長く風景写真を撮っていると、「風景」と「写真」の両方について理解が深まり、結果として写真作品を見る目も培われてくるものです。自分が撮る写真と、他者が撮る写真の違い、それぞれの持ち味に気づくこともあるでしょう。しかしそれは時として多分に感覚的で、言語化しにくいものであったりもします。
「現代風景写真表現」では、萩原史郎、俊哉兄弟が長年培った知識、経験、そして風景写真家としての矜持を「1作品、1エッセイ」の形で多数収録。美しい作品とシンプルな言葉を通して「風景写真によって表現するとはどういうことか」を知ることができる一冊です。
四季を写す中で持っておくべき心構えに関する言葉のみならず、テーマとした風景の考察や撮影時の意図、構図、露出、現像設定なども併せて掲載しており、風景写真のハウツーも学べます。
本記事では第三章「秋の木葉は麗しく化粧し」より、「風景の美しさ」に関する記述を紹介します。
美しいだけが風景表現ではない
満開のサクラや見目麗しい錦秋。自然の最も美しいとされるピークを追い求めるのも風景撮影の楽しみだ。しかし、美しいだけが自然の姿ではない。植物たちはいくつもの季節を移ろい、やがては枯れて土に還っていく。枯れた姿を「汚い」と思うのではなく、その人生に思いを馳せて、愛でる気持ちで写真を撮ってみよう。そういう視点を持つことで、作品はより深みを増してくる。
ピークの輝きを湛える花や紅葉は、どう切り取っても素敵に見えるものだ。一方、移ろう季節の寂しさ、朽ちていく姿の愛おしさを相手に伝えるには、撮影の技術が必要である。まず、丁寧に構図を追い込むことが肝心である。四辺四隅に気を配り、隙のない構図をつくろう。一見美しくない被写体を魅力的に見せることができたなら、写真の表現力はかなり高まっているはずだ。
画題の考察
嵐の錦:嵐が過ぎ去ったのだろうか。葉は茶色くなり穴も開いてしまったが、精一杯生きている。その健気で美しい姿を讃えたいと思い、絹織物の錦に例えた。
現場の読み
森の中で見つけた場面だが、曇天のフラット光だったので、パターンとして表現するには絶好のチャンスであった。丁寧に切り取れば作品に仕上がると確信して、構図を追い込んだ。
構図の構築
デザイン的に仕上げるため、中央から周辺部までピントを合わせたいと思った。そのため、葉の広がりに正対するような位置で、真上から覗くように撮影した。
露出の選択
周辺部までピントを合わせるため、F11まで絞り込んでいる。無風だったので、低いISO感度で撮影し、最大限美しい描写を確保した。
撮影備忘録
このような詫び寂びを感じる作品を撮っておくと、組写真を組むときに大切なアクセントになる。適当に撮影せず、しっかりと三脚 を構えて撮影すると構図も追い込める。
RAW現像
葉の隙間のシャドウが引き締まっていたため、「露光量」をプラスすることで葉が浮き上がるように見せた。
露光量:+1.25