親子デザイン工房

ロマン・トマさんインタビュー:「親子デザイン工房」で伝えたいのは「面白いアイディアを生み出すことは誰にだってできる」こと

左より、樹さん、ロマン・トマさん、竜之介さん

イラストレーターや演出家として知られるロマン・トマさんが始めた「親子デザイン」という活動が注目を集めています。子どもならではの感性で描かれた絵を再解釈し、親の手によってより明確な表現に”翻訳”する「親子デザイン」は、きわめて独創的で魅力的なキャラクターや世界観を生み出しうるクリエイティブな作業です。

では、ロマン・トマさんはどのような考えでこうした活動に取り組むようになったのでしょうか。PICTURES編集部では去る2019年1月にロマン・トマさんへのインタビューを行い、ロマン・トマさんが「親子デザイン」を始めた経緯や具体的なアレンジの方法論、ネット上の複数媒体で行っている作品発表の意図などについてお話を伺いました(以下敬称略)。

>連載「親子デザイン工房」の記事はこちら

親子デザイン工房

子どもたちの成長と、自分の中にない発想力に驚く

ロマン・トマさん

――「親子デザイン工房」のプロジェクトを始めたきっかけについて聞かせてください。

2016年のクリスマスに、親子ででかけたスカイツリーで開催されていたデザインワークショップで、子どもたちが描いた絵に刺激を受けたのが直接のきっかけですね。その時まで息子たちが描いていたのは、好んで動画を観ていた「棒人間」くらいだったので、その場で急にシルエットやディテールの面白い絵を描き始めたことには驚きました。「こんなに面白い発想があるのか!」と思ったものです。

当時は、僕とすごく仲のいい同僚のクリエイターが樹に水彩のセットをプレゼントしてくれたばかりということもあって、ワークショップに参加する前にも色々描いていたのです。僕も普段はデジタルで作画しているので、久しぶりに親子で水彩に触れて、アナログもやっぱりいいなあ、と感じていました。アナログの絵にはデジタルには出せない味がありますよね。このプロジェクトに取り組むことは、僕がアナログで絵を描くことの練習でもあるのです。

ワークショップで竜之介さんが描いた最初のキャラクター「サターン」

――「親子デザイン」のイラストレーションはSNSで大きく拡散され、話題になりました。その時のことをもう少し詳しくお聞きしてもいいですか。

完成した絵をTwitterにアップしたら、かなり良い反応をいただけたので、それならもう少し続けてみようか、ということで、次々に作品を作るようになりました。子どもたちも喜んでいましたし。

当時、一番反響が大きかったのは、「紅の医者」ですね。人気の理由は2つあって、一つは「元の絵との差が激しい」ことです。元になった絵は「親子デザイン工房」を始めた当初に描いたものではなく、それより2年前、樹が小学校に上がったばかりの頃に描いた絵なのですが、元の絵と僕がリデザインした絵を並べて見たときの差が大きくて面白い、ということで話題になりました。

もう一つは「スチームパンク風のデザイン」だったことです。スチームパンク自体が人気のあるジャンルではあるのですが、元の絵にあった「シルクハット」や「歯車」といった要素をスチームパンク風のアレンジにしたことがうまくはまった感じです。

紅の医者

――ロマンさんは本書の中で「子どもの描いた絵を”翻訳”したことがクリエイターとしてすごく勉強になった」という趣旨のことを書いていますよね。どのように勉強になったのかをもう少し詳しくお聞かせいただいてもいいですか。

「何が描かれているのかよくわからないものから、キャラクターやクリーチャーを起こす」という過程が、クリエイターとしていい勉強になったし、キャラクターデザインの練習になったと思います。

子どもたちの絵には、僕にはなかなか思いつかないアイディアとか色遣いの面白さがあります。例えば下の「空月王」というモンスターは、僕だったらこんなにカラフルにしないし、口が横向きに開いて、しかも四角いというのも僕にはない発想です。元になる絵を見たときに、どうアレンジしたらキャラクターとして「成立」するのかをいつも考えています。

空月王

――竜之介さんと樹さんの絵にもそれぞれはっきりした個性があるように見えます。

樹は思いついたものを短時間で出し切るような、激しい描き方をします。あとは「四角」や「丸」のようにシンプルな形の絵が多いですね。樹の絵からは、それが何であるかのイメージをもらって、ディテールを描き足しています。

でもディテールがまったくないわけではなくて、元の絵をよく見るとキャラクターの持ち物としてチョコを忍ばせてるとか、その発想がかわいらしくて好きですね。あとは発想のランダムさが面白い。たとえば「巴」は左手に何か持ってるのですが、これが何なのかわからない。銃のようにも見えますが、杖のようにも見える。でも実は描いた本人もわかってないんです。これは最終的に僕のアレンジで杖にしました。

竜之介はその逆で、凝った絵をすごく手間暇かけて丁寧に描いています。模様がかっこいいし、立体感のある絵を描きますね。それぞれ個性があって、どちらも面白い。

描いた本人もそれが何なのか明確には理解していない「発想のランダムさ」が面白い

――キャラクター同士が共演している展開もありますね。

僕自身が「また描きたいな」と思ったキャラクターを、ほかのキャラクターに絡めることがあります。本に収録したものの中では「クーモ」がそれにあたります。クーモはSNS上でも特に人気のあるキャラクターです。

キャラクター同士を一緒の画面に出すことで、世界観の感じられる絵になるんです。場合にもよりますが、例えばキャラクター単体では「シーン」が作りにくいと感じたときは、これまでに描いたキャラクターを一緒に出して、さらに背景を描き足してみる。逆にすごく凝ったデザインならば、単体でも十分にストーリーを感じられるイラストにすることができる。アニメーションでいうところのイメージボードのような発想で作っていますね。

ただ、キャラクター同士のシーンを作る場合でも、自分の中で複雑なストーリーができてるわけじゃなくて、子どもたちのアイデアを活かして、個別のシーンとして描いています。

クーモ

――キャラクターやクリーチャーの名前は、誰がつけているのでしょうか?

だいたい僕が考えて、奥さんと一緒に決めています。最初は英語と日本語で作って、その後書籍化するにあたり(書籍の「親子デザイン工房」はフランス語版が初出)、フランス語の名前を新たに起こしています。それを改めて翻訳したりもしているので、はじめSNSに掲載したときと本では名前の違うキャラクターも存在します。

例えば樹の考えた「ヤゴマスター」は、僕がアレンジの過程でポーションとかを売ってる薬屋のおやじにした結果、最終的に「薬剤師 ヤゴ」という名前になった、という流れです。

薬剤師 ヤゴ

 

 

――「親子デザイン」はSNSや動画サービス、紙媒体など、幅広いメディアで手広く展開していますよね。いろいろなメディアを使って発信することにしたきっかけを教えてください。

最初にアップしたのがSNSでした。3番目の絵をアップしたあたりでフランスの「Kurokawa」という出版社にいる知り合いから「絵が溜まったら本を出しませんか」と声がかかって、それで出すことが決まりました。実際に本が出たのはそれから1年くらい経過した2018年3月のことです。

SNSアカウントは僕のTwitterのほか、「親子デザイン」用のInstagramも作りました。フォロワーは開設当初からかなり早いペースで増えていて、今はだいたい31万人くらい。つい最近、どこかのメディアでこのプロジェクトが取り上げられたのか、1日で5万フォローくらい増えてたのには驚きましたね。

YouTubeでは主にイラストが完成するまでのメイキングや、描画に使っているツール紹介、チュートリアルなどを掲載しています。「いいね」の割合も非常に高くて、このプロジェクトを見て「水彩を始めた」とか「絵を描き始めた」というコメントもたくさんいただきました。うれしかったですね。せっかくこういうプロジェクトをやっているので、できるだけ作業内容は記録したいと思っています。

YouTubeでの動画配信を始めたのは、結論からいえば危機感を感じたからです。

親子デザインのイラストをTwitterにアップし始めたとき、いろんな国で話題になって、いろんなニュースサイトで紹介されたのですが、その当時は僕も動画という形ではプロジェクトを世に出していませんでした。

ニュースのメディアはテキストだけではありませんので、YouTubeなどで活動している動画ニュースも「親子デザイン」のプロジェクトを紹介してくださっていたのですが、問題はその再生数が看過できない数に上っていたことでした。なにしろ僕らのプロジェクトを紹介しているだけなのに、再生回数が多いものでは300万回を超えているものもあったのです。

もちろん僕らの名前はクレジットしてくれているし、プロジェクト自体の認知も拡がっているのですが、動画というメディアをやっていなかったばかりに、僕らのところに直接お金が入ってこない。さすがに「これはまずいぞ」となったわけです。

普段と違う取り組みが独立のきっかけに

――「親子デザイン」をやっていてよかったな、と思えたことはありますか?

このプロジェクトを始めて印象的だったのは、これまで接点のなかったたくさんの人たちがフォローしてくださっていることです。それまでは、僕が仕事をしている業界、具体的にはアニメやゲーム業界の人たちがフォローしてくれていたのですが、親子デザインを始めて以来、アニメやゲームに興味のないであろう人達もフォローしてくれるようになりました。

これは僕らが普段作っているものが、今までよりも多くの人に届くようになったということです。

僕らをフォローして、作品をもっと見たいと思ってくださっている人がたくさんいるというのは、まず単純にクリエイターとしてうれしいし、新しい作品を告知する際のプロモーションのやりやすさにも繋がります。

作品が届く人の数というのは、なぜ「エンターテイメント、アートの仕事をしているのか」という僕らの根幹に影響を与える要素の一つです。

僕らクリエイターは、日頃から頑張って作品を作っているし、作ったものがもっといろんな人に届いてほしいと思っているけれど、どうしても「届かない」人がたくさんいる。

そういった状況が長く続くと、自分のキャリアを考えるうえで、このままアニメーションを続けるのか、マンガを描くのか、それとももっと別の道を模索すべきなのか。やはりいろいろ考えてしまうんですよね。

僕は現在、ずっと社員として働いていたアニメ制作会社を退職して、「Studio No Border」を立ち上げています。スタジオ立ち上げに踏み切れたことの要因はいくつかありますが、少なくとも「親子デザイン」の成功は、その大きなきっかけになった出来事の一つだと考えています。

――個人クリエイター向けクラウドファンディングサイトの「Patreon」でも支援を募っていますよね。

Patreonは同業のイリヤ・クブシノブ(Ilya Kuvshinov)くんが使っているのを見て始めました。Patreonでは支援額によって見られるコンテンツが違いますが、親子デザイン工房の場合はそれほど大きな差はつけていません。基本的には、Patreon限定のイラストや、SNSにアップする前にいち早くイラストが見られる権利、制作の途中経過やラフをはじめ、最新情報が届く感じですね。

親子デザイン工房のパトロン募集サイト

大人、子どもの区別なく、アイディアは誰の中にもある。技術は後からついてくる

――今後「親子デザイン工房」のプロジェクトでやっていきたいことはありますか?

まず、書籍版「親子デザイン工房」の第2弾を出したいですね。まだ作品の数は足りないのですが、子どもたちの絵から作品を起こす活動は続けていきます。

また、僕の立ち上げたStudio No Borderで、僕と子どもたちが作り上げたキャラクターと世界観を、別の企画で活かしたいと考えています。Studio No Borderはアニメーションだけの会社ではなく、クリエイターの会社なので、いろんな才能を持っている人が集まれば、必ず面白いものができるはずです。

直近では、フランスで「クーモ」のアニメーション企画と、バンド・デシネやボードゲームの企画も進めています。フランスのアニメーションは「子ども向け」として作られている作品が多いので、「クーモ」のキャラクターはフランスのマーケットに向いていると思うのです。

親子デザイン工房のプロジェクトを通して伝えたいことは、「絵が上手じゃなくても、大事なのはアイディア」だということ。実は誰でも面白いアイディアを生み出すことができる。大人でも子どもでも、同じようにできることなんです。技術は練習すればついてきます。それが僕らの取り組みを見守ってくださっている皆さんに最も伝えたいメッセージです。

左から樹さん、トマさん、竜之介さん

親子デザイン工房

関連記事