映像撮影ワークショップ
第2回

ドキュメンタリーカメラマンが教える「目線の法則」〜被写体との関係性を演出する〜

映像制作、とりわけロケを伴う撮影や取材によって制作した作品では「伝わる」映像に仕上げるためにノウハウが必要です。技術の体得には実際に手を動かすことが重要ですが、ときには先達から基本的な考え方を学び、自分の中に下地を作ることも同じくらい大切なことではないでしょうか。

映像撮影ワークショップ 新版」著者の板谷秀彰さんは、1970年代からテレビ、映画、CMなど幅広い映像制作の現場で活躍するベテランカメラマン。本書は「ビデオサロン」誌で過去に連載していた内容に加えて、2021年現在の状況を踏まえた加筆原稿を収録。内容はプロとしての心がけや知識を伝える「基本編」、撮影に関わる具体的な技術を解説する「実践編」、カメラマン目線で実際の撮影現場を振り返る「現場編」の三章立てになっており、長くプロとして積み重ねてきた論考やノウハウを読み解くことができます。

本記事では「基本編」より、「目線」としてのカメラについての論考を紹介します。

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映像撮影ワークショップ 新版

王様の目線と庶民の目線

イラスト:長繩キヌエ

一昔も二昔も前のお話。中世ヨーロッパで王様が絶体的な権力を持っていた時代。王様が座る「玉座」は座るという椅子としての機能以上に、無駄なほど立派でした。お尻を載せる座面が、普通の椅子に比べとりわけ高いのが特徴で、短足コンプレックスに悩む我々日本人としては、よく足が床に着くなと要らぬ心配までしてしまうほど。その上この玉座は宮殿の中でも一段と高い場所に置かれていました。

この高い高い玉座に座り、居並ぶ臣下や一般人を見下ろす王様とはいったいどんな存在なのでしょうか?何を言いたいのか、もうお分かりですね。玉座が立派でしかも高いというのは、王様とそれ以外の人達との間に、視線の上下関係を作ろうという意図があるからなんです。

目線で上下関係を演出

今や王様や貴族が跋扈した封建制度に支配された中世ではないのですが、現代でも社会的な地位が高い、尊敬に値するといった人間関係は「見下ろす」「見上げる」という視線の上下に支配されていることが実は多いのです。学校のトップである校長先生もやはり高い壇上からお話をしますよね。

これは、とりあえず偉い人として認めてもらうために一段高い場所に座り、庶民が見上げるような形にした。乱暴に言ってしまえば、本当に偉いかどうかとは関係なく、目線を操ることで上下関係を演出しているのです。

そしてこの物理的な関係性がもたらす意味は、カメラで撮影するケースに置き換えても同じようなことが言えるんですね。つまり、上から下へ見下ろすカットは「王様の目線」、下から上へ見上げるカットは、「庶民の目線」を表現できるのです。

目線の法則とは

よく言われるカメラワークの法則に「カメラは、なるべく撮影対象の目線と同じ高さに構えましょう」というものがあります。しかし、これは撮影者と被写体の間は平等、なんら社会的な上下関係性もない、ということを表現したい場合に有効なものです。言ってみれば、友達や仕事上の同僚といった扱いですね。だからこれをすべてに適応する撮影のルールと考えてはいけません。何故なら撮影対象となる人と撮影者との間には色々な関係性や身分立場の違いがあって当然。そこを考えずに、何でもかんでも対象と同じ目線にカメラを据えても、かえってマイナスに作用することもあります。

パスポート写真を想像してみて下さい。注意書きにしたがって、椅子の高さを調整するので、目線はレンズの高さと同じになります。しかしできあがった写真から何か訴えかけるような思いは伝わってきますか?それがどうしたのって感じではないでしょうか。目線の高さを同じにするということで得られる、必然性のない中立感(パスポート写真には必要な要素なんですけど)は、被写体の感情や撮り手側の思い入れなどの表現には不向きなのです。

映像表現の中で「視線の上下関係」という問題は、すべてが対等に平等でさえあればよいとする思い込みは別にして、実は撮影者がコントロールすべき撮影テクニックなのです。

モノ言うカメラ

「カメラ=撮影者」として考えた場合、まずは撮影対象となる人や物とカメラマン自身との関係性を考えてみましょう。そしてこの関係性を撮影テクニックとして上手に利用することによって、尊敬とか恋いこがれる気持ち、羨望や願望、はたまた非難や侮蔑まで様々な表現を試みることができるようになります。子供の時に欲しくて欲しくてたまらなかったオモチャ、お店のショーウィンドウの中のひときわ高い場所で光り輝いていませんでしたか?そんな気分を思い出して下さい。

もちろん特別な関係性を強く表現する必要性がないケース(まあ普通はこういうケースがほとんどですね)でも、カメラと撮影対象との視線のちょっとした上下関係に配慮してカメラをオペレートすることで、撮影者の微妙な気持ちの変化、感動や共感、または反発などを巧みに映像の中に潜り込ませる演出もできるようになります。

例えば、お年寄りのインタビュー撮影。何気ない世間話から、興がのり、その方の人生の深い深い話をしてもらえた。聞いているカメラマンは、徐々に感動!こんな時には段々とカメラの位置が下がって、最終的にお年寄りを仰ぎ見るようなアングルになっても良いのではないでしょうか。カメラマンが受けた感動や感銘が作品を見ている人にも伝わるはずです。

もちろん構図の決定には、バックの具合や光線の当たり具合など考慮すべき要素がたくさんありますので、一概にカメラを上げ下げすれば良いとは言えませんが、視線の上下関係を感情表現にとっての第一の優先事項として考えても間違いではないはずです。

カメラは機械です。ただRECボタンを押しただけでは、情感やその場の情景を伝える優れた映像は撮れません。気持ちの部分を大切に撮影方法に反映していくことで、モノ言うカメラ、人間味溢れるカメラが生まれ、結果として豊かな感情表現を持つ映像作品を生み出す早道につながるのです。


映像撮影ワークショップ 新版

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