浮世絵の一種として広く知られる「春画」は、浮世絵の中でも特に性風俗を題材とした絵のこと。印刷技術の発展で普及・流行した江戸時代においても多くの人気絵師に描かれた作品の裡には、時代が下って現在にも通じる表現、その原型とも呼ぶべき工夫が凝らされていました。
「春画コレクション 絵師が描くエロスとユーモア」では、春画が描かれた時代背景から、作品を鑑賞する際に押さえておきたいポイント、シチュエーションやテーマ、「笑い絵」としての見方など、春画が持つ様々な側面を解説。「江戸時代のエッチな本」というだけで片付けるにはあまりにもったいない、春画の面白さを知ることができます。
本記事ではPART1「春画の楽しみ方」より、春画とはそもそも何か、その定義と楽しみ方について解説します。
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春画ってなに ?
世界中に愛好家がおり、国内では若い世代にも注目されるようになった春画。それでは、そもそも春画とは ?「江戸時代に描かれたエッチな浮世絵」では正解とはいえません。ここでは、春画とはいったいどのようなもので、どのような種類、形態があるのかについて、簡単に見ていくことにしましょう。
1. 浮世絵の1ジャンルが春画
春画とは浮世絵の一種であり、性的な画題、テーマを含んだものといえるでしょう。それでは、浮世絵とは、そもそも何でしょうか?浮世絵とは、江戸時代に盛んになった、庶民の風俗を題材とした絵のことで、「 現在の生活を楽しんじゃおう! 」といった意味合いが含まれています。一般的に、浮世絵は版画のイメージがありますが、実は肉筆(手描き)のものも存在します。浮世絵も、春画も、当初は肉筆のものが中心ですが、印刷技術などが向上するにつれ、安価で手に入る版画、版本(木版印刷の本)が徐々に普及していくことになります。また明治以降も西洋文明に押されながらも存続します。
2. 著名な春画の多くは版本
誰もが知っている有名な浮世絵というと……葛飾北斎の『冨嶽三十六景』や歌川広重の『東海道五十三次』などが挙げられるでしょう。これらはすべて版画の一枚絵です。ともに何十枚かでセットになっていますが、必ずしもセットで買う必要はありません。3枚セットで1つの絵になるものでも、たいてい1枚ずつ購入でき、「一枚絵」として楽しむことができます。ところが、春画の場合、北斎の『万福和合神』(まんぷくわごうじん)、豊国の『絵本開中鏡』(えほんかいちゅうかがみ)など比較的有名なものは、多くが本(版本)の形式になっています。本全体が1つのテーマ、長短編のストーリーになっているものも多く、挿絵入りの物語を見るようにパラパラと楽しまれたようです。
3. 組本などさまざまな春画形態
春画は版本形式のものだけではなく、ほかにもさまざまな形態のものがあります。例えば、前述のように、巻物形式の春画や、掛け軸のような表装が施された肉筆画や一枚絵の版画(錦絵)などです。
少し変わったところでは、書籍のような形式で綴じられているのではなく、一枚絵が蛇腹形式につながっているものもあります。「折本」(おりほん)とか「折帖」(おりちょう)「画帖」(がじょう)などと呼びます。
また、観光地などで売られている現代の絵葉書のように、小さめの絵が何枚かセットになって、袋に入れられているものなどもあります。これらのうち、はがきサイズ以下のものは「豆判」(まめはん)などと呼ばれています。
4. 貸本屋は庶民の味方 ?
一点物である肉筆はもちろん、版画(版本)形式のものであったとしても、江戸時代の書籍はまだまだ庶民が手に入れるには値が張るものでした。特に春画は、幕府などによって禁制の品となっていたので、ますます庶民の手が出る価格ではありません。
そこで活躍したのが「貸本屋」です。現代でいえばレンタル業者ですね。現代と違うのは、業者のほうが各家庭に回ってくることでしょうか。“移動図書館”といってもよいかもしれません。レンタル料は3日間でおよそ700円前後(現代の円換算)といわれていますから、現代のDVDレンタルより少し高いくらいでしょうか。中には1日数千円という高額なものもあったようです。
楽しみ方はいろいろ
江戸時代が春画の全盛期に当たるといわれています。当時の人はどうやって春画を楽しんでいたのでしょうか ?「現代ではアート作品として扱われることもあるけれど、江戸時代当時はしょせんエッチ本なのだから、使い道なんて決まっているじゃん ! 」という人もいるかもしれませんが、果たして……。
1. 春画は江戸時代のエロ本?
性的なものを題材として描かれたものが春画であり、性的な興奮を高めるものであることは間違いないでしょう。それゆえ、春画の使い道といえば、現代のエロ本やセクシービデオと同じように、マスターベーションのために使われた、と考える人も多いようです。また、実際に右図のように、春画を見ながら自慰行為にふける絵はいくつも残されています。それは、男性の場合もあれば、女性の場合もあります。
おそらく、そういった使い道も当然あったと考えられますし、それを裏づけるような論文も書かれています。しかし、春画の使い道はそれに限定されるものではありません。鑑賞の域を超えた価値があったのです。
2. 2人でいちゃいちゃ気分を高める
男女2人で見て気分を高め合う、という使い道もあったようです。夫婦や恋人はもちろん、遊女が客の気分を高めるために使うこともあったでしょう。友だち以上、恋人未満の相手を口説くときにも使われたかもしれません。
貸本屋が春画を見せて客の気分を高め、そのまま情事に持ちこんでいる場面を描いた春画もあります。春画を見せることで交合に持ちこむわけですから、もはや“ナンパの道具”といってもよいかもしれませんね。
しかし、ただの性的な絵というだけでは、口説きの道具として成立しないでしょう。絵的に美しいとか、おもしろいことが書いてあるとか、なにか相手が見たくなるような別の魅力が必要になってくるのです。
3. 性教育のための嫁入り道具
娘が嫁に行くときに春画を持たせた、という話も伝わっています。これは、一種の性教育のために春画を使ったのだと考えられます。右図などは若い娘が春画を見て、なにやらお勉強しているように見えます。
一方で、そうでないという意見もあります。嫁入りの際に春画を持たせるのは、むしろ子孫繁栄のおまじないの意味だというのです。性器をかたどったご神体が神社などに見受けられるように、性的なものには子孫繁栄の意味合いがあり、信仰の対象ともなっていたのです。
さらには、性的なものは生命力につながるとされ、武士は鎧の中に春画的なものを入れていたともいわれています。春画にはおまじないの意味合いもあったのです。
4. 親しい人と笑いながら鑑賞
春画は別名「笑い絵」とも呼ばれています。さまざまな春画を眺めていけば、その意味が実感できるはずです。春画の題材は、単に性的なだけでなく、笑いを伴うものが多いのです。むしろ、そっちのほうが主題ではないかと思える絵も多く、もはや自慰のネタにはならないくらいのものもたくさんあります。
性の営みは生物にとって根源的で、日常的な行為ともいえます。性をテーマに笑い飛ばすことは、「現在の生活を楽しんじゃおう! 」という浮世絵本来の意味合いに即したものともいえるでしょう。性を題材にこの世を謳歌する、それが春画の存在意義ともいえるのです。