西洋甲冑&武具 作画資料
第4回

必要に応じて描き込みを省略しよう

西洋甲冑&武具 作画資料」(渡辺信吾・著)では、中近世から近代の戦争に用いられた甲冑をはじめ、武器や馬具の構造や名称、装備が用いられた時代背景や、それに伴う装備の変遷までを詳しく解説。ファンタジーイラストレーションに落とし込む際のコツも紹介しています。

本記事では同書より、11~13世紀のヨーロッパにおいて、十字軍などで用いられた甲冑3種と、同時代の甲冑をモチーフにしたファンタジーイラストの描き方のコツをご紹介します。

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西洋甲冑&武具 作画資料

 

11~12世紀の甲冑:ノルマン人

イングランド征服時におけるノルマン人の甲冑は、ホーバーク(鎖帷子)、円すい形ヘルメット(兜)、凧たこ型盾という、その後の西洋騎士の甲冑の原型となるものでした。ひざ丈のホーバークと、縦長の盾は乗馬時に攻撃が集中する脚部を守るようになっていて、馬上攻撃を得意とする騎士の戦法に適応したものとなっていました。

イラスト:渡辺信吾

鼻当付きヘルメット

11~12世紀のヘルメット(兜)は円すい形で、正面に顔面を守る鼻当が付いている。複数の鉄板を組み合わせたものと、一枚板から打ち出したものと二つのヘルメットがあったが、一枚から作る方が手間がかかるので高級品だったようだ。また半球型で、頭頂部が前を向いた形のものもあった。

一枚板型

イラスト:渡辺信吾

半球形

イラスト:渡辺信吾

先端部が前向きの型

イラスト:渡辺信吾

ホーバーク

11世紀のホーバーク(鎖帷子)には、頭を覆うフードが付けられ、頭部の防御力が向上している。またすそが下がり、太ももを守る形となった。脚の動きを阻害しないよう、すそには縦に切り込みが入れられている。袖は7分丈程度だが、時代が進むにつれて伸びていき、12世紀には長袖状になった。

イラスト:渡辺信吾

剣通しの穴

ホーバークの下に剣を帯びるために、柄を出すための穴が開いている。

垂れ

ノルマン人のホーバークの首元には四角形の垂れが描かれている。この垂れの機能は諸説あるが、上に結び付けて顔を守るためという説が有力だ。

イラスト:渡辺信吾

13世紀の甲冑1:ホーバーク(鎖帷子)の完成

13世紀、ホーバークは上半身を完全に覆う形になって、体が露出する部分はほとんどなくなりました。またホーバークの上からサーコート(上っ張り)を着用するようになります。これは時代とともに紋章などの装飾が入れられて非常に華麗なものとなりました。頭部全体を覆うヘルム(大兜)の出現もこの頃です。

イラスト:渡辺信吾

ヘルムの変化

13世紀初め頃、ヘルメット(兜)に顔を覆う面ぽおが付いた。面ぽおは大型化して、やがて頭全体を覆うバケツ状に変化する。また、当初円すい形だった頭頂部の形状は平たく変化していった。

初期(顔面のみを覆う形)

イラスト:渡辺信吾

中期(頭頂部が平たい形)

イラスト:渡辺信吾

 

後期(頭全体を囲む形)

イラスト:渡辺信吾

ホーバーク

ホーバークは14世紀以降縮小していくので、13世紀のものが最も大きく、防御範囲が広い。

イラスト:渡辺信吾

13世紀の甲冑2:プレートアーマー(板札鎧)の出現

13世紀半ばから後半にかけて、革新的防具が誕生します。革や布の外衣の内側に鉄板を貼り付けたコート・オブ・プレートです。西洋甲冑がチェーンメイル(鎖鎧)からプレートアーマー(板金鎧)へと変化する最初の一歩がこの時代でした。

イラスト:渡辺信吾

グレートヘルム

この時代にヘルムは非常に大型化し、特にグレートヘルム(大兜)と呼ばれた。頭頂部は平たい形だったが、衝撃をそらすため先細りの形に変化した。開閉可能なバイザー付きグレートヘルムもあった。

イラスト:渡辺信吾

十字軍の兵士が好んだ十字架装飾付きヘルム

イラスト:渡辺信吾

バイザー付きグレートヘルム

イラスト:渡辺信吾

上図は14世紀のグレートヘルム。顔の正面が上げ下げできるバイザーになっている。

クレスト

グレートヘルムの頭頂部にはクレスト(頂飾)を取り付けるようになった。その形は多種多様で、各騎士が趣向を凝らしていた。

イラスト:渡辺信吾

分離式コイフ

ホーバーク(鎖帷子)のフード部分(コイフ)は分離して頭巾状の部品となる。

イラスト:渡辺信吾

コート・オブ・プレート

コート・オブ・プレートは、布や革の外衣の裏側に鉄板を貼り付けた防具である。これにホーバーク(鎖帷子)を重ねることで防御力は大きく向上した。この上からサーコート(上っ張り)を着るので普通は露出しないが、表面に紋章を描いてサーコートを兼ねたものもあった。

イラスト:渡辺信吾

下図は背中側から見たコート・オブ・プレート。このようにベルトとバックルを使って留めるのが一般的な方法。他にも背中ではなくわきで留めるタイプもあったようだ。

イラスト:渡辺信吾

ファンタジーイラスト・描き方のコツ

ノルマン人兵士

リラックスしたポーズ。緊張しているときとに比べて肩のラインは下がります。

イラスト:森崎達也

立ち方も踏ん張らず、少し不安定な印象です。また、手の握り方からも脱力感を表現できます。

ホーバーク(鎖帷子)の捉え方

ホーバークは基本的に金属のリングを連結した構造です。リングをすべて描くことで完成したイラストの精度は増しますが、一番見せたい部分を強調するためには、描くリングの数を程よく省略することも必要です。

イラスト:森崎達也

また、ホーバークを着用するときは人体に沿った形になるので面の向きによって、リングの見え方が変わります。簡単に描くとO形のリングが、隣のリングに半分隠れてC型に見えています。さらに外側に向かうにつれ、C形の見え方がI形に近づいていきます。全体の印象としては、表面に見えているC形が互い違いに連鎖した波模様が見えてきます。

13世紀前半の甲冑

装備の重量とキャラの姿勢武器を持つ手や体の姿勢で、武器の重量を演出することができます。自分が実際に重たいものを持ったときに、どんな姿勢になるのか想像しながらポーズを考えましょう。

イラスト:森崎達也
イラスト:森崎達也

どんな長重武器でも持ち方次第で軽く見えてしまいます。

 

サーコート(上っ張り)の柄による視覚効果

サーコートには敵味方や家柄の識別、権力の誇示など、防御以外にも目的がありますが、色や柄によってキャラクターの印象を劇的に変える効果も期待できます。

イラスト:森崎達也

柄の大きさによって落ち付いた印象に見えたり、カジュアルに見えたりします。

イラスト:森崎達也

全体の印象を大きく左右するものなので、ラフの段階でもある程度イメージを作っておくといいでしょう。

イラスト:森崎達也

13世紀後半の甲冑

クレストのデザインを考える騎士達が趣向を凝らしたクレスト。中には少し変わったデザインもあるので、かなり自由度の高い部分です。実在のクレストからアイデアを考える以外に、船の舳へ 先さきや屋根飾り等をモチーフにしてみると、意外性のあるデザインができるかもしれません。

イラスト:森崎達也
イラスト:森崎達也

グレートヘルム(大兜)はヘルメットの上から二重にかぶることもあるので相当な大きさです。現実のスケールに合わせると、かなり頭でっかちなシルエットになってしまいます。そこがカッコいいということもありますが、場合によっては体とのバランスに多少演出を加えてもいいでしょう。

イラスト:森崎達也

本書ではこのほか、より詳細な描き方のコツや、甲冑の着用方法も紹介しています。

※このページのイラストは実際の甲冑を元に、ファンタジーイラストとしてアレンジを加えたものであり、歴史上使用されていた甲冑とは異なる表現が含まれます。

 


<玄光社の本>

西洋甲冑&武具 作画資料

著者プロフィール

イラスト、文・渡辺信吾 イラスト・森崎達也

渡辺 信吾(わたなべ・しんご)

武蔵野美術大学卒。デザイン事務所ウエイドに所属するイラストレーター。甲冑・軍用機などミリタリー関連のイラストを数多く手掛ける。現在、『歴史群像「武器と甲冑」』(学研プラス)、『スケールアヴィエーション「巨人機の時代」』(アートボックス)を連載中。

 

森崎 達也(もりさき・たつや)

株式会社ウエイド所属。
株式会社ウエイド:www.wade-japan.com

書籍(玄光社):
西洋甲冑&武具 作画資料

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