写真に限らず、芸術表現の場ではしばしば「自分らしい」表現に価値があるとされます。ではそこで求められる「自分らしさ」とは端的に言ってどのような過程を経て作品として発露するものなのでしょうか。
「個性あふれる“私らしい”写真を撮る方法」著者の野寺治孝さんは写真表現において大事なこととして、撮影者の「感性」と「個性」を挙げています。本書では機材やテクニックも重要な要素としながら、心構えや考え方に重点を置いて、「私らしい写真」を撮るヒントとなる72のテーマについて語っています。
本記事では第2章「写真を深めていくための撮り方と考え方」より、被写体に撮らされないための心構えを説明します。
被写体に撮らされないための心構え
沖縄へ撮影旅行に行くとします。青い空に白い雲ときれいなサンゴ礁の海が目の前に広がっています。気持ちは高揚しハイテンションで撮ると思います。大抵の人はそうなります。しかしこれは沖縄に撮らされている状態なのです。
主導権はあくまでも沖縄にあり、自分の意思は希薄になっています。単に「私は沖縄へ行ってきました」という記念写真です。そうなるとお土産屋さんで売っている”ありふれた絵ハガキ”のように没個性で、空間コピー的な写真になってしまいます。そうならないための”私らしい写真”を撮るコツがあります。それは沖縄”を”撮るのではなく沖縄”で”撮ればいいのです。
言葉遊びのようですが”を”から”で”にするだけで主導権は自分に移ります。主導権がこちらにあればどう撮ろうと自由です。せっかく沖縄に来たからといって観光名所だけを撮ろうとは思っていませんか。暗い雨の沖縄でもいいのです。ただ素直に”私が見て感じた沖縄”を撮ってください。写真で最も大切なのは被写体ではありません。写真を撮る行為の主役は作者であるあなたなのです。どのように撮って表現しようとそれはあなたの自由なのです。その被写体”を”表現するのではなく、被写体”で”あなたの感性と個性を表現することが大切なのです。
“を”から”で”にするのは場所だけのことではなくすべての撮影に当てはまります。花で撮る、人物で撮る、場所で撮る。どんなモチーフでも”私らしい写真”を撮るキーワードは”で”です。目の前のモチーフに圧倒されそうになったらこの言葉を思い出してください。そして可能ならば時間をかけて、そのモチーフと対峙して慣れることが必要です。それでも冷静になれない時はそのままの気持ちで撮ってください。たとえクールダウンができないとしても、それが素直な”私らしさ”なのです。無理に冷静を装い、体裁だけを整えた”あざとい写真”になってしまうことだけは避けたいものです。
理想は”自分の視点で撮る”ことですが、感動するということは普段とは違う興奮状態ですから、そのような時こそ「〇〇”を”撮るのではなく、〇〇”で”撮ろう」と呟いてください。少しは落ち着いて撮ることができるでしょう。気持ちに左右される撮影時には自己暗示をかけることも必要なことだと思います。