現代風景写真表現
第6回

1人しか「いいね」がなかった写真は価値がないのか?

長く風景写真を撮っていると、「風景」と「写真」の両方について理解が深まり、結果として写真作品を見る目も培われてくるものです。自分が撮る写真と、他者が撮る写真の違い、それぞれの持ち味に気づくこともあるでしょう。しかしそれは時として多分に感覚的で、言語化しにくいものであったりもします。

現代風景写真表現」では、萩原史郎、俊哉兄弟が長年培った知識、経験、そして風景写真家としての矜持を「1作品、1エッセイ」の形で多数収録。美しい作品とシンプルな言葉を通して「風景写真によって表現するとはどういうことか」を知ることができる一冊です。

四季を写す中で持っておくべき心構えに関する言葉のみならず、テーマとした風景の考察や撮影時の意図、構図、露出、現像設定なども併せて掲載しており、風景写真のハウツーも学べます。

本記事では第二章「夏の山水は清々しき緑に包まれ」より、「SNSで公開した写真への反応」に関する記述を紹介します。

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現代風景写真表現

10人の「いいね」と1人の「いいね」

SNSで10人が10人とも「いいね」という写真は、確かによいのだろう。「いいね」をもらった作者も嬉しいに違いない。

10人のうち1人しか「いいね」がなかった写真は、では価値がないのだろうか。少なくとも自分とその人、2人の間ではなんらかの価値観が噛み合い、共感が得られているはずである。他の人には貴方の心眼や意図が読み取れず、その人だけに届いたのかもしれない。その写真を見て、仮にたった1人でも涙を流してくれるなら、全員から支持されるよりも嬉しくはないだろうか。

トップになれなくてもいい、特別なオンリーワンでいいじゃないかという意味の歌があるが、写真もそれでいい。自分の中にあるものを精一杯出した結果が貴方の写真なのだから、自信を持ってほしいのである。

中判カメラ 120mm 単焦点レンズ (120mm/35mm判換算95mm) 絞り優先 AE(F11・1/40 秒) +1.7EV 補正 ISO100 WB:太陽光

画題の考察
父の手、母の手:擬人化した画題である。中央の小さな樹に、左の大きな樹からも右の樹からも枝が伸び、親が子に手を差し伸べているように見えた。

現場の読み
小雨交じりだったので霧を期待していたが、それは空振り。昼前後になっても霧は出る気配がない。小雨のウエットな雰囲気を活かすことに頭を切り替えて撮影した。

構図の構築
広めにフレーミングをしているときに気づいた親子のような組み合わせ。他の要素を入れることなく、3者の関係だけに視点を絞って構図を作った。

露出の選択
親子のように見える3本の樹に、前向きな未来を感じさせる意図を持って撮影していたので、プラスの露出補正を加えて明るめに仕上げている。

撮影備忘録
小雨が撮影の間、途切れることなく降り続けていた記憶がある。ただ、雨は優しく、風もなかったので、ゆったりした気持ちで撮影していた。

RAW現像
見た目よりも明るくして、親子の明るい未来を引き出す狙い。そのためRAW現像時にほんの少しプラス側の補正を加えた。
露光量:+0.15


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