戯画を楽しむ
第2回

20超のペンネームを持つ『画狂』「葛飾北斎」

人物や事象をおもしろおかしく、比喩的に誇張した絵を「戯画」(ぎが)と呼びます。日本において、特に中近世に描かれた戯画には、人間や動物、妖怪や幽霊も入り混じった、ユーモラスで賑やかな、楽しい内容の作品がみられます。擬人化、滑稽化の手法をもって描かれる世界観はしばしば風刺の性格も帯びて、現在の漫画表現に通じる工夫もみられ、深く知るほどに興味をかきたてられる世界です。

文学博士で美学者の谷川渥さんが監修をつとめた「戯画を楽しむ」では、江戸時代から明治にかけて人気を集めた浮世絵師たちによる滑稽画や諷刺画を多数収録。戯画に描かれるモチーフや代表的な作品の解説を通して、その画が描かれた時代背景や物語の表現手法、作品そのもののおもしろさを楽しく理解できる一冊となっています。

本記事では第1章「人気浮世絵師の描いたユーモア」より、葛飾北斎の作品を抜粋して紹介します。

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葛飾北斎(宝暦10~寛永2年、1760~1849年)

森羅万象を描くといわれた絵師

葛世飾北斎は江戸時代後期の浮絵師。安永7年(1778)役者絵の大家として知られた勝川春章に入門、翌年勝川春朗と号し、同派の絵師として役者絵や黄表紙などの挿絵を描く。後に狩野派、住吉派、琳派、さらに洋風銅版画の画法を取り入れ独自の画風を確立した。

読本挿絵を数多く手がけ、文化11年(1814)絵手本『北斎漫画』初編を版行した。奇行で知られ、生涯に93回も転居をし、画号を改めること20数度、主だった号に画狂人、戴斗(たいと)、為一(いいつ)、画狂老人、卍(まんじ)などが知られている。

「鎮西八郎為朝外伝 椿説弓張月」曲亭馬琴・作 葛飾北斎(亀毛蛇足)・画 読本 文化4~8年(1807~11)国立国会図書館蔵

中国の『水滸後伝』や『狄青演義』、『保元物語』などを題材に、滝沢馬琴の書き下ろした物語に北斎が挿絵を担当した読本。北斎が 48から52歳の間の作品である。島渡り伝説で名高い鎮西八郎為朝を主人公とした波乱万丈の人生を描いている。この為朝一代記は、比類ない超人英雄の幻想ロマンとして結実させた。『南総里見八犬伝』(なんそうさとみはっけんでん)につぐ馬琴の代表作で翻刻も多い。

「北斎漫画」葛飾北斎 12編 文政元年(1818)足立区立郷土博物館蔵

『北斎漫画』は北斎が絵手本として55歳より描き始めた絵の百科事典で全15冊からなり、幅広い図版が約4000種も描かれている。的確な描写により、日常生活から人物や動物はもとより、山川草木虫魚、そして風俗や妖怪変化のジャンルに至るまで描きとめられている。北斎はこれらの絵を「気の向くままに漫然と描いた画」と呼んでいた。とくに12編には後の歌川国芳らに影響を与えた諷刺画の名作が登場する。


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