「美術解剖学」という学問をご存知でしょうか。医学の解剖学とは異なり、骨格と筋肉について研究し、構造や動きを知ることで美術制作に活かす学問です。小田隆氏は、著書の「美しい美術解剖図」の中で、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画や彫刻など、過去の名作をもとに美術解剖図を描き、絵画や造形などを美術作品を制作する人のために、肉体の構造を詳しく分析、解説しています。
本記事では、マンテーニャによって1475から1478年頃に制作された「死せるキリスト」の美術解剖図をご紹介します。
死せるキリスト
マンテーニャの代表作で、十字架からおろされたキリストの遺体をモチーフに描かれている。画材はテンペラを使用しているため、描写がやや硬い印象を与える。
極端に短縮されて、ほとんどパースがついていないため、非常に頭が大きいが、さほどの不自然さを感じさせないところに、この作品の凄さがある。遠近法に則るなら、頭部はもっと小さく描かれるべきだが、不自然さを感じさせることなく静かに横たわるキリストを表現している。
全身骨格図
立ったり座ったりしたポーズは普段見慣れているため描きやすいが、寝ポーズは構図の取り方も含めて難しい。『死せるキリスト』はまっすぐ捻りもないポーズではあるが、寝ポーズを描く時の大きなポイントは、胸郭と骨盤の位置関係を明確にすることにある。立ちポーズでも座りポーズでも共通する点ではあるが、特に寝ポーズの時は、それらの位置関係を見極めることが重要である。
足の裏から描いたポーズは、あおりのポーズを描く上でも参考になる。これほど極端な角度で描くことはまれかもしれないが、巨大な人型のメカを描くような時には使えるかもしれない。ただ、その時にはもっと頭と上半身を小さくパースをつけたほうが迫力が出るだろう。
胸郭を下から覗くように描く経験は、とても新鮮だった。この角度からだと鎖骨、胸鎖関節を見ることはできない。下半身は布で覆われているが、膝の位置は布の皺のでき方からおおよそ想像ができる。着衣の人体を描く時にも、こういったサインを見逃さないことが重要である。
全身筋肉図
ある本で記述されていたのだが、生きた人間が寝ている時は、自然につま先が左右に開くなどリラックスした姿勢になるが、死んだ場合はつま先が上方を向くということである。『死せるキリスト』を見ると、つま先が上方を向いていて、おそらくは死体をモチーフに描いたことが想像できる。
大人と子どもの頭骨比較
自分の体の中で、背中ほどではないが、足の裏も観察がしづらい部位だろう。他人のものであっても、足の裏をまじまじと見ることはそれほどない。足の形も千差万別で、これはひとつのサンプルではあるが、じっくりと足の裏の構造を見てもらえればと思う。鏡などを利用すれば比較的簡単に観察することができるが、描く対象がどうしても遠くなってしまうことが玉に瑕である。
あおりや俯瞰で描く時の頭骨の捉え方
成人の頭部では眼球の位置がほぼ中心にくる。これを目安にすることで、あおりと俯瞰を的確に描くことができる。あおりの場合、眼球は上方に位置し鼻も接近していく。耳は下方へ下がることになる。鼻の穴がはっきりと見え、顎の下の面も見えてくる。
逆に俯瞰では眼球が下方に位置し、耳が上方へと上がることになる。頭頂部が見えて頭の形を確認することができる。ただし、髪の毛がある場合がほとんどなので、これほど明瞭に観察できることはまれである。
あおり、俯瞰ともに、顔のパーツは接近し短縮法で描かれることになる。まず、眼球と耳の位置を決定することが近道であるが、頭骨の状態だとより明確にすることができる。
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