西洋絵画入門! いわくつきの美女たち
第8回

『ビアトリス』トーマス・フランシス・ディクシー(1819~1895年)

絵画に描かれた「いわくつきの美女」や、さまざまなエピソードを持つ「いわくつきの美女絵画」など、280点の西洋絵画を美術評論家の平松 洋氏の解説で紹介する本書「西洋絵画入門! いわくつきの美女たち」。神話の女神から、キリスト教の聖女や寓意像の美女、詩や文学に登場するヒロイン、王侯貴族の寵姫や貴婦人、そして高級娼婦まで、いろいろなバックストーリーに彩られた「美女たちの名画集」としても楽しめる一冊となっています。
ここでは、本書から、いわくつきの美女たちをご紹介していきます。
第8回は「物語画〜語り継がれる美女たち〜」から『ビアトリス』(トーマス・フランシス・ディクシー作)をご覧ください。

>この連載の他の記事はこちら
>前回の記事はこちら

西洋絵画入門! いわくつきの美女たち

仲が良いほどいがみ合う シェークスピアのツンデレ美女

トーマス・フランシス・ディクシー
『ビアトリス』
(『から騒ぎ』第1幕1場より)
1863年
キャンヴァスに油彩 36.2×29.8cm

絵の正式タイトルは、『ビアトリス -「まだおしゃべりを続ける気ですの。ベネディックさん、誰もあなたを気にかけておりませんことよ」』(拙訳)というものです。絵の裏のラベルに書かれていたもので、シェークスピアの喜劇『から騒ぎ』第1幕第1場に登場するヒロインのセリフを、そのままタイトルにしていたのです。

貴族で独身主義者のベネディクトと、知事の姪ビアトリスは、会えばいつもいがみ合う仲で、この日も、丁々発止の舌戦を繰り広げていました。ディクシーは、彼女がベネディクトに辛辣な言葉を投げかけたその刹那を描いていて、美しくも、威丈高な雰囲気を漂わせています。

下の見返り美人もディクシーの絵です。彼は、シェークスピアの戯曲から美しい女性たちを何枚も描いていますが、彼女たちの心理状態までも伝わってきて秀逸です。

トーマス・フランシス・ディクシー
『アン・ページ』(『ウィンザーの陽気な女房たち』 第1幕第1場より)
1862年
キャンヴァスに油彩 35.4×28cm
フォルジャー・シェイクスピア図書館

 


シェークスピアの美女ギャラリー

悲劇からロマンス劇まで絵画に描かれたヒロインたち

フランク・ディクシー
『ロミオとジュリエット』(第3幕第5場より)
1884年

シェークスピアといえば、『ハムレット』『マクベス』『オセロー』『リア王』の4大悲劇をはじめ演劇史に残る数々の名作を残した劇聖として知られています。

しかし、シェークスピアの絵画というと、あまり知られていないかもしれません。もともと、英国は絵画後進国で、自国出身でめぼしい画家となると、18世紀を待たなければなりません。英国最初の国民画家と呼ばれたホガース(1697~1764年)らが名優ギャリックを描き「役者絵」としてシェークスピア絵画が登場します。

さらに、諸外国に遅れて誕生したロイヤル・アカデミーは、ジャンルの中で最も評価が高い「物語画(歴史画は誤訳)」を根付かせようとします。そこで注目されたのが、シェークスピアでした。物語画の振興策として、ボイデルの「シェイクスピア・ギャラリー」が立ち上がり、戯曲の場面が様々に描かれます。以来、ラファエル前派やフランスのドラクロワまでもが描いていくのです。

フランク・ディクシー
『ミランダ』(『テンペスト』より)
1878年
ヘンリー・ウッズ
『ポーシャ』(『ヴェニスの商人』より)
1887年
ジェームズ・クラーク・フック
『オセロの最初の疑惑』(『オセロ』 第3幕第3場より)
19世紀
フレデリック・レイトン
『ビアンカ』(『じゃじゃ馬ならし』より)
1881年頃

 

西洋絵画入門! いわくつきの美女たち

著者プロフィール

平松 洋

美術評論家、フリー・キュレーター。
1962年、岡山県生まれ。早稲田大学文学部卒。企業美術館キュレーターとして活躍後、フリーランスとなり、国際展のチーフ・キュレーターなどを務める。現在は、早稲田大学エクステンションセンターや宮城大学などで講師を務めるかたわら、執筆活動を行い、その著作は、海外3ヵ国地域での翻訳出版を含めると50冊を超える。主な著作としては、『誘う絵』(大和書房)、『「天使」の名画』(青幻舎)、『名画の謎を解き明かすアトリビュート・シンボル図鑑』、『クリムト 官能の世界へ』、『名画 絶世の美女』シリーズ(以上、KADOKAWA)他多数。

関連記事