映画のタネとシカケ
第1回

『ジュラシック・パーク』はCG技術の革新だけではない、過去に学ぶ優れた演出手法

映画の楽しみ方は人それぞれ。ストーリーや出演俳優、監督はじめ参加している制作スタッフそれぞれの仕事を目当てに鑑賞する人もいるでしょう。どのような映画であれ、制作者の持ち味は作品に滲み出てくるものです。では、その「持ち味」とはどのようにして形作られているのでしょうか?

映画のタネとシカケ」では、映画の制作において使われる技術的な工夫(タネとシカケ)に注目し、演出意図に沿った映像作りの方法論を図解によって詳しく解説しています。

収録タイトルは『ジュラシック・パーク』『ラ・ラ・ランド』『パラサイト 半地下の家族』『マッドマックス 怒りのデス・ロード』など11作品。

本記事では『ジュラシック・パーク』についての解説のうち、作品の概要と特徴的な映像表現を紹介する前段部分を抜粋して掲載します。

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映画のタネとシカケ

『ジュラシック・パーク』(原題:Jurassic Park)

監督:スティーヴン・スピルバーグ
製作:キャスリーン・ケネディ、ジェラルド・R・モーレン
原作:マイケル・クライトン 脚色:マイケル・クライトン、デヴィット・コープ
撮影:ディーン・カンデ 美術:リック・カーター 衣装:スー・ムーア、エリック・サンドバーグ
編集:マイケル・カーン 録音:ロン・ジャドキンス、ゲイリー・ライドストロム、ゲイリー・サマーズ、ショーン・マーフィー
VFX:デニス・ミューレン 音楽:ジョン・ウィリアムズ
出演:サム・ニール ローラ・ダーン ジェフ・ゴールドブラバム リチャード・アッテンボロー
上映時間:127分 アスペクト比:1.85:1 製作年:1993年 製作国:アメリカ
カメラ&レンズ:Panavision

興奮と危機感を見せる映像演出

『ジュラシック・パーク』(スティーヴン・スピルバーグ/93)は、バイオテクノロジーにより現代に蘇らせた恐竜たちをコントロールできると考えた人間の過信から起きるパニック・サスペンスです。CGと巨大なアニマトロニクス(コンピュータによって制御されたロボット)によってスクリーンに現れた恐竜たちは、映画の技術に革命的な進歩を与えました。

こういった経緯から『ジュラシック・パーク』は、革新的なCG技術について語られることが多いのですが、映像で物語を語ることに長けた技術や工夫を学べる映画でもあります。スピルバーグは娯楽性と芸術性を両立させる、ハリウッド映画の伝統を継承する数少ない監督です。その演出術は、ハリウッドのサイレント映画全盛の監督たちを彷彿させます。

喜劇王の有名なショット

1920年代に喜劇王と呼ばれていたバスター・キートンは、ポーカーフェイスの男性が命がけのアクションをする、サイレント映画(無声映画)の監督と主演で知られています。特に有名なのは『キートンの蒸気船』(28)で、キートンの背後にある家の壁が倒れてきて、壁に潰されたと思ったら、キートンはちょうど窓がある位置に立っていたので運よく助かるショットです(※リンク先で58分12秒あたりのシーン)。

このショットは、日本ではキューピーハーフCM『燕尾服とおにぎり』篇(09)、海外では『プロジェクト A2』(87)など、さまざまな映画やCMなどで繰り返し引用をされてきました。

『ジュラシック・パーク』ではそのまま引用するのではなく、一捻りをして使われています。古生物学者グラント(サム・ニール)と子どもが、上から倒れてきた車に潰されかけるも、運よくサンルーフの位置にいたので助かるショット(78分2秒~)になります。

サイレント映画へのオマージュ

スピルバーグはショットを引用するだけでなく、演出では前半から後半へ向けてセリフを減らして、サイレント映画のように映像で物語を語ることを試みています。

特にエンドタイトルが出る前までの約5分半のシークエンスでは、たった5つの簡潔なセリフに絞り込んでいます。アメリカのトークショー番組『アクターズ・スタジオ・インタビュー』にスピルバーグが出演したとき、映画を勉強する方法として、音を消して映画を観ることを薦めていたスピルバーグらしい演出です。

ジュラシック・パークからグラントたちが脱出をしたあと、海上を飛ぶヘリコプターの窓からグラントが微笑みながら見るのが、恐竜から進化したと言われる鳥です。恐竜を無理やり蘇らせなくとも、現代でも目に見える形で恐竜が生きていることを見せています。テクノロジーへの過信と生命倫理へ反することへの警鐘を、セリフではなく映像により簡潔に伝えるショットです。

物語の大きな転換点となる遺伝子研究室

ブロッキングとは、舞台での俳優の動きやポジショニングを指す演劇用語です。そのブロッキングと照明が効果的に使われているのが、パーク内の中枢施設、遺伝子研究室で恐竜の幼生の誕生から、グラントがパークの安全性に不安を持つまでが描かれる、物語前半の大きな転換点となるシーン(27分59秒~)です。主要な登場人物は、古生物学のスペシャリストのグラントとエリー、遺伝子操作科学に否定的な数学者マルコム、パークの創設者ハモンド、恐竜を甦らせたウー博士、弁護士のジェナーロの6人です。

遺伝子研究室の最初のショットは、カメラは移動車とクレーンを組み合わせて、グラントたち一行の動きをフォローしながら、舞台となる研究室を見せたあと、このシーンの主役になる恐竜の卵がある孵化器を映します。

この45秒間のショットの中で、2つのブロッキングが効果的に使われています。 1つは最先端の研究室の雰囲気を見せるもの。もう1つはこのシーンの主役、恐竜の卵から目を逸らさせないためのものです。次回から図解入りで解説していきます。


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