戯画を楽しむ
第5回

人や神々の物語をユーモラスに表現した「戯絵」

人物や事象をおもしろおかしく、比喩的に誇張した絵を「戯画」(ぎが)と呼びます。日本において、特に中近世に描かれた戯画には、人間や動物、妖怪や幽霊も入り混じった、ユーモラスで賑やかな、楽しい内容の作品がみられます。擬人化、滑稽化の手法をもって描かれる世界観はしばしば風刺の性格も帯びて、現在の漫画表現に通じる工夫もみられ、深く知るほどに興味をかきたてられる世界です。

文学博士で美学者の谷川渥さんが監修をつとめた「戯画を楽しむ」では、江戸時代から明治にかけて人気を集めた浮世絵師たちによる滑稽画や諷刺画を多数収録。戯画に描かれるモチーフや代表的な作品の解説を通して、その画が描かれた時代背景や物語の表現手法、作品そのもののおもしろさを楽しく理解できる一冊となっています。

本記事では第2章「滑稽と諷刺の笑いの世界」より、「戯絵」の解説と作品を抜粋して紹介します。

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戯絵(おどけえ)

不思議な風貌に見る笑い

戯絵は画題に滑稽さやおどけ、ユーモラスなものを描いた絵のことである。本来は仏教の教えや悟りを開いた人物を尊んだものだが、人物の姿や表情がどこか変であったり、また真面目な物語絵を描いているにもかかわらず、じっくりその表現を見るとつい笑ってしまう。画家の隠れていた遊び心が自由奔放に描きだされている。

「布袋図」雪村周継 室町時代 板橋区立美術館蔵

ここに描かれた布袋さんは喜色満面の表情で、まるで雲に乗って飛んでいるかのように大きな袋に杖を立てる姿がゆかいである。晴れやかでいて心までが和んでくる。布袋図は日本には鎌倉時代にもたらされ、禅の精神を体現する仏尊として禅宗のなかで礼拝された。

「布袋図」伝小田野直武 江戸時代(18世紀)東京国立博物館蔵 出典:ColBase

布袋図は奇抜で奇怪ともいえる容貌で描かれている。油彩による西洋画法によって描かれた東洋人物画であるからだろう。ほかの布袋図と比べると威圧的に迫る気魄(きはく)を感じるが、ニヤリとした口元に救いが見られホッとする。布袋は中国の唐末五代のころの伝説的な禅僧で、名は契此(かいし)。寒山や拾得と同様にやがて特別な尊祟(そんそう)をも集めるようになり、さらに弥勒仏の化身とも見なされた。

「月百姿 悟道(ごどう)の月」月岡芳年 明治21年(1888)国立国会図書館蔵

大きなおなかを出した布袋さん、満月を見上げてなにか悟ったようだ。シンプルで象徴的な構図だが、布袋さんの表情を見ているとこちらまで笑いに誘われそうだ。「悟道」とは、仏道の真理を悟ることや、悟りを開いて道理を会得することをいう。


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