ヘアスタイル専門フォトグラファー 佐藤 貢さんインタビュー 〜意欲のある美容師さんの役に立ちたい〜

「自分が作りたい世界観を実現するために“作品撮り”をしよう」『美容師のためのサロンモデル撮影テクニック』を上梓したヘアスタイル専門フォトグラファー・佐藤 貢さん。本書では、美容師が行う「作品撮り」にフォーカスし、ヘアスタイルを美しく撮影するだけではなく、自身の世界観を作るためのヒントを、都内の有名スタイリスト10名の作品と共に紹介しています。

本記事では、著者でフォトグラファーの佐藤さんに、ヘアスタイル専門フォトグラファーになるまで、そして作品撮りのノウハウから機材のこだわりまでお話を伺いました。

『美容師のためのサロンモデル撮影テクニック』佐藤貢・著

――佐藤さんは、フォトグラファーになる以前は別の仕事をしていたそうですが、写真を始めたのはいつ、どんなきっかけからだったのですか?

佐藤さん(以下敬称略):カメラを持ったのは、二十歳くらいのころだったと思います。まだ本格的にカメラをやるというわけではなく、コンパクトのデジタルカメラを買いました。

コンパクトカメラで写真を撮っていると、背景があまりボケず、どうしてだろうと思って自分なりにいろいろ調べたんです。それで一眼レフを買いました。一眼レフではコンパクトカメラで実現できなかったふんわりとしたボケを生かした撮影ができて、そこからカメラにハマっていきました。

当時はレコーディングエンジニアをやっていたので、アーティストのプロフィール用の写真やジャケットの写真などを撮影したりしていました。ボケのあるポートレートをかっこよく撮りたいという思いがありましたね。

ーーその後、レコーディングエンジニアからフォトグラファーに転身されたきっかけを教えてください。

佐藤:当初は写真もレコーディングエンジニアも並行してやっていたんです。インディーズのミュージシャンのCD制作をしていたので、それだけで生活が成り立つわけではなかったため、週末にウェディングフォトグラファーとして、結婚式の撮影を始めました。最初はフィルムで撮影していてCanon EOS-1Vを2台使っていました。フィルム最後の世代ですね。

フォトグラファーとして独立したのは30歳になってからです。2008年ごろに美容室から依頼があって撮影に行ったのですが、そのとき、美容師さんが自身のスタイルを一枚の写真に仕上げるために、すごく細かなところまで気にして、こだわって作品作りをしていることが分かったんです。以来、現場で撮影をするときには、ひとつひとつ完成度を高めるために頑張っている美容師さんのために、いい写真を撮りたいと思うようになりました。これがウェディングフォトグラファー、レコーディングエンジニアを辞め、フォトグラファー1本でやっていくことになったきっかけですね。

ウェディングと美容室の撮影を並行して行っていましたが、2011年に震災の影響で経済が落ち込んでしまいました。それなら好きなことをした方がいいかなと思ったのもひとつの理由です。

HAIR & MAKE UP / NAMIKO TORII, MODEL / RINA TANAHASHI

シャッターを押せば写真は写る。「学ぶ」のはその先のこと

ーーヘアスタイル専門のフォトグラファーという肩書きですが、それまで別のジャンルでの撮影の仕事はしていたのですか?

佐藤:ウェディングの撮影をした以外、他のジャンルの撮影はしていません。当時はHot Pepperなどクーポン系のサイトに美容師の作ったスタイルの写真を掲載し、集客するという文化が始まったころで、作品撮りブームみたいな流れが生まれたときだったんです。美容室で写真が必要なタイミングが重なり、さらにヘアカタログ雑誌での撮影の仕事もやるようになりました。

最初は経験を増やして腕を上げ、自分を売り込むための素材としての写真が欲しかったので、ギャランティの有無に関わらず、とにかく数を撮って上手くなりたいという一心でした。美容師さんたちの中に美容師ではない自分が入っても、とても親切にしてくれる方が多く、美容師さんと一緒にいるのも居心地がよかったし、必要とされているという実感がすごくあって、このジャンルでやっていけるという確信みたいなものはありました。僕自身にはこういう写真を撮りたいという作家さんのようなこだわりはないので、美容師さんたちの「こういうの撮れる?」っていうリクエストに応えていくことで自分も上手くなっていくという関係性もよかったと思っています。

ーー自然光での撮影だけでなく、ライティングを施した撮影もしていますが、ライティングはどのように学ばれたのですか?

佐藤:まずストロボを買いました。それで『基礎から始める、プロのためのポートレートライティング』などの本を読んで、実践で試しながら自分で覚えました。

僕の師匠はフォトグラファーではなく、美容師でヘアスタイルを上手に作れる人たちですね。そういう人たちと作品撮りをするときにたくさんの影響を受けました。かわいいヘアスタイル作品を身近に見ることができるし、フォトグラファーに何かを教えてもらうというより美容師さんたちにセンス的な部分を教えてもらいました。

テクニックは自分で覚えていくものですし、カメラは機械なのでシャッターを押せば写真は写ります。どういう作品にするのかは中身の問題。被写体の魅力はもちろん、どういうものを美容師さんが見せたいのか、どういう世界観で表現したいのか、どんなセンスを持っているのか、そういう人たちと一緒にいることそのものが勉強だと思います。ライティングにしても、撮影にしても、その部分は仕事をいただくための下準備であって、最低限身につけておかなければならないことです。「勉強」はその先で、美容師さんの作品のどういうものを写せばいいのか、そこがすべてですね。

「この美容師さんはこんなセンスを持っている」ということを写真で伝えること、その人の世界観をイメージとして伝えることが、僕の撮影では大事になりますね。

HAIR & MAKE UP / TOMOTAKA SAKAGARI, MODEL / CHIHIRO ISHIDA

作品撮りを続けることで磨かれるセンス

ーー本の中で、複数の美容師が「写真を学び、自ら撮影をすれば、美容師としての力になる、ブランディングになる、役に立つ」と語られていますが、もう少し詳しく教えてください。

佐藤:美容師さんが作品撮りに取り組むということは、ヘアスタイルを作って、それがただ写っていればいいわけではありません。一枚の写真として美容師さんのセンスが伝わらないといけない。パッと見たときに、一枚の写真をかわいく見せるためには、どういう雰囲気で作品を作るか、どんなモデルにするか、どういう衣装を着せるか、新色のリップ、チークなど流行りのメイクでモデルさんに似合うものは何か、衣装にしても何がモデルさんに合うか想像する。ほとんどの美容師さんが、そこまでやって、並行してヘアスタイルを決めていきます。

自分が作りたい世界観を作るためには、いろんな要素を美容師さん自身が考えなければなりません。広告やファッション撮影の場合には、衣装、メイク、ヘアなど、仕事は分業されていますが、美容師さんはそれを全部ひとりでやって、トータルで考えています。それが美容師さんの作品作りです。

本当にいろんなことを考えなきゃいけないので、ファッション雑誌を見たり、衣装にしてもさまざまな店をまわって見る。見て、勉強し、練習や準備をしていく過程が大事になります。一枚の写真を仕上げるための前準備に時間を費やし、その都度頭を使う。作品撮りのたびにそれを繰り返すので、そういう美容師さんはどんどんセンスが磨かれていきますし、そうすることでサロンでもお客さまに対する提案力が上がっていきます。

美容師さんの作ったスタイルの写真を、髪型だけでは見ないですよね? 衣装の色、素材、メイクや雰囲気などトータルで見ると思います。その美容師さんに自分をプロデュースしてもらいたいと思ってお客さんが来るわけです。作品撮りをしてセンスを上げ、その結果としてお客さんが来る。だから、美容師さんには作品撮りに取り組んでもらい、コツコツとじっくりやってもらいたいと思っています。

今回本書でご協力いただいた10名の美容師さんは、僕がお世話になってきた、いわば先生と思っている美容師さんたちで、そういうことをずっとやり続けてきた方々です。本当に素晴らしいセンスを持った方々で、自分にもそういうセンスを分けてもらえるような美容師さんばかりです。

学びたいという意欲のある美容師さんの役に立ちたい

美容師に撮影テクニックをレクチャーする佐藤さん

ーーご自身の仕事として、サロンで撮影をするだけではなく、美容師のためにオンラインサロンや、ヘアスタイル撮影セミナーといった「教える」ことを行っているのはなぜですか?

佐藤:この質問への回答の前提として、まずお話しておきたいのは、髪型を作り撮影するとき、美容師さんは何度もヘアの直しに入ります。撮影の流れがいいから直しに入らない方がいいとか、モデルの表情が良ければいいというわけではなく、髪型がちゃんと写っているからかわいいのであって、そうじゃないとかわいくは写らない。美容師さんが撮影中に直しに入る際には直すポイントがあって、髪型が写真に写ったときに、ここがふくらんでいる方がかわいいとか、ここが出過ぎているとバランスが悪いなど、たくさんヘアカタログ雑誌はありますが、直すポイントのルールは自然と共通化されています。

例えば髪がふくらんでいる部分があれば反対側も左右対象にふくらんでいるとか、髪を巻いた場合には長さが変わるけれど、前に垂らす髪の高さを揃えるとか、ロングなら、前にたらした髪が前でくっついてたてがみのように見えてしまわないようにするとか、首の部分の奥が透けてしまうと髪がないように見えてしまうので、髪で埋めるようにする……など、伝統なのか、ルールがあるんです。誰も教えてくれないけれど、あるフォーマットが存在します。そういったルールをしっかりわかって作品撮りをする美容師さんは多くはありません。

美容師の方々が、モデルさんを呼んで撮影をしてみても、ヘアカタログ雑誌のようにはならないことがあります。そういうサロンに対して、セミナー、講習会をやって、フォトグラファー、編集の目線でルールを伝えていきたいと思っています。そうすることでサロンの人たちでもルールを知って撮影に取り組めるようになります。

地方からも呼んでいただいて、2ヶ月に一度、大阪へは何年も行かせていただいています。東京からフォトグラファーを呼んで教えてもらいたいという人たちは本当に熱心ですから、撮り方も何でも教えます。

スマートフォンで撮るように、撮影から自由になれるミラーレス機

ーー佐藤さんの機材について教えてください。こだわりや機材選びで重要なポイントはなんですか?

佐藤:本書では撮影のほとんどをフルサイズのミラーレスカメラ「Canon EOS R6」で撮影しました。巻末に掲載作品の撮影機材、撮影データをすべて掲載しているので、ぜひご覧ください。

ミラーレスに移行する以前は、EOS-1D系の一眼レフで撮影していました。一眼レフでの撮影の場合、レンズをつけた時点でカメラを構えてファインダーを覗くより前に、ここからここまで写るな、というように画角と距離感が先に浮かんでしまうんですね。つけたレンズごとに距離感で立ち位置がわかりますし、カメラを構える前に頭の中で先に絵が浮かんでしまう。

スマートフォンの液晶で撮る自由な感じを、コントローラブルなプロ機の画質で撮れるようにしたいというのがミラーレス移行の最大の理由です。スマートフォンだとずっと液晶に写っている状態なので、こんな角度で撮れるんだ!ということが、頭で考えるより先にライブビューで見えてしまいます。
一眼レフよりももっと自由にいろんな情報のなかから選んで撮れる、“写メ”を撮っているような感覚になりたいと思ってミラーレスに切り替えたんですが、ピント精度もすごくいいですね。

50mmは開放F1.2の「EF50mm F1.2L USM」を使っているのですが、一眼レフではピント精度の問題で出番が少なかったんです。ミラーレス機に移行してからは50mmの出番がすごく増えましたね。本書でもほぼ50mmと85mmで撮影しています。

ミラーレス一眼カメラ キヤノン EOS R6で撮影する佐藤さん。ファインダーを覗かずに、背面液晶を見ながら撮影する
佐藤さんの地方出張撮影時の機材セット。小さなカメラポーチに、ミラーレス一眼カメラ1台と、レンズ2本が収納されている。機材を減らしたい時には、このミニマルなセットをバッグに入れて電車やタクシーで移動している。

ーー佐藤さん自身のフォトグラファーとしてのインプットはどんなことですか?

佐藤:ほとんどが美容師さんからです。ずっと美容師さんと一緒にいるので、「こういうのを撮って!」というリクエストに対して、その都度いろいろ調べます。ありがたいことに、こういったリクエストが常にある状態なので、撮影のたびに新しい引き出しが増えていきますね。

見せたいポイントを明確にして作品撮りを繰り返すことでセンスが磨かれる

ーー最後に、美容師にとっての「作品撮り」のレベルをあげるために必要なこととは何か、ヘアスタイル専門のフォトグラファーである佐藤さんから、ぜひ教えてください。

佐藤:いちばん大切なのは「世界観」作りですね。ただ写真を撮ればいいのではなく、どこがかわいいのか、美容師さん自身が見せたいポイントを考えて作品撮りをして欲しいと思います。

ヘアのことじゃなくてもいいんです。こういうモデルさんがこういう衣装を着ているからかわいいとか、ナチュラルメイクがかわいいとか、ヘアがふんわりしているからかわいいなど、自分のなかで「ここがかわいいからこの作品を撮った」という、そのポイントを作品のなかに入れていきましょう。

そうしていくことで、サロンで髪を切っているお客さんに対しても、ただ「この髪型にしましょう」というのではなく、ここがふんわりしているからかわいい、いまはこの色が流行りで、こういう服が好きならこういう色がいいのでは?という「提案力」が上がっていきます。

そうすると、お客さまからの信頼感が上がっていきますし、直接的ではないのですが、作品撮りを続けることで結果的にお客さんが増えていきます。

「美容師としてのレベルを上げていくために“作品撮り”がある」。僕はそう思っています。

『美容師のためのサロンモデル撮影テクニック』佐藤貢・著

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