玄光社は、漫画、イラスト、映像、絵本など多彩な分野で活躍しているキューライスさんの新刊「アジャラ」を3月24日に発売します。本書の刊行を記念して、3月26日まで渋谷PARCOで「キューライス アジャラ展」を開催中です。
2022年にWebメディア「オモコロ」で全4話が掲載されたアジャラは、”とある星”で暮らす不思議な生き物たちの物語。可愛らしい動物のような見た目をしながらも、人間のように働き、日々を過ごす生き物たちと、彼らを取り巻く世界、そして時代の移ろいが描かれています。書籍化にあたっては、一部描き下ろしのカットも収録しました。
本記事では作者のキューライスさんにお話を伺い、「アジャラ」制作の経緯から作品の着想、漫画や映像などの作品制作に関する質問にお答えいただきました。また本インタビューには、本書の編集を担当した玄光社の鷲谷も同席。出版までの裏話も掲載しています。
キューライスさんのこれまでのキャリアや、創作の秘密にも迫ります。
「アジャラ」元々は2話で終わりだった
――書籍として「アジャラ」を出版することになった経緯は、どのようなものだったのでしょうか?
担当編集・鷲谷:僕からキューライスさんにお声がけしたのがきっかけです。はじめにこの話をしたとき、アジャラは2話で一旦区切りをつけて、その後続くかどうかは決めていなかったそうなのですが、僕の方でぜひにと続きをお願いして、全4話という形に延長していただいたという経緯があります。
僕自身、以前からキューライスさんのファンだったこともあって、アジャラの第一話が掲載されたときに、ぜひ形に残るものにしたいと思いました。最初は単行本の形で出そうと思っていたのですが、水彩原画ということで、最終的にA4の判型で出版しています。
キューライス(以下敬称略):お話を作るのは簡単なのですが、塗りが水彩ということでかなり時間がかかってしまうんですよね。これを毎月描くのは本当に大変なので、4話が限界です、という話でした。
――これまで書籍化している作品群とはまた違った雰囲気ですが、A4という判型にしたのはなぜなのでしょうか?
鷲谷:企画当初から、コストが上がっても原画のサイズをそのまま本にしたいなという思いがありました。そして初めて原画を見せていただいたとき、これは本だけじゃなく、原画もお客さんに見ていただく機会を作らなければいけないと思いました。開催中の原画展はそういう思いで開催したものです。
キューライス:原画のA4サイズをそのまま本にしていただいたことが初めてだったので、それはすごく良かったなって思いました。
鷲谷:既刊単行本との差別化という観点もありましたが、ファンの方が普段見ているものとは違う「アジャラ」という作品を上製本で出すことにはこだわりました。
――アジャラは作品世界にSFを思わせる雰囲気があるように感じられました。作品の世界観をつくるうえでの着想やアイデアをお聞かせください。
キューライス:私は時々シュールな一枚絵を描くことがあるのですが、この中に、黄色いタヌキみたいな生き物が出てくることが多かったんですね。それである時、この生き物をセリフのない漫画に登場させる形で落とし込んでみたらどうかな、というところが最初のアイデアです。
まずはこんな感じかなという世界観のイメージがあって、そこから話の筋を文字で起こし、キャラクターを配置して、まとめていきました。こういう話にしよう、という物語のあらすじが最初からあったわけではないですね。
――「アジャラ」では、ただSF的な世界があって、かわいいキャラがいて、というだけではなくて、明確に「死」が描かれるシーンがありますよね。こうした表現を盛り込んだことには、どのような意図があるのでしょうか?
キューライス:特にないのですが、結果的に「死」の表現が作品の中に出てくるのは、私が死について考えることが多いからだと思います。
――改めて「アジャラ」を読み返してみて、自分で何かの影響を感じるところはありますか?
キューライス:私は映画が好きなので、映画のアイデアは随所に表れていると思いますね。例えば4話は「2001年宇宙の旅」ですし、生き物が死んで白い金平糖のような物体になるのも「ソイレント・グリーン」だし。
作風という点でいえば、エストニアのアニメーション作家でプリート・パルンという方の影響は大きく受けていると思います。
――今回、「アジャラ」という作品を制作するにあたり、意識して他の作品からテイストを変えたところはありますか?
キューライス:まず他の作品と似ないようにすること、あとギャグっぽいことはしないというあたりですね。
――「アジャラ」を読むうえで見てほしいポイントはありますか?
キューライス:本作はセリフがない分、わかりにくい部分はあると思うんですが、わかりにくいからこそ、読者の皆さんの中でお話を膨らませていただけたらいいかな、とは思います。それぞれの解釈で楽しんでほしいです。
――「アジャラ」は「キューライス」と同様、古典落語の「死神」に登場する言葉ですが、本作を「アジャラ」と名付けたことには何か意図があるのでしょうか?
キューライス:何もないんですよ。タイトルは何でもよかったのですが、つけないわけにもいかないので本当に困っちゃって。最初は「ポンムク」というタイトルだったのですが、なんかかわいすぎてイヤだなってなったり。じゃあ「アジャラ」でいいか、ということでアジャラにしました。
このアジャラというのは黄色い生き物たちの名前ではなくて、「アジャラ」という宇宙のお話、というくらいの意味合いですね。
キャラクターは「発生」してくる
――キューライスさんは過去のインタビューで、時間さえあれば漫画はいくらでも描ける、という主旨のことを仰っていましたが、漫画のネタ出しについて何かコツのようなものがあるのでしょうか?
キューライス:私の場合は、キャラクターと世界観ができてしまえば、散歩をしているときとかに10本くらいのお話ができていく、みたいな感じですね。ネタを思いついたらスマホとかにメモして溜めていく。
ただ「ネコノヒー」など長く続いている作品については、思いつくネタがなくなっていくというのはあります。
――散歩のお話が出ましたが、一日の中で必ず散歩の時間を作る、そのルーティンは、漫画家として活動を始めてからどのタイミングで確立されたのでしょうか?
キューライス:会社を退職してからわりとすぐでした。なにしろ外出する必要がほぼなくなってしまったので、15時になったら一時間半の散歩にでかけて、帰ってきたらシャワーを浴びて、そのあと仕事に取りかかる。その一連のルーティンが、実践している唯一の健康法と言えるかもしれません。
――キューライスさんの作品にはたくさんのキャラクターが登場します。どのようにキャラクターを作っているのでしょうか?
キューライス:私の場合、キャラクターって面白い漫画を描こうと思っているときに発生してくるものなんです。描いているうちに勝手に出てくるというか。漫画を今よりもっと面白くするには、どういうキャラクターを出したら笑いにつながるのか?ということをいつも考えている気がします。
――キャラクターのモチーフは人間や動物などさまざまですが、モチーフ選びの方針はありますか?
キューライス:キャラクターとしてかわいくなるかどうかを念頭に置いています。「かわいさ」は「キャッチーさ」だと思うので、そこが読んでいただくとっかかりになるんですよね。まずは読んでいただかないと何も始まらないので。
――画材はどのようなものを使っているのでしょうか?
キューライス:「アジャラ」の水彩に関しては、ホルベインの透明水彩絵具を使っています。デジタルの場合でも、線画までは紙に描いて、スキャンしてから仕上げています。こういうやり方にしているのは、慣れていてやりやすいからです。
絵コンテが描ければネームも描けるのではないか?
――前職は映像制作会社の東北新社、企画演出部とのことですが、その時の経験で現在役立っていることはありますか?
キューライス:表現のバランス感覚というか、リテラシーでしょうか。登場人物にこういうことを言わせるとクレームがくるかもしれないとか。
あとは複数の仕事を抱えているときに、スイッチを押すようにさっと切り替えられるようになったことですね。いろんな仕事があるもので、キューライスとしての作風が求められている仕事もあれば、クライアントの要望通りに作るものもあるので、その切り替えですね。
元々、CMディレクターという立場で作っていたものはクライアントのものであって、ディレクターのものではなかったわけで、そういう割り切りはもちろんありました。でも当時はやっぱり自分の表現として何かやりたいな、とも思っていて、それで漫画を描き始めたところはあります。
演出や企画の絵コンテは漫画でいうところのネームに通じるところがあるので、絵コンテが描けるならネームも描けるんじゃないか?と思って描き始めたというのが最初ですね。
――キューライスさんは現在、漫画家や絵本作家としてご活躍されているわけですが、CMディレクターを退職して漫画家を始めるという決断に踏み切ったきっかけは何だったのでしょうか?
キューライス:直接的には「ネコノヒー」の本を出すことになったのがきっかけですね。東北新社は副業禁止でしたので、本を出すなら退職しなければならなかった。最初は描いた漫画やイラストをブログに掲載していたのですが、結果的には、実際に単行本を出すタイミングで漫画家として活動していくことを決めたということになります。
でも生活のことを考えたら、辞めずに済む方がもちろんいいですよね。フリーランスってどうなんだろうみたいなところからのスタートでしたし、当時から5年後、10年後どうなっているんだろうという不安はありました。今もあります。
本来の作風は短編アニメーションの方
――先程仰ったように、漫画は「スキウサギ」や「ネコノヒー」のようにかわいくてキャッチーな作風が広く知られている一方で、映像作品はがらりと作風を変えていますよね。漫画と映像で明確に作風を変えていることの意図をお聞かせください。
キューライス:仕事を抜きにして、本当に表現したいことは短編アニメーションの方です。アニメーションは高校生の頃から作っているので、短編アニメーション的な表現の方が、私の素の作風であると言えます。
そういう意味で「アジャラ」は、他の漫画作品よりも私の元々の作風に近い表現になっていますね。
――映像作品では、効果音の使い方が印象的に感じました。音に対するこだわりは何かありますか?
キューライス:音は基本的に自分で録音していますね。場の音が必要であれば現地に行って録音することもありますし、ピンポイントで欲しい音がないときは、自分で道具を用意して作るとかもやっていました。
例えば強く何かを握りしめるときの「ギチギチギチ」という音が欲しかったときは、ホームセンターで丸い木の棒を3本買ってきて、束ねてゆっくりひねるとそういう感じの音がするので、その録音作業を夜中にやったりしました。
――機材にもこだわりがあるのですか?
キューライス:いえ、普通のICレコーダーで十分ですよ。
【動画】 キューライスさん制作の映像作品「失われた朝食 / The lost breakfast」
作品にテーマはない
――映像作品の作風は、目覚まし時計がぐにゃりと凹んだり、小人がいたりと不条理な世界観のようにも思えますが、視聴者に対してこういう風に見てほしい、というような意図はありますか?
キューライス:私が単品アニメーションを作るのは、その時面白いと思ったことを表現しているだけなので、こういう受け止め方をしてほしいということはあまりないですね。
その意味では「アジャラ」もそうで、私が面白いと思っていることを形にしています。それを怖がる方もいますし、それはそれで受け止め方としてありだと思います。
作品のテーマについても聞かれることがあるのですが、私としては作品にテーマは持たせていなくて、その時面白いと思ったことを追求しているだけなんですよね。それに漫画や映像の区別はなくて、もしそこにテーマらしきものが見えたとしたら、それは私が意識していないところからにじみ出ている私自身の何かなんだろうと思います。それは作品を目にした方が自由に感じ取っていただければ結構です。
――映像作品に関しては今後、長編や短編アニメーションの本数を増やしたいといった構想はありますか?
キューライス:長編は特に考えていませんが、短編アニメーションを作りたい気持ちは常にあります。でも短編アニメーションは仕事にはなりにくい。今は毎月決まった原稿を描くことでいっぱいいっぱいですね。
――キューライスさんは絵本や漫画、映像など様々な媒体で作品を発表されていますが、それぞれの分野でこれまでに影響を受けた作家さんについてお聞きしてもいいでしょうか?
キューライス:まず映像は先程申し上げたようにプリート・パルンが一番大きいと思います。漫画は小学生の時に読んでいた吉田戦車先生でしょうか。絵本は長新太先生の作品が好きですね。全体的に抽象的というか、カオス的なものが昔から好きです。
――そういったシュールな作品に初めて触れたのはいつのことなのでしょうか?
キューライス:小学生のときにダリやマグリットの絵画を見たのが最初だと思います。おじいさんの体が鳥かごになって中に鳥がいる(「The Therapist」)とか、ブーツのつま先部分が人間の足になってる(「赤いモデル」シリーズ)とか。そういうシュールな絵が小学生の時からずっと好きで、展覧会があったら観に行っていました。
描きたいことがたくさんある。「描くため」に生きていきたい
――最近注目している作品や作家はいますか?
キューライス:「新しい学校のリーダーズ」というダンスユニットの「オトナブルー」という曲が好きで最近ずっと聴いてますね。
歌っているのは若い世代の人たちなんだけど、歌詞や内容は昭和っぽいというか、懐かしい感じがする。振り付けも自分たちで考えているらしくて、セルフブランディングがうまくいってるというのが面白いと思いました。
他にはレシピ本をよく読みます。日本の家庭料理だけではなくて、いろんな国の料理に挑戦してみたり、イタリア料理でも聞いたことない名前の料理を作ってみたり。手間暇はかかっても、美味しい料理を作るのが好きです。
――「ひとり事」というご飯の本を拝読したのですが、カレーひとつとっても、ルーじゃなくスパイスから、しかもグリーンカレーを作っていたり、こだわって作っているなというのが伝わってきて、僕も読んでて真似したくなりました。
キューライス:カレーは好きなので、いろんなカレーを作りますね。最近は物価も上がってきたので、ちょっと頻度は減ってしまっていますけど。
――今は漫画作品を主軸に活動されていますが、これから取り組んでいきたいことはありますか?
キューライス:漫画はこれからも描いていきたいので、今ある連載を大事にしながら、生きながらえることが当面の目標ですね。描きたい漫画はいくらでもあるので、作品を世に出すために、これからも描くために生きていきます。
<「アジャラ展」開催概要>
会期:2023年3月18日(土)~3月26日(日)
時間:10:00~21:00
会場:渋谷PARCO 6F PENGUIN SOUVENIR(ペンギンスーベニア)
主催:株式会社Juice
https://www.penguinsouvenir.jp/view/news/20230308154917