絵画に描かれた「いわくつきの美女」や、さまざまなエピソードを持つ「いわくつきの美女絵画」など、280点の西洋絵画を美術評論家の平松 洋氏の解説で紹介する本書「西洋絵画入門! いわくつきの美女たち」。神話の女神から、キリスト教の聖女や寓意像の美女、詩や文学に登場するヒロイン、王侯貴族の寵姫や貴婦人、そして高級娼婦まで、いろいろなバックストーリーに彩られた「美女たちの名画集」としても楽しめる一冊となっています。
ここでは、本書から、いわくつきの美女たちをご紹介していきます。
第6回は「寓意画〜美女にたとえられしもの〜」から『不正をただす正義の寓意』(ジャン=マルク・ナティエ作)をご覧ください。

女神転用? でなければ、正義がこんなに可愛いわけがない

『不正をただす正義の寓意』
1737年
キャンヴァスに油彩 132.5×161cm
個人蔵
絵画では、抽象概念を描けないので、擬人像を使って表してきました。絵の女性は、古代ギリシャ以来の中心的な徳目である枢要徳(知恵、勇気、節制、正義)のひとつ「正義」を描いたもので、「正義」が持つ正しさを計る天秤を奪った「不正」を、打ち据えるところです。
そもそも、正義の寓意像の元になったのは、ローマ神話の正義の女神ユースティティアで、ラテン語の「正義」という言葉をそのまま擬神化?したものです。英語で言えばレディ・ジャスティスになります。裁判所にも飾られることが多く、法廷ドラマにもよく登場しますが、手には、裁きの剣と善悪を判定する天秤を持ち、目隠しをしています。ギリシャ神話の女神テミスと同一視されますが、テミスは、正義というより、法と掟の神で、その娘であるディケーの方が、正義の女神のようです。
ディケーといえば、おとめ座の由来譚が有名です。かつて神と人は、地上で共に暮らしていましたが、人間が欲に駆られて争うようになると、神々は地上から去り、 最後まで残ったディケーもついに天に上り、おとめ座となります。隣のてんびん座は彼女のものとされています。
おとめ座の女神なのですから、このように、可愛らしく描かれて当然ですが、描いたのが、18世紀ロココの画家ナティエと聞けば納得です。肖像画家として有名で、 王侯貴族の娘たちを美しい神話的肖像画に描いています。彼の作品としては、寓意画は珍しいのですが、マルタ騎士団総長の邸宅、タンプル宮のために描いた7枚の寓意画の一枚です。ルイ15世の娘アデレード夫人の神話的肖像画だと考える人もいて、「正義に扮するアデレード夫人」とも呼ばれたそうです。
