映像制作、とりわけロケを伴う撮影や取材によって制作した作品では「伝わる」映像に仕上げるためにノウハウが必要です。技術の体得には実際に手を動かすことが重要ですが、ときには先達から基本的な考え方を学び、自分の中に下地を作ることも同じくらい大切なことではないでしょうか。
「映像撮影ワークショップ 新版」著者の板谷秀彰さんは、1970年代からテレビ、映画、CMなど幅広い映像制作の現場で活躍するベテランカメラマン。本書は「ビデオサロン」誌で過去に連載していた内容に加えて、2021年現在の状況を踏まえた加筆原稿を収録。内容はプロとしての心がけや知識を伝える「基本編」、撮影に関わる具体的な技術を解説する「実践編」、カメラマン目線で実際の撮影現場を振り返る「現場編」の三章立てになっており、長くプロとして積み重ねてきた論考やノウハウを読み解くことができます。
本記事では「基本編」より、カメラを取り回す際に重要な体のバランス感覚についての記述を紹介します。
安定したショットを生むには体のバランス
「そのカメラ重いんでしょ? 力がいるんでしょうね」と 撮影の現場でよく声を掛けられます。確かに重いですね。特に最近のHDCAMカメラだと、大口径のズームレンズやマットボックスなどをつけると、かるく15㎏以上になってしまいます。こんなカメラをある程度の時間、自力で保持して、しかもなるべく揺れたり、ブレたりしないように操作して撮影をするのですから、当然カメラの重量に負けないだけの筋力は必要になってきます。
では、より良いカメラオペレーションを獲得するために、バーベルやらダンベルをあげて筋トレに励めばよいのかというと、僕はそうは思いません。
10㎏から20㎏程度になるカメラの重さを子供の体重と考えてみましょう。生まれたての赤ん坊でも3㎏ぐらいはゆうにあります。じつに小型のHDVカメラ以上の重さです。それが1歳にもなれば10㎏程度。それでもお母さんはヒョイと抱き上げるし、おんぶしたり抱っこしたりするのは当たり前ですよね。しかも子供、特に我が子ともなれば、重いからといって落っことしたり、どこかにぶつけるなんてことは滅多にありません。
そうなんです。お母さんたちが日常している動作、子育てをこなす程度の筋肉量があれば、カメラマンにとっては充分なんです。だから、筋力をつけなきゃなんて思わなくても大丈夫。むしろ体の一部分、例えば、腕の筋肉だけを強化してしまうと、逆にあまりよくない結果に繋がる可能性が出てくるのだと思います。
僕はカメラマンの体に一番要求されることは、実はバランスではないかと常々思っています。三脚に据えたカメラを操作するにしても、ENGカメラを肩に担ぐ場合でも、カメラを操作する時というのは、体にとってバランスの崩 れた状態になります。これは小型のカメラを使っている時 も同様です。
特にハンドヘルドのカメラは、体より前で両腕だけで支えて撮るため、腕がジンジンと痺れる。これは極めてバランスの取れていない体勢の結果とも言えます。このクラスのカメラでも普通に持てば、さして重いとは感じないはずです。要するに重量そのものが問題ではないんですね。
バランスボールでトレーニング
撮影時の姿勢で一番楽なのは、両足に均等に体重を載せて、前屈みにも後ろに反ったりもしていない状態なのですが、この姿勢で撮影していると、相手の動きに機敏に反応することが難しくなります。例えば、カメラを持ったまま歩き出すというようなケースにはどうしても対応が遅れてしまいます。
こうした場合は、どちらかの足に体重をのせて、もう一方の足は動き出しに備えた状態にしたほうがスムーズに移動撮影が行えます。しかし、それがバランスの良い姿勢とは言えません…。結局のところ、バランスの崩れた状態でも、いかに体を上手に使って、バランスの良い状態に持っていけるかが安定したショットを生み出し、しかも長時間の撮影に耐えうる秘訣なんです。
実はこうした体のバランス感覚を鍛えるのに最適なトレーニング方法があるんですね。これ言ってみれば企業秘密なんで、バラしたくはないのですが、皆さんには特別にお教えしましょう。
バランスボールってご存じでしょうか?そう、あの塩化ビニール製の人が乗れる大きな球状の健康器具です。サイズは何種類かありますが、あまり小ぶりではないものが良いです。まずはバランスボールに腰をおろし、両手両足を離してみましょう。初めのうちはなかなか難しいと思いますが、慣れれば腰を落とした状態でバランスボールの上に乗っていられるようになります。ある程度長く乗っていられるようになったら、微妙に体を横にひねったり状態を反らしたりして、体の重心を変化させてみましょう。少しの重心の変化でもボールはシビアに反応するので、うまく重心を移動させ、ボールを安定させるようにしましょう。こうした動きをいろんな方向で試してみると、自分がどの方向のバランスの崩れに対応できるのか、またどんな方向の動きに弱点があるのかがよく見えてきます。意図的に不得意な方向へのバランス修正を繰り返すことで、バランス感覚をかなり補正してあげることができるようになってきます。
ここからは上級編! というか実践編に進みましょう。といっても特別なことは何もありません。ただ、バランスボールに乗ったままテレビを見るだけ。コンテンツはカメラが固定されているものよりも色々な方向に動くもの、例えば旅番組などが良いでしょう。
テレビに写る映像を自分が撮影していると想定してくだ さい。映像の変化に合わせて体を動かしてみるんですね。カメラが右に振ったら、それに合わせて体を右方向にひね ってみる。手持ちで移動しているショットになったら、自 分でも移動している感覚で体を動かしてみる。そうイメー ジトレーニングです。これ病みつきになります。
その上、上手なプロのカメラマンの撮った映像と出会った時には、こんな場合はこういう撮影方法を採るのかといった撮影テクニックを体感できるオマケ付き。あんまり感心しないカメラワークに遭遇した時は、自分で気に入るような動きに修正を入れてみましょう。あくまでも自分が撮影しているイメージで、体を動かしてみることが大事です。バランス感覚に磨きを掛け、しかも簡単でお金もかからないトレーニングになりますよ。