ドキュメンタリー映画や劇映画のカメラマン・撮影監督として活躍している辻智彦さんの「ドキュメンタリー撮影問答」は、カメラマンから映画監督、出演者、写真家、番組プロデューサーなど様々な立場から映像制作に関わる業界人11名へのインタビュー集です。
「ドキュメンタリー」をキーワードに展開する問答では、インタビューが進むにつれて各人が持つ信念や詳細な方法論、時には意外な本音も飛び出します。それぞれ異なる立場から各々の領分について語る対話の中で読者が目にするのは、その道のプロにしか到達しえない領域、伝えたいテーマをいかに表現するかに心を砕く、クリエイターたちの姿です。
本記事では中村高寛×辻智彦「対象者の人生をまるごと引き受ける」より、ドキュメンタリー出演者へのインタビューの方法論と、やりたいジャンルの仕事に近い現場に行くためにしたことについての記述を抜粋して掲載します。
時間と場所を変えて、何度もインタビューを撮る
中村:実は『ヨコハマメリー 』って同じ対象者に何度もインタビューしているんです。ほぼ同じ質問なんですけど、前回の撮影から期間をおいたり、場所を変えたりして、繰り返し話してもらいました。そうすることで、その対象者が伝えたかった核心・テーマが研ぎ澄まされて明確になっていくのではないかなと。これは当初、数多くのインタビューを失敗した経験から、自分なりに編み出していった、後付けの方法論なんですけど……。
でもこれをやるには、対象者との関係を密にしないといけないので、結果、長期取材に陥ってしまった(笑)。例えば、フィクションでも一発本番がいいという人もいれば、相米慎二監督のように、何度も何度も演技をさせていくタイプもいる。僕は後者のほうです。一回で撮ったときの緊張感って、作り手と対象者との対立からくるものだと思うんです。その類の緊張感は僕の映画にいらないなと。その対立を越えた先にある、融和みたいなもの、関係性を捉えたいなと思っています。
辻:その意識はどの段階からですか? 最初から対象との関係性をどうするかなど、分からないですよね。
中村:例えば、元次郎さんは、監督として私があまりにダメダメだったので、憐みというか、ほっとけなくなったみたいです。毎回、お願いすると嫌な顔一つせずにインタビューを受けてくれました。何度もやっていくうちに、元次郎さんの表情から(良い意味で)緊張感がなくなってきて、何となく掴めてきたんです。で、それを自分の方法論にしようと。
辻:上手く行くようになったきっかけは?
中村:時間と場所を変えるのが基本ですが、まずは事前にキャメラを持たずに会いにいって、「あの時に話してくれたエピソード、良かったですね」と、ほぼ雑談に近い感じで話すようにしていて、その”仕込み”がとても大事ですね。ただ何の説明もなく、何度も同じ質問をされたら、対象者も困ってしまいます。まずは私が対象者のどこに惹かれているのか、興味を持っているのかを伝えるようにする。
その上でもう1回、インタビューすると、画面に例えていうと、最初のインタビューはロングショットのようなもので、どこが聞きどころなのかが、まだぼやけていて、全体像だけみえている。しかし回を重ねるごとに、その対象者が語るべきテーマが絞り込めてきて、クローズアップとなりフォーカスが合っていく感覚になるんです。
これは小川紳介さんの『映画を穫る』を読んだときに、撮ってきたものを、対象者と一緒にラッシュをするという話があって、「これだ、これは使える!」と。
何度も言うように失敗ばかりしていたので、藁にもすがる思いで、ドキュメンタリー関連の本を読み漁って、自分の現場で使えそうな方法を試していきました。トライ&エラーで、エラーのほうが多かったのですが、その中でわずかに残ったものが自分の方法論になっていったということですね。
辻:ドキュメンタリーの作り方を一から耕していく、創造していくような行為ですね。小川プロもインタビューを繰り返しますが、その方法論をベースにして、やっていくうちに己の手で行き着いていった。
中村:結局、今でもインタビューは時間と場所を変えて撮りますね。やはり同じ質問やテーマでも、まったく違う答えやニュアンスが出てくることもありますし、そこが面白い。
辻:中村さんの方法論はまったくユニークで、力強さがある。おそらくそうせざるを得なかった必然性がある。そうしなければやり続けられなかったという。そうやって中村高寛の映画の方法論ができていったんですね。ところで、映画の撮影を続けながら、ドラマの助監督を続けていたんですか?
中村:ドラマの演出部って分業制で役割も決まっていて、当時、私はサード(助監督)でしたが、このままでは厳しいなと。つまり本だけでなく、ちゃんとドキュメンタリーの現場に行って、経験を積みたいと思うようになりました。でもドキュメンタリーを主にした制作会社って狭き門で、ハードルが高かった。それでも、どこかに入れないかと画策して、まずクルマの免許を取りにいきました。
辻:クルマの免許?(笑)
中村:ドラマの現場って制作部がいるし、ロケバスがあるから、助監督はクルマの運転をしなくてもいい。ところが聞くところによると、ドキュメンタリーの現場ではクルマの運転から何でもやらないといけないらしいと。まずは免許を取って、ビデオ撮りの現場の仕事を多くやっていきました。もちろん、ドラマではなく、コマーシャル、ミュージックビデオ、教育ビデオ、企業などの仕事で、要はドキュメンタリーに近いだろうということで現場を選んでいましたね。現場でお金を稼いで、それを『ヨコハマメリー 』の制作費に充てる。お金が尽きそうになるとまた現場仕事をして、という繰り返しですね。