海外在住のクリエイターに聞く、外国暮らしと絵の仕事

イラストレーター たなか鮎子〜多様性が魅力の街、ベルリンで暮らす

絵本作家、イラストレーターとして活動するたなか鮎子さんは、30代で海外への移住を決断した。ドイツで刺激的な日々を送る彼女によるベルリン便り。

ベルリンでは、晴れた日は多くの人が屋外でくつろぐ。

外国人が暮らしやすい首都ベルリン

—— 現在住んでいるドイツ・ベルリンを選んだ理由と、その魅力を教えてください。

30代、イラストレーターとして自分なりに必死に仕事をしてきて、40代を前にした時、「これから自分は、どういう作品を作っていきたいんだろう?」と考えるようになりました。子どもの頃、ドイツに住んでいた経験があるのですが、その影響からかずっとヨーロッパの空気感が好きでした。自然と、仕事も題材としてヨーロッパの童話などをいただくことが多かったのですが、1度実際に現地でとことん好きなものを見つめ直すことで、自分の世界観をクリアにできるのではないか……と思ったのです。

また、居心地のよい東京を離れて、1度まったく違った環境へ行ってみたい、という気持ちもありました。私とメキシコ人の主人はフリーランスなのですが、2人の仕事の方向性をいろいろ話し合い、まずはロンドンへ2年弱滞在、その後ヨーロッパでフリーランスビザを一番得やすいベルリンへ来ました。

ベルリンの魅力は、多様性です。他のヨーロッパの都市に比べ、格段に外国人が暮らしやすい街だと思います。移民も多く、生活も英語でだいたい乗り切れます。日本人のコミュニティもとても活発で、こちらに来てから、生活面でも仕事の面でも、いろいろな人に助けられてきました。

—— 海外で長期滞在するために必要だった手続きを教えてください。

ドイツで仕事をしようと思ったら、就労ビザが必要です。ベルリンのアーティストビザは、こちらに来てから書類選考と面接を経て支給されますが、日本にいる間にも準備が必要です。謄本や銀行記録などの書類に加え、ドイツで何をしたいのか、数年分のビジネスプラン、プロのアーティストとして生活していけることを証明するためのクライアントとの取引記録や、推薦状なども準備しました。

もうひとつは、住む場所です。ビザ取得のためには、先に住所登録が必須なのですが、最近ベルリンは移住地として人気が高く、空きアパートを見つけるのが大変なようです。

—— 実際に住んでみて、楽しかったこと、大変だったことがあれば教えてください。

楽しいことは、まったく違った考え方を持った人や文化に触れ、自分の考えが変化するのを日々感じられることです。他の国の人にわかってもらうには、自分自身の考えをわかりやすく、シンプルにする必要があるので、自然と自分自身の方向性や好みもはっきりしてきたような気がします。作品作りにも、もちろん影響していると思います。

もうひとつは、いろんな国に気軽に出かけられること。これはEU圏に住む最大の魅力だと思います。電車も飛行機も安くて、近くなら数千円で往復して帰ってこられます。ポーランド、フランス、イギリスやドイツ国内の別の町へ、イベントや展覧会、取材をしに出かけられるのはとても楽しいです。

大変なのは、日本に住んでいた時に比べて、情報やプロフェッショナルなつながりを見つけるのが難しいことです。仕事につながるイベントやグループ展に誘われたり、本屋さんで面白い本を見つけたり……日本では当たり前だったことが、こちらだと自分で探して、イチから始めなければならない。もどかしいです。

カフェでもよく仕事をするたなかさん。
たなかさん行きつけのカフェ。アボカドサンドがオススメ。

—— ロンドン芸術大学チェルシー校に留学されています。どういったきっかけから留学されたのでしょうか?

ベルリンに来る前、ロンドンの大学院に留学しました。40歳を過ぎての遅めの留学だったので、私もかなりドキドキ。最初にお話したような理由でヨーロッパへの移住を考えた時に、「じゃあ、せっかくだから大学院に入学してみようかな」と(笑)。自分の創作についての見直しもできる上、英語にまみれる環境に飛び込めば、向こうの文化を深く理解できるのでは……と思ったんです。フリーランスとしてただ移住しても、結局は家にこもって制作するだけの日々になっちゃうかな、と。

—— デザイン事務所での勤務経験もあるとのことですが、その頃はどういった内容のお仕事をされていたのですか?

エディトリアルデザインです。女性誌やビジネス誌、ムック本などのレイアウトをしていました。特集をひとつ受け持って、編集者と打ち合わせしながらデザインを詰めていったり、表紙の撮影に立ち合ったり。デザイナーのものの見方や論理的な思考に触れることは、とても楽しいです。自分自身、イラストレーターになっても、グラフィックデザイナーっぽい立ち位置で制作している気がします。

たなか鮎子さんの作品

 

資料の宝庫に住める喜び

—— どういったタイミング、きっかけでイラストレーター・絵本作家としての仕事をスタートしたのでしょうか?

デザイン会社で働いている間に応募したイラストレーションが、ボローニャの国際絵本原画展で入選しました。それをきっかけに、少しずつ仕事を受けるようになったのですが、その後、ウェブサイトに載せていたイラストを見た絵本作家さんから、お仕事のお話をいただきました。その後は、その絵本を見た方から絵本や児童書のお仕事をいただいて……という感じで、仕事が広がっていきました。

—— 絵本の打ち合わせなどはどのようにされているのでしょうか?

メールが中心ですが、Skypeで通話することもあります。入稿は、今はほぼデジタル入稿ですが、仕事によっては国際便で原画を輸送します。運よく日本への帰国とタイミングが合う時は、できるだけ直接お会いするようにしています。編集者さんに会うと、気持ちが引き締まり、いいエネルギーをもらえます。

—— 日本とドイツ、お仕事の割合はどのくらいなのでしょうか?

ベルリンに来てから1年半になりますが、仕事は、まだ日本の出版社やデザイン会社が中心です。ドイツでは、電子絵本やコミックを企画する会社から先日お声がけがあったので、今、内容のやりとりをしているところです。

こちらのギャラリーや出版社にも、もっとアウトプットしていかなくちゃな……と思う今日この頃です。日本とはフォーカスする内容や雰囲気が少し違うので、提案時は、自分なりに調整が必要だと感じています。

ドイツの森は、人々の憩いの空間。
ベルリン市街を走る便利なトラム。

—— 海外で仕事をすることのいい面、悪い面があれば教えてください。

いい面は視野が広がり、新しいインスピレーションが湧くことだと思います。日本を離れることで、逆に日本や、その中にいた自分の立ち位置がわかったというのもよかったことだと思います。

もうひとつは、これは西洋の童話などの仕事が多い私に限ってのことかもしれませんが、資料の宝庫のような場所に住めることです。本や写真で見るのと、実際の空間に行ってみるのでは、全然感覚が違います。好きなテイストの、想像力を刺激してくれる環境にいられるのは、とても幸せです。

悪い面は、余計な手続きや語学の上達に時間を割かなければいけないこと。移住を決めてからのここ数年は、想像以上に手続き関係に時間を取られました。ビザや役所のあれこれ、引越し、ちょっとした人とのつながりを見つけることまで、すべて日本にいる時の倍以上エネルギーを使います。この時間を、もっと有意義なことに使えたら……と思わずにはいられません。

『自閉症の世界』スティーブ・シルバーマン著
正高信男・入口真夕子訳 (講談社)2017年
装画:たなか鮎子

ドイツでの暮らしについて

たなかさんの作業机。絵本のラフが壁に貼られている。

—— 外国語についての苦労はありましたか? 苦労があったとすれば、どのように解決したのでしょうか?

すごく大変でした。まずは英語。日本にいる間、合間をみながら語学学校に1~2年通い、やっと大学院入学に必要なスコアを取得しましたが、ホッとしたのも束の間、大学院の初日には真っ青。実際は大学院のレベルに全然達していないんです。結局、なんとなくスムーズにコミュニケーションできるようになったのは、卒業する頃。言葉がわかるのって、ありがたいことだなぁ、としみじみ思いました。

上達するには、とにかく続けるしかないので、BBCのラジオを毎日聴いたり、ニュースを読んだりしています。英語ができるようになると、受講できるオンラインコースなども増えるので、制作しながらでも、英語に触れる機会も増えていくように思います。デジタルスキルを取得できるLynda.comとかオススメです。

ドイツ語は、実はまだ全然手がついておらず……ベルリンでは、どこでも大体英語が通じるので、つい先延ばししていましたが、先週からやっと個人教師のレッスンを受け始めました。

—— 今住んでいる町のオススメスポット、お気に入りの食べ物を教えてください。

お気に入りの食べ物……ではなく飲み物は、なんといってもビール。大きなソーセージと一緒に飲むドイツのビールは格別です。ベルリンでは、夏になると、人々がわらわらと外に溢れ出してきます。テラスや芝生でビールを飲むのは、とても気持ちがいいです。
中でもオススメは、「ティアガルテン」という大きな森の中にあるビアガーデン。夏はたくさんの人が集まって楽しいです。仕事のあとの1杯がたまりません。

また、ベルリンには、スタイリッシュでリラックスしたカフェがたくさんあります。ベルリンは土地やお店が広々としていて、混んでいてカフェに入れない、ということはほとんどありません。ラップトップを開けている人も多いので、コーヒーを飲みながら仕事、というのもやりやすいですね。

ミッテ地区のローゼンダラー駅近辺や、コルヴィッツプラッツあたりにカフェやギャラリーが多く、よく出かけています。

ベルリンの骨董市にも、よく出かける。
ドレスデンにある「君主の行列」の壁画。

 


 

ベルリンとドレスデンにある、たなかさんのお気に入りの場所を紹介!

Do You Read Me?
http://www.doyoureadme.de/
▶アートブック専門の本屋さんです。よく立ち寄って雑誌をめくっています。

me Collectors Room
https://www.me-berlin.com/
▶ローゼンターラー駅近くにある現代アートのギャラリー。1階と2階で別の展示をしていて、企画もユニークです。入口にあるカフェも感じがいいので、よく行きます。

ハンブルガー・バーンホフ美術館
http://www.smb.museum/museen-und-einrichtungen/hamburger-bahnhof/ueber-uns/profil.html
▶ベルリン中央駅近くにある、現代アートの美術館です。駅舎を改築したユニークな建物で、ダイナミックで大きな規模の展覧会が多く開催されています。

ツヴィンガー宮殿 数学物理学サロン
http://www.skd.museum/languages/ja
▶ベルリンから1時間半ほど電車で行ったドレスデンにある博物館。15世紀~現代までの天文学の測定器具や、ランゲ&ゾーネの時計の歴史などを見るこ
とができます。ドイツの金銀細工の技の精密さに脱帽……という感じです。



たなか鮎子
絵本作家、イラストレーター、ピコグラフィカパブリッシング&デザイン主宰。1972年生まれ。
ベルリン在住。ロンドン芸術大学チェルシー校大学院修了。デザイン会社勤務を経て、フリーに。2000年ボローニャ国際絵本原画展入選。主な絵本に『かいぶつトロルのまほうのおしろ』(アリス館)、『フィオーラとふこうのまじょ』(講談社)など。書籍装画に『1リットルの涙』木藤亜也著(幻冬舎)などがある。

 

「イラストレーション No.215」

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