人の頭の中にある概念や構想、いわゆる「コンセプト」を他者に伝えようとするとき、絵の力は強力に作用します。遠い将来や、開発前の製品など、具体的な像が定まらない目標に向かうことはとかく困難になりがちですが、「目的を達成した後の世界」を絵として具体化し、他者と同じイメージを共有することで、一つの完成形や目標に向かって、迷いなく進むことができるようになるのです。
「トミーのコンセプトアート教室 マンガと添削で楽しく学べる!」では、コンセプトアーティストの富安健一郎さんが、コンセプトアートの考え方と始め方、上手なコンセプトアートの描き方を、佐倉おりこさんのマンガとともに詳しく、かつ、わかりやすく解説しています。
後半では、事前に公募したコンセプトアートの添削や、富安さん自身によるコンセプトアートの制作手順も紹介。初めてコンセプトアートを描こうと考えている人にも実用性の高い内容となっています。
本記事では、PART2「トミーの添削教室」より、事前に公募したコンセプトアートの添削を抜粋して紹介します。
テーマ:短いシナリオから描く「MOON」
作成者:田島治樹
Original
シナリオ
西暦2119年、東京、上空。9月7日(木)17時47分、巨大な飛行物体が空に突然現れる。
イラストコンセプト
主役となる、超巨大な飛行する球体が目立つよう、画面の中央に配置しました。月や地球を象徴するようなイメージを与えたかったので、主役をシンプルな球体にしてみました。
構図は荘厳で神聖な印象を与えたかったので、シンメトリーの構図にしてみました。また、神聖なイメージが強調されるよう、陽の光がきれいに見える夕方の時間にし、太陽の光も強調してみました。
見た人に、未来の地球のヴィジョンと、それをもはるかに凌駕する圧倒的な何かとの対比を描くことで、恐怖感と共に潜在意識にある崇拝対象や完全なる存在への羨望を抱く人間の性(さが)を表現しました。
Tommy’s Check
トミーのコメント
この絵はとっても”強い”!絵に力があって、目を背けることができない魅力があります。それはシンメトリーの構図やシンボリックな形、明度差などの要素があるのですが、この強い絵を更に強く魅力的にするためにはどうすればいいのか、添削してみましょう。
一番気になるのはシンメトリーということ。シンメトリーは確かにとても強くて安定した構図ですが、だからこそ扱いに慎重になったほうがよいでしょう。上手くシンメトリーと付き合っていきましょう。
また、夕日の印象的な色合いを出そうと苦心した感じがよくわかります。夕日は本当に魅力的だし、その分絵で表現するのが難しいものです。まずは光と影の基本的な関係を理解して、それから応用する練習をしていくとどんどん上手くなっていきますよ!
まずは、夕焼けの太陽光がどうやって影を作るのか、冷静に考えてみましょう。背の高いビルをほぼ真横から照らすので、すごく長い影ができますね? 夕焼けの中、影法師で遊んだことを思い出してみましょう。
球体にできる陰影について考えてみましょう。光が当たる右側には表面に細く光の当たっている面積があるはずです。また反対側の左側には光が回ってきて少し弱く光るエリアが現れるはずです。そして正面近くには地面からの反射の光で怪しく光る……。というのが描けているとより存在感が増してきます。
ほぼ真横から太陽に照らされているので、本来ここに影はできませんが、アンビエントオクルージョン※的な意味では大変よい発想です。その場合は周りとのバランスを調整してここだけが目立たないようにしましょう。
※アンビエントオクルージョン:環境光がどの程度遮られているかを計算するレンダリング手法のこと。
中央の球と画面の端の形がどうしても気になってしまいます。離す時は離す、重なる時は重ねる、で描きましょう!
ほぼ等間隔でビルが建っていますが、実際の距離ではどうでしょうか? このような配置に見えるためには、奥のビルの間隔は手前側の間隔よりも、実際にはずっと開いているはずです。このような広い地域を描く時にもパースの概念を持っておくと、どこがおかしいのか感覚的にわかるようになりますよ。
この絵を見て最初に気がついたことは、「これは誰が見ている景色なんだろう?」ということでした。ヘリコプターやドローンなどからの眺めなのかもしれません。ただここは2119年の東京。東京であればここで住んでいる人たちがどのような様子なのかも大いに気になるところです。
そこであえて視点を変えて一気にカメラを地面にまで下ろしてみました。こうすることで人間の様子を表現できるし、扱いが難しいシンメトリーにも変化をつけられそうです。さらに夕日の表現が難しくなりそうですが、この黒い球体と太陽が日蝕のような位置関係になって、球の周りが怪しく光り、さらに不思議な強い雰囲気が出せるのでは? というアイデアが浮かびました。