるような」画にすることが大切です。具体的には「何かが霧の向こう側に消えていく」構図を採用すると「先を想像させるような」画になります。実践しやすいのは「道」です。道の先が霧の向こう側に消えていくような情景を切り取れば、見る人に「この先は一体どうなっているのだろう?」と想像させることができます。また、霧の向こう側に歩いていく人物を取り入れるのも効果的です。じっと待ってシャッターチャンスを狙いましょう。
ロケ帰りの車の中から撮った一枚です。霧の立ち込める山の中を走っていたのですが、窓の外に広がる木々の黒さと霧の白さのコントラストがなんとも不気味でした。この森の奥に未知のモンスターが棲んでいそうだなと思い、シャッターを切りました。
山登りに行った時のカットです。秋も深まり、冬が近づいているような時期でした。紅葉もまばらで、枯れ枝が目立つような寒い山の上に、軽装の若者カップルが歩いていて驚きました。彼らの妙な場違いさに違和感と一抹の不安を感じたので、二人が霧の向こうに消えて行くように見えるポイントでシャッターを切り、その時の自分の気持ちを表現しました。
いつ行っても霧が立ち込めている、北海道のある場所で撮影しました。いつもは濃霧に包まれているのですが、この日は強い風が吹いていて、ときどき風が霧の濃度を薄める瞬間がありました。一瞬だけ見えた霧の向こう側に青い空が広がっていて、驚きのあまりシャッターを切ったことを覚えています。