絵画に描かれた「いわくつきの美女」や、さまざまなエピソードを持つ「いわくつきの美女絵画」など、280点の西洋絵画を美術評論家の平松 洋氏の解説で紹介する本書「西洋絵画入門! いわくつきの美女たち」。神話の女神から、キリスト教の聖女や寓意像の美女、詩や文学に登場するヒロイン、王侯貴族の寵姫や貴婦人、そして高級娼婦まで、いろいろなバックストーリーに彩られた「美女たちの名画集」としても楽しめる一冊となっています。
ここでは、本書から、いわくつきの美女たちをご紹介していきます。
第1回は「神話画~神々と美女たちの物語~美を巡る神と人の物語」から『フローラ』(イーヴリン・ド・モーガン作)をご覧ください。
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花の都フィレンツェの花神に魅せられた華麗な装飾美

『フローラ』
1894年
キャンヴァスに油彩 199×88cm
ド・モーガン美術館
フローラは古代ローマ神話の花の女神で、ギリシャ神話の花神クロリスと同一視され、クロリスが西風の神ゼピュロスによってフローラに変身させられる姿が、ボッティチェッリの『春』に描かれています。

『春(プリマヴェーラ)』(部分)
1480年頃
板にテンペラ 207×319cm
ウフィッツィ美術館
『春』とともに、同じボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』に触発されて描かれたのが、後期ラファエル前派の画家ド・モーガンのこの作品です。
彼女の叔父スタンホープは、後期ラファエル前派のバーン=ジョーンズとも親しい画家で、晩年はフィレンツェに住んでいました。英国からたびたびフィレンツェを訪ねた彼女は、ルネサンスの巨匠たちの作品を研究します。花を語源とし、「花の都」とも呼ばれるフィレンツェを強く意識し、ボッティチェッリの花神に影響を受けた彼女が描いたのがこの『フローラ』だったのです。
花の女神に描かれた美少女たち
春爛漫、今、咲き誇る天真爛漫な少女たち
花をアトリビュート(人物特定のための持物)とし、手に持たせたり、咲き乱れる花々とともに描かれたりするのが、ローマ神話の花の女神フローラです。ギリシャ神話のクロリスにあたり、暖かい春風を神格化した西風のゼピュロスと結ばれ、花々を生んだといいます。
フローラとして描かれた女性たちは、清純で初々しく、しかも生命の輝きに満ちた美少女として描かれてきました。それはまさに蕾が開いたばかりの、かぐわしく咲き誇り、匂いたつような花々の象徴だったからです。
しかし、花と一緒だけではフローラとは言えません。花が咲き誇る春自体を擬人化した「春の寓意」や「神話的肖像画」の場合もあるのです。

『フローラ』
20世紀初頭

『フローラ』
1892年

『春の夢』(春の寓意を描いたもの)
1901年

『フローラ』
1874年
