360度VR動画は、広視野角のレンズを備えた複数台のカメラによって、カメラを中心に前後左右と天地方向を記録した動画コンテンツです。近年においてはYouTubeやVimeoなどの動画投稿サイトやスマートフォンアプリなどで再生環境が整備され、エンターテイメント分野だけでなく、医療、観光、教育など幅広い領域での活用が始まっています。
視覚と聴覚によって空間を疑似体験できる新しいメディアとして注目が集まるVRですが、では実際に360度映像を制作するには、どのような機材や手順が必要なのでしょうか。「360度VR動画 メイキングワークフロー」(著・染瀬直人)では、撮影に必要な機材やソフトウェアをカバーしながら、360度VR動画の撮影から映像の合成、音声やテロップの編集、仕上げにいたるまで、一連の作業手順を網羅しています。
本記事では、Chapter1「360度VR動画の基礎知識」より、360度動画に関して過去に行われた取り組みを振り返ります。
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360度動画の試みを振り返る
360度VR動画の世界初の商用コンテンツとしては、2000年代初頭にソニーの映像制作事業「FourthVIEW」でPlayStation 2のために制作されたモーニング娘。のビジュアルソフト「スペースヴィーナス」や浜崎あゆみの「A VISUAL MIX」などがある。
インタラクティブなVRではないが、2012年にはトヨタ自動車のハイブリッド車「プリウスα」のCMで、360度動画の2:1のエクイレクタングラーの映像を大胆にフィーチャーしたマンジョット・ベディ監督による「Amazing World篇」が制作されている。
2012年、トヨタの「プリウスα」のCM、マンジョット・ベディ監督作品「Amazing World篇」。高速道路やトンネル、美しい自然や星空の下を走り抜けるプリウスαを、エクイレクタングラーの投影法で見事に表現した秀作。
以前にもVRと3Dのブームは交互に訪れていて、その都度、ソリューションや撮影機材の開発などは行われてきたが、大きな解像度を必要とすることや、複雑な制作方法などが障壁となり、一般的な普及にまでは至らなかった。
自作リグの登場で360度動画のブーム到来
360度動画の撮影といえば、かつてはGoogle Street Viewの撮影にも使用されていたカナダのPoint Grey Research社(現FLIR Systems社)のLadybugが使われることが多かったが、これは業務用途の比較的高価格帯のシステムであった。
2011年、カナダのフォトジャーナリスト、ライアン・ジャクソンがGoPro HD HEROを4台、輪ゴムでポールに巻き付けて保持し、世界最大のドッジボール大会を撮影。専用のステッチングソフトもない時代に、いくつものソフトを駆使して360度VR動画を制作。これがネット上で評判となり、その後、アメリカの360Heros(現360RIZE)やFreedom 360が、GoProを6台使用するプレーヤーリグの販売を開始した。これらの製品の登場がコスト的にも参入のハードルを下げ、360度動画ブームに火をつけた。
YouTubeやFacebookの参入で360度動画の再生環境が整う
従来は360度VR動画を公開および再生するには、パノラマビデオプレーヤーの先駆者、徳澤リュービン氏の「Ryubin’s Flash Panorama」というFlashを用いた無償のプレーヤーや、独krpano社のソリューションを使用する方法があり、一部の愛好家の間で活用されていた。
ところが2015年3月、動画投稿サイトのYouTubeが360度動画のインタラクティブな視聴に対応し、同年9月にはSNS最大手のFacebookでもサポートされた。
これにより、誰もが360度動画を容易に投稿し、世界に向けて共有できる環境が一気に整った。今ではVimeoやハコスコストア、PANOPLAZA MOVIEといったWebサービスでも360度VR動画の投稿や配信が可能になっている。
また特定のWebサービスに依存するのではなく、JavaScriptを駆使することでWebブラウザー上での実装を可能にする「WebVR」の利用も広がりつつある。
<玄光社の本>