「身近なものを作品にする」大村祐里子さんの撮り方辞典、第11回のテーマは「影」。生物・物体そのものとは微妙に異なる形を持つ影は、主の性質について想像の余地を残す表現に向いています。
「大村祐里子の身近なものの撮り方辞典」が書籍にまとまりました。本連載で取り扱ったテーマに加えて、新たに「クレーン」「炭酸」「排水溝」など合計100テーマを収録。日常の中で目にする、しかし被写体としてはあまり気に留めない様々なモノたちを記録する一つの視点を提案します。
撮影のポイント
1. 説明的になりすぎない。
2. 影の色を寒色系や暖色系に振り、作品のイメージを変える。
朝、自分の部屋の窓の外を猫が通り過ぎていくのが見えたので、慌てて近くにあったカメラでシャッターを切りました。ちょうど窓の向こう側を工事していたので、緑色の幌が背景になっていました。その緑の背景に浮かび上がる猫の影が不気味な雰囲気だったので、思い切ってその影だけを強調しようと思い、猫だけが浮かび上がるようなアンダーな写真に仕上げてみました。猫が一体どんな表情でこちらを見ているのか…考えてしまいます。
見る人の想像力を刺激する
影は、影となっているそのものの表情が見えないので、その分、写真を鑑賞する人の想像力をいつもより働かせることになります。わたしはそういった「鑑賞者に考える余地を残した」写真が大好きです。したがって、影を撮る際には、写真を見た人が「これは一体なんだろう?」と何度も考えてしまうような画を撮ることを意識しています。影に出合ったら、その場の状況を明確に説明する写真ではなく、自分でも「不思議だな」と思うような写真を撮ってみましょう。
影の色でニュアンスを変える
ひと口に「影」といっても、いろいろな種類があります。たとえば人間や動物の「シルエット」は強い光の下で見ることができます。シルエットを撮影する場合は、窓際や、太陽の光が逆光で差し込んでくるような場所を狙ってみましょう。また、影は色によっても印象が変わります。寒色系の影はクールな印象、暖色系の影は温かい印象になります。ホワイトバランスを調整して、寒色に振ったり、暖色に振ったり、自分のイメージに近い色の影に仕上げてみましょう。
夕方、河川敷でオレンジ色に染まった水たまりがきれいだなあと思い眺めていました。その時、自転車に乗ったお兄さんが通りがかったので、急いでシャッターを切りました。このように、シルエットで被写体の表情が見えない方が、このお兄さんがどんな気持ちで自転車を漕いでいるのか想像する余地があってよいと思います。イヤホンで音楽を聞きながらご機嫌だったかもしれないし、病気の知人のもとに急いで向かう途中かもしれません。
日本家屋スタジオで撮影をしていた時の1カットです。休憩中に、スタッフさんが障子をあけて縁側に出ました。この時、部屋の外から内側に向かってHMIを打ち込んでいたのですが、スタッフさんの手がその光に照らされてシルエットになりました。木々の影と相まって、なんだか障子の向こう側だけ別世界に見えたので、すかさずシャッターを切りました。こういう時、非日常は、日常のすぐ近くにあるんだなあと思います。
家族で旅行に行った時、ホテルの壁に映っていた木の影がきれいだったのでシャッターを切りました。ドアを覆い隠そうとするような影の形が気に入りました。静かで音のない印象の写真に仕上げたかったので、ホワイトバランスを青色に振り、イメージに近づけてみました。