浮世絵の一種として広く知られる「春画」は、浮世絵の中でも特に性風俗を題材とした絵のこと。印刷技術の発展で普及・流行した江戸時代においても多くの人気絵師に描かれた作品の裡には、時代が下って現在にも通じる表現、その原型とも呼ぶべき工夫が凝らされていました。
「春画コレクション 絵師が描くエロスとユーモア」では、春画が描かれた時代背景から、作品を鑑賞する際に押さえておきたいポイント、シチュエーションやテーマ、「笑い絵」としての見方など、春画が持つ様々な側面を解説。「江戸時代のエッチな本」というだけで片付けるにはあまりにもったいない、春画の面白さを知ることができます。
本記事ではPART1「春画の楽しみ方」より、理解すればより深く味わえるディテール表現について解説します。
春画の見方III(パーツ・小物)
春画には、男女の交合だけでなく、実にいろいろなものが描かれています。それら見落としがちな背景の一部や肉体の細部などにも、意外におもしろいものが書かれていることがあります。パーツや小物にこだわって見ることで、春画の描かれた状況やおもしろみなどを、より深く味わい尽くしましょう。
1. 性器……大きい ? 小さい ?
春画が性的なものを対象とした絵画である以上、性器の描き方はとりわけ重要といってよいでしょう。特に日本の春画は、性器を誇張して描くことが多いのが特徴です。男根が顔より大きく描かれることなど日常茶飯事。
しかし、それなら肉体全体のバランスが崩れるはずです。いかにバランスを崩さずに描いているのか、そんなところに注目して見てもよいでしょう。
また、同じ絵師の作品でも、生娘と遊女、元服前の若衆と一人前の男性とでは、性器の描き方にかなりの違いがあります。陰毛の生え方、大きさ、色、女陰なら愛液の量、男根なら皮の被り方などに着目してみると、高度に描き分けられていることがわかります。
2. ひと目で役割がわかる ?
春画には、描く人と見る人の間に共通認識のようなものがあります。別の言葉で表現すれば“お約束”といったところでしょうか?
例えば、毛深い男性が出てきたら、それは野蛮、あるいは下品、野暮な男性の象徴です。覗き、強姦などを行っている男性は必ずといってよいほど毛深く描かれています。一方で、女官・女中・下女、後家、乳母などはほぼ決まって淫乱、好色な女性として描かれます。実際どうだったかは別として、そういう前提で読み解くのが“お約束”なのです。これはなにも春画に限らず、現代のドラマやコミックにも見られます。眼鏡をかけた登場人物は聡明か、真面目な人として描かれることが多いといった類です。
3. さまざまな意味を持つ小物
春画を隅々まで見ると、実にいろいろな小物が描かれています。それによって場面設定を暗示しているものもあれば、“象徴的なもの”として描かれている場合もあります。
例えば、「手水鉢」(ちょうずばち)は性器の象徴とされます。たっぷりと水をたたえた鉢のほうが女性器、そこに備えらえた長くて硬い柄杓は男性器、というわけです。女性器の象徴として描かれる代表格が「貝」とくに「ハマグリ」などの二枚貝です。また、平安時代からある貝合わせという遊びとその道具は、「貝=女性器」を「合わせる」ことから、レズビアンプレイの象徴ともいわれています。
さりげなく、これらのものが描かれ、性交を暗示している絵があるので注意して見てみましょう。手水鉢の水があふれるばかりになっていたら……?
また、現在のティッシュに当たる「浅草紙」(あさくさがみ)が画面いっぱいに描かれていたら、それは交合の回数が多いことを示しています。それだけ拭いた数も多いということです。
周囲に描かれた植物、食べ物、調度品を見ると、季節がよくわかるようになっているものもあります。現代と違って半袖、長袖の違いがなく、半分以上脱いでいることも多いので、一般に衣服で季節はわかりにくいのですが、小物を見るとわかるようになっています。
春画それぞれに小物の持つ意味合いがあります。それが鑑賞の醍醐味でもあります。
手水鉢が描かれた春画は多数ある。家屋の場面設定をわかりやすくする意図とは別に、性の象徴としての役割もあったよう。