2000年代以降、デジタルカメラを内蔵する携帯端末が広く普及し、私たちの日常生活は「写真撮影」と共にあるといっても過言ではありません。その一方で、近年になってフィルム写真も再評価されており、「古くて新しい写真表現」を評価する価値観の中で、写真表現に新たな広がりが訪れています。
写真は「現像」作業によっていかようにでも変化します。その性質は、デジタルでもフィルムでも変わりません。しかし根本的な部分で、デジタル写真はフィルム写真とは似て非なるものです。そしてそれは、デジタルがアナログに近づく余地を残しているということでもあるのです。
書籍「デジタルでフィルムを再現したい」では、デジタル写真現像ソフト「Lightroom」を用いて、デジタル写真をフィルムの風合いに近づけるテクニックを紹介しています。まったくのゼロからフィルムの色合いを再現するのは大変な作業ですので、本書で色調やトーンなど、各種パラメータコントロールの基本を身につけるのも一つの手でしょう。
本記事では序章「フィルムについて」より、デジタル写真とフィルム写真、写真編集の在りようについての筆者の考え方に関する記述を抜粋して紹介します。
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デジタルでフィルムを再現する意義
筆者はフィルムが大好きです。デジタルカメラの画質がどれだけよくなっても、フィルム写真の「0と1の間にある雑味」のような味わいには代えられません。
一方で、前述のとおりフィルムを取り巻く環境は悪化の一途をたどっていて、経済的に気軽に使えるものではなくなってきました。そのような状況に立たされたとき、デジタルカメラでもフィルムのような空気感を再現できたらとか、もし「無限に使えるフィルム」があれば、とか考えてしまうのです。そんな思いから、私はAdobe Lightroom を購入し、参考となるフィルム写真を見ながら、デジタル画像を編集し始めました。
2016年のはじめ頃には、Instagram にて「#デジタルでフィルムを再現したい」というハッシュタグを作り、フィルムライクに編集した写真の投稿を始めました。ほどなくして自分以外のユーザーによる投稿も見られるようになり、このタグは今や投稿数が 62万件(2020年3月現在)を超えるほどに成長しました。
デジタルでフィルムを再現するメリットはコスト面だけではありません。フィルムは基本的に写真店やラボなど他人の手を介在して写真となります。いうなれば、デジタルの画像編集プロセスを第三者にお任せする状態なのです。それ故に、自分の思ったような写真を作り上げるのが非常に難しいという側面があります。もちろん、ラボとの密なやり取りと調整を経て、自分好みに仕上げてもらうこともできますが、フィルム市場縮小に伴い、写真店やラボの絶対数も減っており、自分の感性にぴったりとハマるところを探すのも苦労する時代です。その裏返しで、デジタルのメリットは撮影から編集まですべてのプロセスを自分でコントロールできることといえます。
デジタル時代における写真編集の重み
写真撮影において大事なことは何でしょうか? 露出を自由自在にコントロールする技術でしょうか? それとも機材を使いこなす知識でしょうか? この問いに対する答えは、撮影スタイルや被写体などによって多種多様かと思います。さまざまな考え方があるかと思いますが、筆者にとっての写真撮影における要素にウェイト付けをすると、下の円グラフのようになります。
単体露出計を使って絞りやシャッタースピードを決定する「まともに写すこと」自体が特殊技術だった頃と異なり、今はシャッターを押せば誰でも写真が撮れる時代となりました。ひと昔前はプロしか撮れなかったような背景ボケが美しいポートレートでさえ、適切な機材(単焦点レンズをマウントした一眼など)を渡せば、幼稚園児でも撮れてしまいます。
そんな時代だからこそ、「写真家の視点」すなわち
- コンセプトやテーマを持ち、それを写真に落とし込む力
- 誰もが通り過ぎてしまうような事象に気付く感受性
- 他人と異なる角度や切り口で世の中を捉える視点
といったことが以前にも増して大事だと思っています。
このようなことから、写真の大部分はシャッターを切る前にすでに完成していると考えていますが、一方でシャッターを切った後の写真編集作業は、写真のコンセプトをより明確にし、世界観を増幅させる重要なプロセスと捉えています。
筆者の場合、ノスタルジーをコンセプトに写真を撮っていることもあり、デジタルの先鋭な画質より、人間の記憶のような少し曖昧で淡い雰囲気を表現したいこともあり、フィルム風に編集しています。