タラブックスとバッジュ・シャーム【書き下ろしエッセイ】

南インド・チェンナイにあるちいさな出版社、タラブックス。彼らが生み出す多数のベストセラーの中でも、『The Night Life of Trees(夜の木)』は特にタラブックスの名を広く世に知らしめた本だ。そこには、インドの少数民族であるゴンドによって聖なる木をめぐる世界が描き出されている。

2017年に出版された『タラブックス インドのちいさな出版社、まっすぐに本をつくる』(玄光社)の著者の一人である松岡宏大さんは、そんな『夜の木』の村を作者バッジュ・シャームと共に訪ね、本書内に収められた写真を撮影した。そして今、タラブックスとバッジュ・シャームと一冊の本の出版作業を進めているという。そんな松岡さんが送る、タラブックスとバッジュ・シャームについてのショートエッセイ。

エッセイ・写真:松岡宏大
構成:岡あゆみ(イラストレーション編集部)

タラブックス インドのちいさな出版社、まっすぐに本をつくる

 

2018年、『The Night Life of Trees(夜の木)』や『Creation(世界のはじまり)』(※)、『The London Jungle Book』などの著者であるバッジュ・シャームが、インドの文化勲章パドマシュリーを受賞した。ついに名実ともにインドを代表するアーティストとなったバッジュだが、その受賞理由の一つとして「本を通じてゴンド絵画を世界に紹介したこと」が挙げられている。タラブックスから本を出版したことが、バッジュがアーティストとして躍進したきっかけだった。

バッジュ・シャーム、故郷であるパタンガル村にて(2018年3月撮影)

バッジュの来歴は著書『タラブックス インドのちいさな出版社、まっすぐに本をつくる』に詳しいが、彼とタラブックスとの出会いはひょんなことだった。タラブックス代表であるギータ・ヴォルフに、彼女の友人が展覧会で購入したバッジュの小さな絵を見せたのだという。その絵から才能を感じたギータはすぐにバッジュに連絡し、タラブックスに招いた。

その際バッジュがギータに話したのが、2000年に知人である建築家に請われ、新しくオープンするインド料理店の内壁に絵を描くためにロンドンに滞在した時のこと。バッジュが初めての海外で感じたカルチャーショックを聞いて、「とてもおもしろいから、それを絵に出来ないか」とギータは本を作ろうと持ちかけた。これが名作『The London Jungle Book』を生むことになる。

「地下鉄は何に置き換えられるだろう……そうだ、ミミズだ!」という風に、ゴンドとしての自分のアイデンティティや神話の世界を織り込みながら、バッジュはロンドンでの暮らしを描いた。今までにない仕事は、苦労の連続だったと聞いている。作品を描いてはギータやスタッフたちと話し合い、ボツになった作品も数知れず……。そんな苦労の末、出来上がった『The London Jungle Book』。これが予想以上に各方面から評価され、バッジュは一躍ゴンド絵画の第一人者に数えられることになった。

その後も彼とタラブックスとの交流は続き、さまざまな神話などについて話しているうちに、ギータは“木”にまつわる話が多いことに気付く。そうして出来たのが、傑作『The Night Life of Trees(夜の木)』だ。さらにゴンドに伝わる創世神話や生活を描いた名作『Creation(世界のはじまり)』を出版。ゴンドアーティストの描く模様からアイデンティティを見出した『Signature』も、バッジュとギータとの会話のなかから生まれた作品だという。

タラブックス内でワークショップを行うバッジュとギータ(2018年3月撮影)

タラブックスと出会っていなかったら、現在のバッジュはなかっただろう。一方、タラブックスにしても、バッジュと出会っていなかったら、現在のタラブックスはなかったに違いない。この両者の出会いは、運命的に幸運なものであったのだ。

現在、バッジュと僕との共著という形でタラブックスから新刊を出版するプロジェクトが進んでいる。今年3月には、撮影のためバッジュとともに彼の故郷の村を再訪した。その後、チェンナイのタラブックスで1週間にわたる全員ミーティングも終わっているのだが、正直どんな本になるのか僕には全容がつかめていない。ただ、ギータの頭のなかでははっきりと描けているらしい。自分の本ながら、今からその出来上がりにワクワクしている。

春の到来を祝う祭り“ホーリー”の様子(2018年3月撮影)

(※)『The Night Life of Trees(夜の木)』『Creation(世界のはじまり)』……現在、タラブックスの書籍のいくつかは日本語版が存在する。最重要作である『The Night Life of Trees』は『夜の木』、『Creation』は『世界のはじまり』として、いずれもタムラ堂(https://www.tamura-do.com)から出版されている。


展覧会情報

2017年末、板橋区立美術館で開催され好評を博したタラブックスの展覧会が愛知県に巡回!
松岡さんの写真は「夜の木」に関する作品を集めた展示室にて見ることが出来る。

「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」
期間:開催中~6月3日(日)
時間:9:00~17:00(※入館は16:30まで)
会場:刈谷市美術館 2階展示室
入場料:一般900円、学生700円(※中学生以下無料、団体割引有)
https://www.city.kariya.lg.jp/museum/exhibition/schedule/H30tarabooks.html
※1階展示室にて、「怪談えほん原画展+稲生モノノケ録『ぼくはへいたろう』の世界展」を同時開催中。



松岡宏大(KAILAS)
Matsuoka Kodai
カメラマン&ライター&編集者。インド歴25 年。『地球の歩き方』(ダイヤモンド・ビッグ社)など、南アジアやアフリカを中心に辺境エリアのガイドブックの取材・編集に携わる。『arucoインド』や書籍の制作も担当。
KAILAS 名義で著作やイベントも行っており、近著に『持ち帰りたいインド』(誠文堂新光社)がある。
KAILAS:www.facebook.com/kailasindo

 


<玄光社の本>

タラブックス インドのちいさな出版社、まっすぐに本をつくる

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