人物や事象をおもしろおかしく、比喩的に誇張した絵を「戯画」(ぎが)と呼びます。日本において、特に中近世に描かれた戯画には、人間や動物、妖怪や幽霊も入り混じった、ユーモラスで賑やかな、楽しい内容の作品がみられます。擬人化、滑稽化の手法をもって描かれる世界観はしばしば風刺の性格も帯びて、現在の漫画表現に通じる工夫もみられ、深く知るほどに興味をかきたてられる世界です。
文学博士で美学者の谷川渥さんが監修をつとめた「戯画を楽しむ」では、江戸時代から明治にかけて人気を集めた浮世絵師たちによる滑稽画や諷刺画を多数収録。戯画に描かれるモチーフや代表的な作品の解説を通して、その画が描かれた時代背景や物語の表現手法、作品そのもののおもしろさを楽しく理解できる一冊となっています。
本記事では第2章「滑稽と諷刺の笑いの世界」より、動物の擬人化によって描かれた諷刺絵についての解説と作品を抜粋して紹介します。
擬人化と動物の諷刺
人にかわって演技するゆかいな動物たち
生き物を人間に見立てて描く擬人画は、12世紀中期から13世紀中期ごろに描かれたとされる「鳥獣人物戯画」にはじまりその歴史は古く、江戸時代には子ども向けの絵本などでも擬人化の手法が用いられている。浮世絵でとくに好んで擬人化を用いたのが歌川国芳である。猫、狸、鳥、亀などが人間社会を諷刺して、立ち振る舞うすがたがゆかいである。そのすがたは滑稽で愛らしくとても身近に感じられる。
「小さかなの中にまぐろのねはんぞう」歌川芳員 東京都立中央図書館特別文庫室蔵
大きな樽の上に笹が敷かれ、大きな鮪が横たわっている。集まった魚介類は河豚(ふぐ)に平目、烏賊に蛸、蟹や貝なども悲嘆にくれているようだ。その姿は人間が魚の面をつけて座っているように見えて、可笑しさも感じてしまう。涅槃図は釈迦が沙羅双樹(さらそうじゅ)の下で入滅する情景を描いたもので、周囲に諸菩薩(ぼさつ)や仏弟子、鬼畜類などが集まって悲嘆にくれるさまを描いている。
「金魚づくし・玉や玉や」歌川国芳 江戸時代(19世紀)東京国立博物館蔵 出典:ColBase
国芳の戯画のなかでも評判の高い「金魚づくし」シリーズは、擬人化された金魚たちが愛らしい。この作品はシャボン玉売りを描いている。江戸では夏になるとシャボン玉売りが「玉や玉や」と呼びながら売り歩いたといわれ、金魚が口から吐く泡から着想したのであろうか。水中の泡をシャボン玉に見立てた発想がすばらしい。前足の生えたオタマジャクシや背負われた小亀が、シャボン玉に手を伸ばす姿もかわいらしい。
「金魚づくし・百ものがたり」歌川国芳 江戸時代(19世紀)東京国立博物館蔵 出典:ColBase
金魚たちの百物語を描いた作品。夜、人々が集まって怪談を語り合う遊びで、蝋燭を100本を灯しておき、1話終わるごとに 1本ずつ消してゆく。そして百話目が終わったとき蠟燭を消すと妖怪が現れるとされたもの。金魚たちも百話目を終えたところで、妖怪ならぬ猫が現れた。猫に立ち向かう金魚もいれば、腰を抜かしてしまった金魚もいておもしろい。