海外在住のクリエイターに聞く、外国暮らしと絵の仕事

「空気を読め」は通じない。太陽の国・メキシコでクリエイターとして生きる心構えとは

「太陽の国」に生きる人びとのおおらかさと、その風土のダイナミックさに惹かれてメキシコ南部の都市オアハカに活動拠点を移したイラストレーターのフカザワテツヤさん。クリエイターとして海外で活動するおもしろさと難しさを、現地で活動する者ならではの視点で選んだおススメスポットとともに語ってもらった。

メキシコ南部の都市オアハカの中心部。フカザワさんはこの街でギャラリーカフェを運営する。

人も時間もおおらかなメキシコへ

─── 働き、生活する場所として、メキシコを選んだ理由とその魅力を教えてください。

前々から、土地や時間や情報に縛られない環境で創作活動がしたいという気持ちがあり、東京以外にも活動拠点を作れないかと探していました。その時に旅で訪れたメキシコを思い出し、どうせなら海外もいいんじゃないかと思ったのがきっかけでした。メキシコは御隠居志向のぼくを気にもとめずほっといてくれる。でも頑張って要望を伝えようとすれば親身に話を聞いてくれるおおらかさがあります。そして、年中常春でカラッと乾燥した気候と、基本的にその場主義なフランクなお国柄が気に入りました。

─── 海外で長期滞在するために必要だった手続きを教えてください。

メキシコは観光でも90日間、申請をすれば最長で180日の滞在許可がもらえます。それ以上の期間滞在したい場合は、1度メキシコから出国し再度入国すれば、また最長180日の滞在許可がもらえます。ただし、アメリカとカナダは国を出たこととしてカウントされないので、注意が必要です。なお、規定は頻繁に変更されるので最新の情報については、各大使館に問い合わせる必要があります。

ぼくの場合は180日間有効な往復チケットを買って万全なつもりで空港まで行ったのですが、アメリカ経由のメキシコ行きだったこともありアメリカ側のルールが適用され90日以内に一旦メキシコを離れるチケットをその場で買わされたことがありました。ちなみにそのときは隣国グアテマラへのチケットを買いました。アメリカを経由する場合は、乗り継ぎだけでも事前にESTA(※1)の申請が必要になるのでちょっと複雑なんです。なので個人的なオススメはANAのメキシコシティ直行便を利用することです。

※1 ESTA…電子渡航認証システムの略称。アメリカに90日以内の滞在目的で旅行する際にはビザは免除されるが、アメリカ行きの航空機や船に搭乗する前にオンラインで渡航認証を受けなければならない。事前に認証を受けていないと入国を拒否される。

フカザワテツヤさんの作品

─── 実際に住んでみて、楽しかったこと、大変だったことがあれば教えてください。

実は29歳で海外デビューしたぼくは英語もスペイン語もまったく喋れなかったので、何をするにも汗をかきまくる毎日でした。それでも「ここでなら何か楽しいことができる!」という漠然とした期待感を持たせてくれたのがメキシコ。街を歩けば、日本ではありえない目の痛くなるような蛍光色の家々が建ち並び、太陽をいっぱい浴びてダイナミックに育った植物の根が、アスファルトを持ち上げて歩道がウネウネになっていたり、建物一面に所狭しと描かれた壁画があったり、道ゆく人の仕草を見ているだけで毎日新鮮な発見の連続です。

大変なことと言えば、交通機関の利用方法がわからなかったり、DMを依頼する印刷所や、アパートを探すこと、水が出なくて四苦八苦して出たかと思ったら苔の生えた水だったことなど、数え上げたらキリがありません。

生活一般について言うと、洗濯は桶に水を張ってすべて手洗い手絞りで行っていました。あとホストファミリーがいた宿に住んでいたときは、鶏を捌くのをお手伝いしたこともありました。そこの子どもが捌く前には「怖い」と言っていたのに、捌き終わったら「おいしそー」と目を輝かせていたのが印象的でした。鶏の羽をむしりながら命をいただくって尊いことなんだなと思い知りましたね。そんなこんなで、どんなことがあっても楽しめる土壌を養ったように思います。

新たな活動拠点オアハカ

オアハカの町並み。ブーゲンビリアの花が美しい。

─── メキシコではどういった活動をされているのでしょうか?

メキシコでの活動のきっかけとして、最初はメキシコを旅する中で出合ったオアハカ(※2)という地方都市のカフェで展覧会を開き、そのあと首都メキシコシティの日本料理屋の2階をお借りして回廊展を開催しました。そこでの出会いが在メキシコ日本大使館ギャラリーでの展覧会に繋がり、今ではメキシコの旅行代理店「ビアヘス東洋」が発行する旅雑誌にかれこれ5年近くオアハカ生活のイラストコラムを描いています。

現在はそのオアハカに拠点を置き、ギャラリーカフェを企画運営しています。日本にいる時から感じていたことは、イラストレーターとしての活動拠点が欲しかったということです。「できれば西荻窪あたりでギャラリーカフェを……」なんておぼろげに考えていたのですが、そんな勇気も資金力もなく棚上げしたままでした。でもオアハカで展覧会を開き、暮らし、多くの人たちとの出会いの中で、まさにこの場所が拠点を置くのにぴったりなのではないかと思ったんです。それで場所を探し始めたのですが、奇跡的にも1軒目で今の場所にめぐり合いました。

ギャラリーカフェのコンセプトはひととき日本の時間を感じてもらえる空間を作ること、そして西荻窪にあるような小さくて可愛いちょっと行きたくなるような場所にすることでした。他にも日本の季節の行事を知ってもらうためにイベントを開催したり、日本がテーマのイラストを描いてそれをオリジナルグッズにして販売したりしています。逆に日本に戻ったときは、メキシコの太陽を届けるべく個展を開いたりしています。

※2 オアハカ…メキシコ南部の州オアハカの州都。人口はおおよそ50万人。先住民族の割合が約40%と非常に高いことでも知られる。

フカザワさんが現地で運営するギャラリーカフェ。
イラストレーションを通じて日本の魅力を伝える
ワークショップも開催している。
おすすめのひと口サイズのタコス「ガルナチャス」。
人気のハチドリも見ることができる。
お気に入りの民芸品が並ぶ作業机。

周りも、自分も楽しませたい

─── 海外で仕事をすることのいい面、悪い面があれば教えてください。

まずいい影響は余計な情報にとらわれなくなったことです。スペイン語もまだ小学生レベルだと思うので、難しいこと抜きで気分的にフレッシュな自分でいられます。おおらかな環境でどんな仕事でも前よりも気持ちに余裕を持って楽しんで制作できています。また、こちらでの活動では自分のイラストレーションを通じて、現地の人たちに楽しい空間を提供できていること、そして近くで喜んでくれる姿が見れることにとてもやりがいを感じています。

悪い面は全体的な仕事の依頼が減ったことでしょうか。気持ちは充実してやる気もあるのにこれが結構歯がゆいところでもあります。日本にいれば足繁く売り込みに精を出せますが、それができません。でも仕事という概念をちょっと変えてみることでそれは解消されるのではと考えて、その方向性を模索しています。

今年初めに展示を行ったのですが、その時に従兄弟の家族が来てくれて「子どもに自慢できるおじちゃんになってくれてありがとう」と言われたときに自分の中でわだかまっていたものはすべて解放された気がしました。やっぱりすべては周りの人たちに楽しんでもらいたいし、自分も楽しみたいというところに最終的に繋がっていくのかなと思っています。

オアハカのホテルにて壁画を制作中のフカザワさん。

「空気を読め!」は通じない

─── 外国語についての苦労はありましたか? 苦労があったとすれば、どのように解決したのでしょうか?

言葉というとペラペラに話せて一人前という認識がぼくの中にもあったのですが、いい人間関係を保つためには相手の言ってることを理解して、ひと単語でも気の利いた返事ができたら100点なんじゃないかなと思っています。メキシコの人たちは“聞いて理解しよう”という気持ちに余裕がある人たちが多い気がするので、頑張って伝えようとすれば何かしらサポートしてくれます。でも何を頼むにも前述のようにその場主義なので、本当に今お願いしたいという意思をハッキリと伝える努力をしないといけません。ぼくを含め日本のみなさんは人にものを頼むことが苦手な方も多いかと思いますが「空気を読めっ」という日本の感覚はありませんよ。

でも言葉なんて怖がらなくてもぼくたちにはイラストレーションで活動したいという目的があるので、言葉はそれをちょっとスムーズにするツールだぐらいに思っていればOKだと思います。筆と絵具を買いたいからその単語を覚えるといった具合に、ぼくは言葉を覚えていきました。

─── 今住んでいる町のオススメスポット、お気に入りの食べ物を教えてください。

オススメスポットは、オアハカのアルカラ通りを進んで奥の「サント・ドミンゴ教会」です。日本で言えば浅草の浅草寺のような感じで、街のシンボルになっています。すべての装飾が金色で統一された内装は必見です。あとはカラフルな手編みの刺繍、様々な動物に独特な民族模様を施した木彫りの民芸品などが揃った「メルカドアルテサナル」は、絵心を持つ人にとっては押さえておきたいスポットです。街が一望できる丘の上のレストラン「エルミラドール」からの夜景は地上にも星が広がっているようで絶景です。

オアハカのシンボル、「サント・ドミンゴ教会」。
外見からは想像できないほど、内装は荘厳華麗。
レストラン「エルミラドール」からの夜景を描いた作品。

─── よく行くギャラリー、美術館を教えてください。

メキシコシティにあるシケイロスの壁画館は絶対見て欲しいです。壁と天井すべてがエネルギッシュな作品で埋め尽くされており、ただならぬ雰囲気を感じます。ぼくはここを訪れただけで、メキシコに来た価値があったなと感じました。この美術館の場所には豪華なホテルが建つ予定だったのですが、その計画が破綻してしまいました。実はそこに飾るために描かれたのが、岡本太郎氏の「明日の神話」だったというエピソードもあります。

あとはチャプルテペック地区にある人類学博物館は必見です。歴史、遺跡に興味がない方でも中央に設置された巨大な1枚岩のマヤカレンダーのレプリカなど、展示物に魅了されることと思います。

首都メキシコシティにある「メキシコ国立人類学博物館」。
あの有名な「太陽の石」も見ることができる。


フカザワテツヤ
イラストレーター。1978年東京生まれ。
宇都宮文星短期大学ビジュアルデザイン科卒、イラストレーション青山塾修了。メキシコと日本を行き来しながら、装画や雑誌のカット等を手がける。現在はメキシコ南部の都市オアハカにおいてギャラリーカフェを運営している。
www.tepping.jp

 

「イラストレーション No.215」より抜粋

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