人物や事象をおもしろおかしく、比喩的に誇張した絵を「戯画」(ぎが)と呼びます。日本において、特に中近世に描かれた戯画には、人間や動物、妖怪や幽霊も入り混じった、ユーモラスで賑やかな、楽しい内容の作品がみられます。擬人化、滑稽化の手法をもって描かれる世界観はしばしば風刺の性格も帯びて、現在の漫画表現に通じる工夫もみられ、深く知るほどに興味をかきたてられる世界です。
文学博士で美学者の谷川渥さんが監修をつとめた「戯画を楽しむ」では、江戸時代から明治にかけて人気を集めた浮世絵師たちによる滑稽画や諷刺画を多数収録。戯画に描かれるモチーフや代表的な作品の解説を通して、その画が描かれた時代背景や物語の表現手法、作品そのもののおもしろさを楽しく理解できる一冊となっています。
なんとも捻った謎解き記号を読み解くように、そこには知る人のみが理解できる共通の話題をテーマにした諷刺画が生まれていました。(中略)戯画を楽しむため、掲載した絵師たちには失礼千万なことですが、作品に登場する人物たちの一部に吹き出しの台詞をつけて演出させて頂きました。擬人画や身振り絵の滑稽さ、幽霊や妖怪たちが繰り広げる楽しい世界に足を踏み入れてみてはいかがでしょう。(「はじめに」より引用)
本記事では第1章「人気浮世絵師の描いたユーモア」より、英一蝶の作品を抜粋して紹介します。
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英一蝶(承応元~享保9年、1652~1724年)
狩野派から町絵師になり酒悦な戯画を描く
一家蝶は江戸時代前期の画で京都に生まれ、絵を狩野安信にまなんだ。そのご狩野派から岩佐又兵衛などの新興の風俗画の世界にひかれ、多賀朝湖(たがちょうこ)を名乗り町絵師になり戯画を描いた。『一蝶画譜』は東都書舗の青山堂から出された画譜で、上巻には「福人萬来」「鵺頼政」「飴売」「朝比奈勇力」など、さまざまな画題の作品が掲載されている。序文は江戸時代中期の画家で、狂歌本などの挿絵も描いた鈴木鄰松(りんしょう)による。
「一蝶画譜」英一蝶 明和7年(1770)国立国会図書館蔵
「三福神」
福を授けるという恵比須、大黒、福禄寿が巻物を広げにこやかに見入っている。「百福」の文字が見えるが、何の相談ごとだろう。
「衆瞽様象之図」
多くの盲人が象の体をなでている。自分の手に触れた部分だけで象の全形を語り合うという、インド発祥の寓話「群盲象を評す」が描かれている。凡人は物事の一部にとらわれて、大局的な展望や判断ができないことのたとえ。
「四天王」
源頼光が渡辺綱ら四天王とともに土蜘蛛退治をしている。京の神楽岡で妖怪にあい、斬りつけた血の痕をたどり西山奥の洞窟で巨大な土蜘蛛をみつけて仕留めるという武勇談。
「羅漢」
両手を顎にあて、なぜか冴えない表情の羅漢さま。それもそのはず鬼が羅漢の背に艾(もぐさ)のお灸をしている。なにかいたずらがばれてみっちりお灸を据えられているようだ。