あなたは「いい写真」と聞いてどのような写真を想像するでしょうか。人によってその定義はそれぞれです。なかなか思った通りには転ばない偶発性も写真撮影の面白さですが、結果的には「撮影者の伝えたい事柄がしっかり伝わる」写真が「いい写真」といえるのもかもしれません。
「いい写真を撮る100の方法」では、スナップ写真を中心とした100点の写真について、撮影意図や撮影時のエピソードを交えながら、表現力を鍛える視点や思考法について解説。撮影者として他者に自身の感動やその場の空気感、興味の対象を伝える写真表現に向き合う姿勢を学べる内容にまとまっています。
本記事では第1章「あなたは何を撮ればいいのか」より、写真に写った瞬間の前後を「想像させる」視点を紹介します。
時間を止めて未来という過去を想像させる
今では当たり前の言葉である「決定的瞬間」は、もともと写真用語といわれている。フィルムの感度が著しく低かった時代、写真は三脚に据えて動かぬものを撮るしかなかった。肖像写真は被写体が静止すなわち我慢することで撮ることができたが、たとえば坂本龍馬の有名なあの立ち姿はシャッター速度が20秒という。それとて当時の人には革命的だったはずだが、20世紀も中盤にさしかかると、小型カメラと明るいレンズ、そして実用的なロールフィルムが登場した。それを存分に生かしたのがアンリ=カルティエブレッソン(1908~2004)だ。
動く被写体の一瞬を切り取るという、当時としては画期的な映像表現で一躍写真の表現力と可能性を拡げた。彼の代表的な写真集は「The Decisive Moment」、その直訳である邦題が「決定的瞬間」というわけだ。
彼の代表作「サン=ラザール駅裏」は、大きな水たまりを飛び越えようとする男性を捉えている。水たまりは池のように広く、男性の片足はいまにも水の中にドボンしそうに見える。男性がこの後どうなったのか、多くの写真愛好家はあれこれ想像を巡らせていると思う。つまり1932年のほんの一瞬の出来事が、そこで時計を止めたまま、人々の中でまだ続いている。
このように何十分の一秒、何百分の一秒のある一瞬が永遠に続くのが写真の特徴であり、一瞬を自由にスライスできるのが醍醐味といえる。ではどこで時計を止めるべきか。写真を表現行為とするならば、続きが気になりそうなポイントでシャッターを押すのがよい。何かが起こった後ではなく、起こるほんの少し前を撮るのだ。切り取られた瞬間はそこから先へ進むことがなく、見る人はただただ未来という過去を想像するしかない。そうして一瞬のでき事は何年、何十年と記録と記憶の中で生き続けていく。