醤油本 改訂版
第6回

北陸・信州の醤油の蔵元

醤油という調味料は、私たち日本人の食卓に欠かせない存在でありながらも、あるのが当たり前だが実はあまり詳しく知らない、という方もいるのではないでしょうか。

醤油本 改訂版」は、醤油の歴史から製造過程の詳細、好まれる味の地域性や蔵元への取材などを通して、醤油への理解を深めることのできる一冊です。醤油に関する広範なデータをコンパクトにまとめており、読めば自分好みの醤油を探す一助になることでしょう。2015年に発行した同名の書籍から内容を更新し、蔵元データのアップデートを行いました。

全国には多くの蔵元が存在しますが、本記事では第2章「醤油を見つける」より、北陸・信州の蔵元を抜粋して紹介します。

*販売価格は、2023年12月時点の金額で、変更になる可能性があります

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醤油本 改訂版

北陸・信州の蔵元

醤油を造る微生物に最良の環境を考え抜く:大久保醸造店

木桶の表面に漆を塗り、壁や床に炭を埋め、雑菌を住みつかせないよう工夫する。

「お父さん今日のご飯は何にします?」「任せるよ」いつも通りのやりとりをした食卓には旬の食材が溢れ、自家製の醤油と味噌汁が並ぶ。そしてお孫さんも一緒に親子三世代で囲む。「贅沢をしたいわけじゃないんだよ」。それが幸せだと大久保文靖さんは微笑む。素材が美味しければ余計な味付けは不要になる。このような本質的な美味しさを追求する姿勢は、醤油を造るときも同じだ。

原料は等級がつく良質なものを全国から集める。「醤油造りの主役微生物ならば、彼らが最も活躍できる環境を整えることが人の仕事」と既成の設備に改良を重ねる。蔵の中は大久保さんの哲学の宝庫だ。例えば、醤油を美味しくするのは桶の内側に住む微生物で、他の場所には雑菌は繁殖してしまう可能性があると考える。すると、仕込場はオゾン水で洗浄して風が吹き抜ける構造に。さらに湿気がたまらないように壁には炭を、桶の表面には漆を塗る。

そして、業務用途で出荷する時には醤油専用樽とビンを使い、全てリサイクルする。「自然の微生物の力を借りて醤油を造れているのだから、自然に負担をかけてはいけない」。大久保さんの探求と改良は終わることを知らない。

大久保文靖さんからバトンを引き継いだ勝美さん。
嬉しそうに醤油を確認する大久保文靖さん。
環境を重んじ、容器はリサイクルする。

料理人・料亭・蕎麦屋が惚れ込む「紫大尽」
原材料の丸大豆、小麦、食塩、米、全て国産を使用。澄んだ色合いと香りの醤油で、懐石料理をはじめ、色をきれいに仕上げたい料理、めん類などのつゆ物に最適。

360mlビン ¥496(税込)/原材料:大豆、小麦、食塩、米、アルコール

 

おしどり夫婦が自社醸造を再開:谷川醸造

https://tanigawa-jozo.com/(見学可・要予約)

「地道な一人作業が性に合う」と話す貴昭さん。

奥能登の醤油といえば「サクラ醤油」。甘口好みの北陸の中でも特に甘い醤油が好まれるこの地で愛される、谷川醸造のロングセラー商品だ。

2002年、その谷川醸造に4代目谷川貴昭さんが入る。当時、谷川醸造は日本酒も自社醸造しており酒造りの経験を通じてものづくりの面白さを実感。その一方、醤油の自社醸造が長年止まっていたので、醤油も麹から自分の手で造りたいと強く思い、2012年に醤油の自社醸造を再開させた。

その頃の醤油業界では極めて珍しいことであり、決して容易なことではないが、後押しとなったのは結婚して子どもが生まれたこと。

「きっと子どもにとって、プラスになると思ったんです。例えば、自社で原材料から調達することで大豆や 小麦などの農家さんと関わり、一次産業の大切さや大変さを知ることができます。自社で仕込むことで、出会う人、考えることの幅が広がるんです」と、愛情に満ちた声で話す。

そして妻「およねさん」の感性や、地元の大豆・小麦・塩を活かして作った無添加の「能登のお醤油」は多くの人々の心に響き、年々出荷量が増加。それでも、問屋は通さず、自らの手で直接届けている。今後は更に木桶を増やして増産することになった。

4代目の谷川夫婦。
売店。最下段に「サクラ醤油」、上3段に自社醸造の醤油や醤油加工品が並ぶ。
近所の未収穫の柚子を買い、ポン酢にするなど、地元を大切にする。

能登の材料のみを使った「能登のお醤油」
石川県珠洲産の幻の地大豆「大浜大豆」、珠洲の釜あげの塩、珠洲の小麦と、能登の素材のみを使用。自社醸造を復活させたから生み出すことができた、想いがこもる醤油。

145mlビン ¥594(税込)/原材料:大豆(石川県産)、小麦、食塩

 

「一汁一菜に一糀」を楽しく提案:ヤマト醤油味噌

yamato-soysauce-miso.co.jp (見学可・要予約)

発酵食で健康かつ美人になるきっかけ作りを目指し、多様な体験を用意している。

古き良き金沢の街並みを想わせる、おしゃれな「糀パーク」では、料理教室、「発酵食美人食堂」、ツアー、麹の甘味を活かしたチーズケーキ専門店など、糀(麹)を楽しめる多様な体験を用意。「ことばで伝えるより、体験を通じて興味を持ってもらうことが大切」と考え、和食の基本「一汁一菜」にさらに「一糀」、つまり発酵調味料や発酵食品を意識して加えて健康かつ美人になるライフスタイルを提案している。

営業部部長の山本耕平さん。
趣ある「糀パーク」。

香る生醤油「ひしほ」
地元の酒造会社で修業を積んだ山本晴一社長が、生酒の香りに魅了され、産み出した「なま」の醤油。

900mlビン ¥1,998(税込)/原材料:大豆、小麦、食塩、アルコール

 

北陸の家庭の味を支える:直源醤油

https://naogen.co.jp/(見学可・要予約)

出荷場に並ぶ5種の直っぺ。

北陸で最も売れている醤油は直源醤油の「直っぺ」であり、醤油出荷量も石川県最多。地元では「直っぺを使っていなかったら金沢の人じゃない」と言われるほど地に根付いている。「直っぺも5種類あって、金沢より輪島はより甘口を好むなど、地域性や嗜好に合わせた醤油をご用意しています」と話す 8 代目直江潤一郎社長は、訪問時も自ら進んで大野の町を案内してくれるほど、地元を尊み、寄り添い続けている。

誠実で物腰柔らかな8代目直江潤一郎社長。
醤油の町「大野」の良さを伝える場として設けた売店とカフェ。

丸大豆醤油「もろみの雫」
国産の大豆と国産小麦を用い、霊峰白山の伏流水を仕込み水に使用。レトロ瓶が心を惹きつける。

720mlビン ¥1,782(税込)/原材料:大豆、小麦、食塩

 

女将さんの丁寧な手仕事醤油:鳥居醤油店

http://toriishouyu.jp/(見学可・要予約)

種麹を振る前は手を合わせ、命を宿していく。

「子供の頃、風邪をひくと母親がおでこに手をあててくれるでしょ。おなかが痛い時も。手をあてると痛みが和らぐように、人間の手には不思議な力があると思うの」と手仕事を重ねる女将さん。「命が宿る」と種麹を振る前にはそっと手を合わせ、使う道具は、手で動かす昔ながらのもののみ。造られる量は限られる。けれどそれでいいと、心身を癒す手の力を1本の醤油に詰め込んでいく。

手仕事や環境を大切にし続けてきた3代目女将・鳥居正子さん。
全て麹蓋を使って麹を造る。

木樽天然仕込醤油
石川県珠洲産大豆と中能登産小麦を用い、木桶で2年間熟成。三温糖を加え、柔らかな舌あたりに。

500mlビン ¥740(税込)/原材料:大豆、小麦、食塩、三温糖

 

醤油造りも地元もふれあいを大切に:畑(はた)醸造

レンガ造りの室の中に、麹蓋が積み重なる。

極寒の地の温度変化に対応するレンガ造りの蔵。それでも起きる温度変化に人がつきっきりで麹蓋を動かし、手を入れながら麹を造る。この全国的にも珍しくなった伝統的な造りに驚く人は多い。圧搾も一週間そのままの状態で自然に滴るのを待ち、圧力を加えるのは少しだけ。わざわざ醤油を買いに来る人のためにと惣菜やご近所さんが作った旬の野菜を店頭に並べており、朝から地元客で賑わう。

4代目の畑彰専務。
蔵の前で野菜を売り、地域の交流の場にする。

北陸
大豆と小麦は地元富山県産、塩は沖縄県産のシママースと全て国産の材料を使う。

500mlビン ¥830(税込)/原材料:大豆、小麦、食塩


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