映像撮影ワークショップ
第10回

カメラマンがロケハンで確認すること、用意すべきもの

映像制作、とりわけロケを伴う撮影や取材によって制作した作品では「伝わる」映像に仕上げるためにノウハウが必要です。技術の体得には実際に手を動かすことが重要ですが、ときには先達から基本的な考え方を学び、自分の中に下地を作ることも同じくらい大切なことではないでしょうか。

映像撮影ワークショップ 新版」著者の板谷秀彰さんは、1970年代からテレビ、映画、CMなど幅広い映像制作の現場で活躍するベテランカメラマン。本書は「ビデオサロン」誌で過去に連載していた内容に加えて、2021年現在の状況を踏まえた加筆原稿を収録。内容はプロとしての心がけや知識を伝える「基本編」、撮影に関わる具体的な技術を解説する「実践編」、カメラマン目線で実際の撮影現場を振り返る「現場編」の三章立てになっており、長くプロとして積み重ねてきた論考やノウハウを読み解くことができます。

本記事では「現場編」より、ロケハンのときにチェックすべきポイントや、あると便利な道具などについての論考を紹介します。

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映像撮影ワークショップ 新版

ロケハンでは何をチェックするのか?

ロケハンに行ってきました。

ひたすら長い距離を歩こうというロングトレイル(※1)の番組が決まり、まずは熊野古道ということでロ ケハンです。テレビ番組の場合は泊りがけのロケハ ンにカメラマンが行けるチャンスは少ないのですが、今回は全て山の中、車での移動もほとんど使えない という取材する側にとっては難しい条件が重なった ので、やっぱりこの目で見て多少なりとも体感したいという僕の希望をプロダクションが聞いてくれて 実現しました。

今回はアウトドアの達人、シェルパ斉藤さん(※2)が、高野山から熊野本宮までの70km強の「小辺路」を三泊四日で歩く予定ですが、そのスタート地点となるのが高野山。番組のテイストはどちらかというとアウトドア好き向けではありますが、やはり1200年も昔に弘法大師空海(※3)が開いたいわば仏教の聖地でもある高野山に触れないわけにはいきません。かといってシェルパ斎藤さんは仏教学者でもないので、彼が高野山を解説したりするのもおかしい。そんな ときにテレビで使うのは、実景とナレーションで処 理する方法ですが、そのために高野山を紹介するの に必要な実景の場所を決めます。幸い高野山には何度か取材に来たことがありますのでどこを撮ればいいのかはすでに理解済みですから、今回は確認程度。

上下2つの写真の違いが、ロケハン写真に必要な周りの状況が写っているかどうかの例。上がロケハン写真。本番の撮影では当然下のサ イズになりますし、これ以上出演者が道をカメラ方向に進んできてもカメラはどちらにも振れないことになります。

実景と言っても、これが高野山を代表するお寺というショットの他にも、もう少し暮らしに密着した感じのショットも必要になります。

例えば高野山は他の町とは違って宗教のための場所でそこに暮らしたり訪れる人も宗教関係者がほとんど、といったナレーションにつける画は、やはり 修行中のお坊さん達や朝いっせいに竹箒を持って道 を掃く信者の人達、みたいな画も必要になります。この時点でナレーション原稿が完成していないので、そこら辺は何を言うことになるのかをディレクターと相談しつつ、探していくことになります。

ロケハンで高野山にいたのは1時間くらい。そんな短時間でそういった物を探すコツは、きっとこういうものがあるはず、撮れるはずという想像力と、事前の資料などでの下調べ(※4)、それから現地でとにかく聞いてみる、と言ったことかな。もちろん過去の経験もこういう場面では貴重です。ほかにも前泊する宿を決める、翌日持っていく水や補給食を買うコンビニを探して営業時間を聞いておく、なんていうある種の雑務もやっておく必要があります。もちろん高野山の町のどの角を曲がれば熊野古道に入れるのかということも調べておく必要があります。初っぱなから道を間違って迷子になっては洒落になりません。

熊野古道は基本的には山道ですが、途中で何カ所 か車が走れる道路と接しています。今回はその地点 を調べて確認しておくことも大事な任務。予定した スケジュール通りに撮影が進まない場合や予備のバッテリーやテープが足りない、最悪天候が急変した 等々のことを考えて、先行して待機している車での 対応を決めておくことはリスク回避という意味でも、また安心して撮影に取り組めるという意味でも重要です。まして携帯がほぼ使えない山の中ではなおさらです。その辺りを確認しつつ、一泊目二泊目の宿 泊場所は僕がロケハンに入る前に中村ディレクター がすでに確認、交渉済みなので、僕は車から外観を 見る程度にして、三泊目というか最後の宿泊地になる十津川温泉に向かいました。十津川村は日本で一番広い村とかで東京二十三区がすっぱり入っておつりが来るぐらいの面積ですが、そのほとんどが山なので人が住める場所はごく僅か。人口はなんと3800人とか。そんな山の中にあるひっそりとした温泉、ここがまた良かった!

今回お世話になったのが100%源泉かけ流しの えびす荘。温泉はもちろん良いし、飯が旨い! 特にここの温泉は飲用可なので温泉の水で炊いたご飯も美味しいし、ロビーにはポットが用意してあり温泉のお湯でコーヒーが飲める!しかもこれがおかわり自由で無料。こういうのは嬉しいね。たっぷり堪能させていただきました。美味しい酒と露天風呂 にすっかりやられて、その晩はほぼバタンキュウ。ほんとうはその日のロケハン内容をまとめてメモでも作っておくほうが良いのでしょうけど、酔いと睡魔には勝てませんでした。

翌朝は、えびす荘に十津川村役場の観光振興課(※5)の松實さんが来てくれて、付き添って案内してくれることになる。今回のロケハンの最大のハイライト、熊野古道のポスターや紹介番組に登場して有名にな った果無(はてなし)集落を案内してもらいます。

バスの時刻表。よく見るとこのバスは月曜日しか走っていない。何でだろう?こういう細かいところに気づいて本番で出演者に情報を伝えるなんていうのもロケハンの大切な要素です。
ロケハン中の中村ディレクターと十津川村役場の観光振興課の松實さん。

本番で写さないものをロケハン時にデジカメで撮っておく

こういった大事な撮影ポイントでは、デジカメで写真を撮っておくのですが、この時に気をつけるポイントがあります。ロケハンは作品を撮りに行くのではなく、本番ロケの準備をすることが最大の目的ですので、けっして良い写真を撮ろうと頑張る必要はないんです。それよりはロケハンに参加できなかったスタッフにも現場の様子がよく分かるような写真を撮ることが肝心です。完成した番組の中での一コマといった写真を撮るのではなく、もう少しまわりの状況が分かる写真を撮っておく。実はこの果無集落には車で行けるので車道やガードレール、案内看板などがあるのですが、そういった本番では写さないものがあることを事前に知っておくのがロケハンには必要になります。ようするにダメな部分を写真にとっておいて、本番ではそうならないように注意するという役割もあります。山の中を行くという場面で道に黒黄色に塗りわけられたカーブミラーが写っていたらがっかり。そんなときには邪魔者を木とかにだぶらせて隠してしまうなんていう細かい配慮も必要になります。もちろんカメラのアスペクト比は作品で使うのと同じにしておく。この場合ではテレビ放送と同じ16対9のアスペクトに事前に設定しておきます。

カメラの他にもロケハンに持って行ったほうが良い小物があります。例えばコンパスそれから時計、メジャーなんかもあったほうがいいでしょうね。コンパスはなんと言っても太陽の回り具合を確認するために使います。日の出や夕日の方向を知るためにも便利に使えます。インターネットで日の出日の入りの方角(※6)を知ることができますので、あらかじめ調べておき、現地で確認します。ドラマを撮る場合はアングルファインダーなんかも使うのですが、今回の場合はドキュメント的に撮影するので、あまり細かいところまで決め込んでしまうとかえって本番での自由度がなくなってしまい、面白くなくなってしまいます。まあそこいら辺は程々に。

ほかにもクレーンを使うときには、クレーンのブームと同じ長さの棒(※7)を用意して、クレーンが建物や立木などにぶつからずに使えるのか調べたり、移動車を使う場合はメジャーでどの程度のレールが必要かを調べたりするケースも出てきます。そういう特別なケースは別にして、時計はもちろんコンパスとか高度計などと言ったものは今ではスマホにアプリとして用意されていますので、ロケハンの必需品はスマホということになりそうです。

山道の先にカーブミラーがあります。本番では写さないように事前に知っておきます。

果無集落の枝垂桜。本番に合わせて咲くのかどうか。
自販機は1km先という情報。

※1:登頂が一番の目的になる登山とは違い、自然や周辺の文化歴史などに触れ楽しみながら長い距離を歩く旅をロングトレイルと言います。欧米発祥のロングトレイルですが日本でも数十キロから長いものでは200kmを超えるコースも整備されるなど、ブームの予感が。

※2:20年以上前になるけど雑誌ビーパルで東海道を野宿しながら旅する連載を毎回楽しみに読んでいましたが、この旅人であり著者がシェルパ斉藤さん。ホームページのプロフィールには「通算移動距離22万キロ以上(地球約2周分)。 通算野宿回数600回以上、通算ヒッチハイク回数120回以上」とあった。これ、ギネスものでしょ!

※3:真言宗を開いた平安時代の僧侶空海は考えようによっては日本の元祖バックパッカーかもしれない。何しろ弘法大師に関する伝説は日本全国で 5000カ所を超えるそうでその全てに実際に空海が足跡を残したのではないでしょうが、歩くことが唯一の移動手段だった当時としてはかなりの旅人だったのは確か。

※4:今回資料として読んだのは、シェルパ斉藤さんの著作は別にして、別冊太陽の特集「熊野」、司馬遼太郎の「街道をゆく-十津川街道」、熊野の山に暮らす作家宇江敏勝さんの「木の国紀聞」「森からの贈り物」などなど。こういったとき Amazonは強い味方になってくれます。

※5:地方の役場の中には観光課とか観光振興課とかがあるので、現地の情報を得るにはこういった機関に連絡するのが一番手っ取り早い。町おこし村おこしに熱心な自治体では熱心な職員が親切に対応してくれる。東京などにも各県の観光案内事務所をおいてあるところが多いので、事前に訪ねてパンフレットなどをもらっておくのも大切。

※6:「日の出日の入りマップ」なんていう地図上の地点をクリックするだけで日の出日の入りの方向が分かる便利なツールもあるけど、やはり正確な方角を緯度経度から知っておいたほうが良いでしょう。日の出と日の入りの時間を調べておくのはもちろんです。


映像撮影ワークショップ 新版

著者プロフィール

板谷秀彰

1951年東京出身。美術大学在学中にアルバイトで出会った映像の世界に魅せられ、卒業後カメラマンを目指す。記録映画にはじまり劇映画、CMといろいろな現場を経験したが、一番居心地のよいテレビ・ドキュメンタリーを中心として活動。ニッポンの高度成長バブルを追い風に受け、世界中をカメラを担いで歩き回る。2012年に栃木県茂木町の雑木林と田圃に囲まれたログハウスに移住。都会生まれ都会育ちの根っからのシティーボーイだと自分では思っていたが、実は畑を耕しストーブの薪を切り出す、汗をかく暮らしがこれほど性に合っていたのかと再発見。コーヒーと焼酎とつまみの落花生、そしてJAZZとタバコさえあれば幸せな気分になれる、まだまだ現役バリバリのカメラマン。

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