『グッとくる横丁さんぽ 全国50の裏通りを味わうイラストガイド』は、旅と食の記事を長年手がけてきた編集者である村上 健さんが、スケッチブックを携えて巡った全国の裏通りを、ほのぼのとしたイラストと軽妙な文章で紹介するイラストエッセイです。
第2回は、戦災から逞しく蘇った街、東京・池袋の横丁をめぐります。
池袋駅東口からサンシャインビル方面へ少し歩いて南へ折れた一画に、昭和の趣がある横丁の「美久仁小路」と「栄町通り」が残っています。江戸時代は雑木林と畑だった池袋ですが、明治の末に駅が開業して以来、都市化が進みました。大正期には東上鉄道(現東武東上線)と武蔵野鉄道(現西武池袋線)が開通。関東大震災後の人口流入で宅地化に拍車がかかります。
しかし、戦災で大半の地域は焼失し、敗戦の翌年からは駅周辺の戦災復興土地区画整理事業がスタート。この時、駅前広場にテキ屋の森田組がつくったバラックのマーケットで商売をしていた店の多くが、数年後にこの一画へ移転したのがはじまりです。
当初は1階を食堂や飲み屋、2階をちょんの間にして稼ぐ店が多く、ヒロポンを売る店すらあったとは、店主へのインタビューで綴られた『横丁の引力』(三浦展・イースト新書)の一節。えっ、ちょんの間を知らない? 時間貸し民泊と言っておきましょうか。それはともかく、昭和22(1947)年には、法を守って闇米を口にしなかった33歳の東京地裁判事が栄養失調による結核で亡くなります。公務員でさえ窮乏した時代、絶望的な食糧難のなかで生き延びるため、人は何でもやるしかなかったのです。
かつて人世横丁があった場所にそびえるのはニッセイ池袋ビル。敷地の端に石碑を発見。「あなたの心に横丁がありますか」と彫り込まれた黒御影の裏には、40軒の屋号が並びます。「さくら」「美里」「早紀子」……。女将の名とおぼしきものに混じって「その先」「おれんち」「摩火鮮菜」「鳥あえず」。復員兵や失職者、戦争未亡人が戦後の混乱をくぐりぬけ、やっとたどりついたこの商売。さてどんな名にすれば客を呼べるか。ダジャレからにじむ必死の思いに感慨を覚えます。
そんな池袋駅東口が、再開発で姿を変えます。豊島区役所跡地や、豊島公会堂跡地などで工事が進行中。2020年春までに30階建てのオフィス棟、7階建てのホール、9階建ての区民センターがオープン予定です。現在も東口にはアミューズメント施設が多く、アニメグッズやコスプレ衣装の店が並ぶアニメの聖地「乙女ロード」があって賑わいますが、新たなビル群には8つの劇場が設けられ、さらなる吸引力が期待されます。
日本創生会議から、「消滅可能性都市」に挙げられた豊島区。東京23区で唯一、20〜30代女性が大幅に減少する可能性があります。再開発が流動人口だけでなく、暮らしの魅力を高められるか。まずは横丁の店で談論風発といきますか。どうです、乙女ロードのお姉さん方も。
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