『グッとくる横丁さんぽ 全国50の裏通りを味わうイラストガイド』は、旅と食の記事を長年手がけてきた編集者である村上 健さんが、スケッチブックを携えて巡った全国の裏通りを、ほのぼのとしたイラストと軽妙な文章で紹介するイラストエッセイです。
第1回は、戦後風味の珈琲が香る路地、神田・神保町の横丁をめぐります。
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ミロンガやラドリオなど、懐かしい空気が心地いい喫茶店の並ぶ裏通り。神田神保町は、世界でも類を見ない古本屋街です。駿河台下から神保町の交差点にかけた靖国通りの南側を中心に、およそ170の古本屋が並び、日がな学生や中高年が品定めをする光景が見られます。
某日、資料探しに神保町へ。古本屋をあちこち覗いて目当ての本を買い、思いがけなく見つけた本を購入。戦利品を抱えて靖国通り沿いの「共栄堂」へ入り、ルー大盛りのカレーを平らげたら、通りを渡って裏通りの「ミロンガ・ヌオーバ」へ。タンゴをBGMにうまいコーヒーを飲んではページをめくる。うーん、今日はいい日だ。なんて、起伏に乏しいオジサンの日常が盛り上がります。
「ミロンガは、昭和22(1947)年開店の『ランボオ』が前身」と神保町のタウン誌にありました。吉行淳之介や遠藤周作、三島由紀夫ら戦後派作家のたまり場で、武田泰淳がウェイトレスを妻にめとった店でもあります。近くに「ラドリオ」や「神田伯ぶらじる刺西爾」、「さぼうる」と昭和の匂いを放つ喫茶店が軒並み健在です。
古本、中古車、古新聞。モノは〝古〟がつくと、どこか謙虚の味が出てきます。新しい時分は大事にされ、やがて見放された哀しさがそうさせるのか。無論、新刊時の数倍の値がつき、手の届かない棚から客を睥
へいげい睨する稀覯本(きこうぼん)もあります。しかし大半はおのが運命を受け入れ、次の買い手を静かに待ちます。
人間もかくありたいが、なにぶん長寿社会。少年老い難く欲捨て難し。
喫茶店・食堂天国
「ミルクホール、手軽なカツレツとライスカレーの洋食屋、しるこや、そばやののれんなど、その上夜は夜で古本屋の前に三銭五銭均一の古本屋が店をひろげ、油臭い今川焼を古新聞にくるんで売る店が、柳並木の下にほの暗い灯をともしていたりした」
日露戦争のころ、明治37(1904)年生まれで、明治大学裏手の横丁に育った作家の永井龍男が、『東京の横丁』で古本屋街を書いたくだりです。
関東大震災からバブル期の地上げまで、何度も危機をくぐり抜けて、変わらぬたたずまいを残す神保町かいわい。夜店こそ出ないものの、古本屋が並び、手軽な食堂や落ちつける喫茶店が多いのは今も変わりません。
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