私たちが買い物で商品を選ぶとき、最初に目にするのはその商品のパッケージであることがほとんどではないでしょうか。多くの場合、その商品がどのような効用や機能を持ち、購入して使用することで、どのような利得が得られるのかを端的に表現した内容となっているはずです。
商品が本の場合は、表現意図に沿ったイメージを表紙に配し、必要に応じて表題や副題、キャッチコピーなどを配置する装丁が一般的です。本の表紙を商品パッケージと捉えるならば、それは本の内容に対して齟齬がなく、その内容を象徴するような、あるいは想起させるようなイメージである必要があります。個人あるいは同好の士(同人)が集まり自費で制作や頒布を行う同人誌においても、その基本は適用できるでしょう。
「同人作家による同人作家のための同人誌デザインの基礎&テクニック」は、同人誌の表紙デザインをメインテーマとして、デザインの基礎からジャンル別のデザイン例、より踏み込んだデザイン知識を解説しています。
解説は同人作家として活躍するRFさん、みどりさん、柏森たま。さんの3名による会話によって、各テーマを深掘りしていくというのが基本的な流れ。
内容は「基礎編」「実践編」「発展編」の3つに分かれており、基礎編では余白の使い方や構図的なバランスの取り方、視線誘導、配色、フォント、レイアウトなどについて説明しています。
続く実践編では豊富なサンプルをもとに、複数のパターンで表紙デザインの作例を例示。「クール・SF系」「感動系」「おしゃれ系」「かわいい系」「インパクト・成人向け」「女性向け」の6カテゴリについて解説しており、基礎編と実践編を行き来して参照することで、表紙デザインに関する基本的な知識の理解を深められる作りになっています。
発展編では、実践編までの内容を前提として、デザインにかかわるより深い知識を解説。表紙だけでなく目次や奥付など同人誌の内容に影響する部分にも踏み込んで、「近接」「整列」「強弱」「反復」といった「デザインの四原則」に始まり、錯視の利用やフォントの効果、印刷の色味にいたるまで、同人誌のクオリティを上げるにあたり避けては通れないいくつかのテーマについて詳説しています。
本書ではまず「良い表紙デザインとは何か」について押さえておくべきポイントを例示し、続いて「良い表紙デザイン」に必要な各要素を個別に紹介。そして前章で学んだ内容を実用した「お手本」となるデザインを複数示して、「良い表紙デザイン」のアウトラインをつかむ構成となっています。
ポイントは複数のジャンル、カテゴリについて具体的な例を挙げているところ。本書の想定読者はそれぞれ自分の同人誌のイメージを持っているはずなので、「自分の場合はどの要素を重視して表紙をつくるべきか」を考えながら、各カテゴリの内容を読み進めて、最終的には自分の同人誌にもっともふさわしい知識を選択的に身につけることができます。逆を言えば、同人誌を作る予定はないが、本のデザインについて学びたいという人には、もっと適切な解説書があるはずです。
本書の主な目的は実践編までで達成できますが、そこからあえてより専門的な領域の解説に踏み込んだのが「発展編」です。ここでは実践編までの3人に専門家をゲストに加えて話を聞く形となっており、例えば印刷時に使う紙やフォントによって見え方がここまで違う、といった具体例を複数挙げることで、完成形をイメージしやすくしています。
本書は同人誌表紙デザインのノウハウを伝える主旨の本であり、会話形式での進行のほかにデザインの「よい例」「よくない例」を並べて説明するなど、初めて同人誌を作る人でも理解しやすいよう工夫されています。それだけではなく、自分の同人誌のクオリティを上げたいという人にも向けた、より深い知識も掲載しており、通しで読んだ場合は基礎の復習にもなります。わかりやすさ優先の会話形式であるために「合う」「合わない」はどうしても出てしまうものですが、それでも「これからも同人誌を作っていく人」には有用な内容といえるでしょう。