西洋絵画入門! いわくつきの美女たち
第7回

『オフィーリア』ジョン・エヴァレット・ミレイ(1829~1896年)

絵画に描かれた「いわくつきの美女」や、さまざまなエピソードを持つ「いわくつきの美女絵画」など、280点の西洋絵画を美術評論家の平松 洋氏の解説で紹介する本書「西洋絵画入門! いわくつきの美女たち」。神話の女神から、キリスト教の聖女や寓意像の美女、詩や文学に登場するヒロイン、王侯貴族の寵姫や貴婦人、そして高級娼婦まで、いろいろなバックストーリーに彩られた「美女たちの名画集」としても楽しめる一冊となっています。
ここでは、本書から、いわくつきの美女たちをご紹介していきます。
第7回は「物語画〜語り継がれる美女たち〜」から『オフィーリア』(ジョン・エヴァレット・ミレイ作)をご覧ください。

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西洋絵画入門! いわくつきの美女たち

ロセッティの将来の妻を描いた浮薄の美女

ジョン・エヴァレット・ミレイ
『オフィーリア』

1851~52年
キャンヴァスに油彩 76.2×111.8cm
テート・ブリテン

ミレイは、ハントやロセッティらとラファエル前派兄弟団を結成した一人です。評論家のラスキンの薫陶を受け「自然に忠実に」描こうとしたミレイは、1851年の夏の期間、オールド・モルデン周辺のホグズミル川のほとりで写生にいそしみ、この絵を描いたのです。

「斜に生ふる青柳が、白い葉裏をば河水の鏡に映す岸近う」(坪内逍遥訳)と『ハムレット』にある場所を探し求めてミレイはまさに逍遥したことでしょう。そして、場所を定めると、「自然」を信頼して共に歩み、「何も拒まず、何も選ばず、何も軽んぜず」としたラスキンの教えに従い、実際の自然観察に基づいて、画面全体にわたる細密描写を行ったのです。

描かれているのは、黒柳やノイバラ、ラシャカキグサ、エゾミソハギ、シモツケソウなど、この地に自生する植物ですが、生い茂る季節がバラバラでミレイが想像で描いたと思われるかもしれません。筆者が思うに、細密を極めた写生が、晩春から秋まで続き、通時的に写生していったからではないでしょうか。

どこまでも自然に忠実に描こうとしたミレイは、その年の年末に、ロンドンのアトリエでバスタブにモデルをつけて写生を行っています。この時、バスタブを温めていた蝋燭が消え、モデルが風邪をひいたという有名な話が残っています。そのモデルこそ、後のロセッティの妻となるリジー・シダルだったのです。

本作は、1852年のロイヤル・アカデミー展に出品され、高い評価を得ます。さらに、1855年の第1回パリ万博にも出品され、国際的にも評価を勝ちとり、ポール・ドラローシュなどに影響を与えていくのです。


麗しの乙女、オフィーリア

ロマン主義者が愛したファム・フラジールの典型

ジョルジュ・クレラン
『あざみの中のオフィーリア』
19世紀後半~20世紀初頭
アレクサンドル・カバネル
『オフィーリア』
1883年

シェークスピアの戯曲『ハムレット』に登場する悲劇のヒロイン、オフィーリア。彼女は昔から絵画に描かれてきましたが、特にロマン主義以降、儚い女(ファム・フラジール)、浮薄の美女の典型として好まれ、様々な画家が描いています。

オフィーリアは、愛しいハムレットに拒絶されたばかりか、父ポローニアスをハムレットに殺され、精神を病み、川に落ちて溺れ死にます。第4幕第7場に登場する話ですが、劇では、その場面が舞台に登場することはなく、悲報として王妃ガートルードの口から語らせるのみなのです。そのせいもあって、18世紀までは、画題としてあまり取り上げられませんでしたが、19世紀になると、多くの画家が、この画題を取り扱うようになります。

その描き方も、森をさまよう姿から、気がふれて水辺にたたずむ場面まで、さまざまです。特に、ミレイが描いた水に浮かぶオフィーリアの姿は衝撃的で、後世の画家に多大な影響を与えていきます。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
『オフィーリア』
1910年
トーマス・フランシス・ディクシー
『オフィーリア』
1865年
アーサー・ヒューズ
『オフィーリア(そして、彼は二度と戻ってこない)』
1865年頃
ジュール・ジョゼフ・ルフェーブル
『オフィーリア』
1890年

 

西洋絵画入門! いわくつきの美女たち

著者プロフィール

平松 洋

美術評論家、フリー・キュレーター。
1962年、岡山県生まれ。早稲田大学文学部卒。企業美術館キュレーターとして活躍後、フリーランスとなり、国際展のチーフ・キュレーターなどを務める。現在は、早稲田大学エクステンションセンターや宮城大学などで講師を務めるかたわら、執筆活動を行い、その著作は、海外3ヵ国地域での翻訳出版を含めると50冊を超える。主な著作としては、『誘う絵』(大和書房)、『「天使」の名画』(青幻舎)、『名画の謎を解き明かすアトリビュート・シンボル図鑑』、『クリムト 官能の世界へ』、『名画 絶世の美女』シリーズ(以上、KADOKAWA)他多数。

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