西洋絵画入門! いわくつきの美女たち
第1回

『フローラ』イーヴリン・ド・モーガン(1855~1919年)

絵画に描かれた「いわくつきの美女」や、さまざまなエピソードを持つ「いわくつきの美女絵画」など、280点の西洋絵画を美術評論家の平松 洋氏の解説で紹介する本書「西洋絵画入門! いわくつきの美女たち」。神話の女神から、キリスト教の聖女や寓意像の美女、詩や文学に登場するヒロイン、王侯貴族の寵姫や貴婦人、そして高級娼婦まで、いろいろなバックストーリーに彩られた「美女たちの名画集」としても楽しめる一冊となっています。
ここでは、本書から、いわくつきの美女たちをご紹介していきます。
第1回は「神話画~神々と美女たちの物語~美を巡る神と人の物語」から『フローラ』(イーヴリン・ド・モーガン作)をご覧ください。

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西洋絵画入門! いわくつきの美女たち

花の都フィレンツェの花神に魅せられた華麗な装飾美

イーヴリン・ド・モーガン
『フローラ』

1894年
キャンヴァスに油彩 199×88cm
ド・モーガン美術館

フローラは古代ローマ神話の花の女神で、ギリシャ神話の花神クロリスと同一視され、クロリスが西風の神ゼピュロスによってフローラに変身させられる姿が、ボッティチェッリの『春』に描かれています。

サンドロ・ボッティチェッリ
『春(プリマヴェーラ)』(部分)
1480年頃
板にテンペラ 207×319cm
ウフィッツィ美術館

『春』とともに、同じボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』に触発されて描かれたのが、後期ラファエル前派の画家ド・モーガンのこの作品です。

彼女の叔父スタンホープは、後期ラファエル前派のバーン=ジョーンズとも親しい画家で、晩年はフィレンツェに住んでいました。英国からたびたびフィレンツェを訪ねた彼女は、ルネサンスの巨匠たちの作品を研究します。花を語源とし、「花の都」とも呼ばれるフィレンツェを強く意識し、ボッティチェッリの花神に影響を受けた彼女が描いたのがこの『フローラ』だったのです。


花の女神に描かれた美少女たち

春爛漫、今、咲き誇る天真爛漫な少女たち

花をアトリビュート(人物特定のための持物)とし、手に持たせたり、咲き乱れる花々とともに描かれたりするのが、ローマ神話の花の女神フローラです。ギリシャ神話のクロリスにあたり、暖かい春風を神格化した西風のゼピュロスと結ばれ、花々を生んだといいます。

フローラとして描かれた女性たちは、清純で初々しく、しかも生命の輝きに満ちた美少女として描かれてきました。それはまさに蕾が開いたばかりの、かぐわしく咲き誇り、匂いたつような花々の象徴だったからです。

しかし、花と一緒だけではフローラとは言えません。花が咲き誇る春自体を擬人化した「春の寓意」や「神話的肖像画」の場合もあるのです。

ジョセフ・フランクリン・カーショウ
『フローラ』
20世紀初頭
マックス・ノネンブルッフ
『フローラ』
1892年
ウィリアム・アドルフ・ブグロー
『春の夢』(春の寓意を描いたもの)
1901年
ヴァレンタイン・ウォルター・ブロムリー
『フローラ』
1874年

西洋絵画入門! いわくつきの美女たち

著者プロフィール

平松 洋

美術評論家、フリー・キュレーター。
1962年、岡山県生まれ。早稲田大学文学部卒。企業美術館キュレーターとして活躍後、フリーランスとなり、国際展のチーフ・キュレーターなどを務める。現在は、早稲田大学エクステンションセンターや宮城大学などで講師を務めるかたわら、執筆活動を行い、その著作は、海外3ヵ国地域での翻訳出版を含めると50冊を超える。主な著作としては、『誘う絵』(大和書房)、『「天使」の名画』(青幻舎)、『名画の謎を解き明かすアトリビュート・シンボル図鑑』、『クリムト 官能の世界へ』、『名画 絶世の美女』シリーズ(以上、KADOKAWA)他多数。

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