『身近なものの撮り方辞典100』著者 写真家 大村祐里子 インタビュー

写真家の大村祐里子さんが『フォトテクニックデジタル』誌にて連載していた「身近なものの撮り方辞典」が本になりました!

いざカメラを持ってみると“何を撮っていいか分からない”、“どうやって被写体を探したらいいんだろう”と悩んだり、迷ったりすることがあるかもしれません。本書では、何気ない日常の中にあって実は見過ごしているものや風景たちを、大村さん独自の視点で見つめ、テーマごとに撮影した作品を掲載しています。

身近なものの撮り方辞典100」は、連載で取り扱ったテーマのほか、新たなテーマを追加し、全部で100のテーマを収録。“身近にあって気づかなかったもの”を作品にする方法のヒントが凝縮された一冊となっています。

本記事では、著者の大村祐里子さんに身近なものを被写体に変えていく撮影への心持ち、そしてスナップ撮影での機材の大切さなど、たっぷりとお話を伺いました。

身近なものの撮り方辞典100

ーー写真をはじめたきっかけを教えて下さい

大村:もともと私はウェブデザイナーだったのですが、ウェブ制作時には写真が必要になることが多かったため、特にフォトグラファーになろうという意識などもなく撮り始めました。20代半ばくらいのころです。その後、カメラの勉強のつもりで赤坂にあった赤坂三共カメラという中古カメラ店+プリントショップで働き始めると、すっかりクラシックカメラにハマってしまい、いわゆる“クラカメヲタク”になりました(笑)。

フィルムカメラで撮影した写真をブログやflickrなどに載せるようになってから、それを見てくださった雑誌の編集部の方がお仕事のお声がけをくださるようになって現在に至るというのが、私の写真を始めたきっかけ、仕事として写真を撮っていまここにいることの超ダイジェストストーリーです。

写真に興味を持つ前は絵を描いたり、文章を書くことが好きでしたし、音楽も好きで高校生のころはフルートを吹いていたんです。“表現したい”という気持ちはずっと持っていたと思いますね。実は写真を撮ることに対して、音楽も役に立っています。楽譜には音符も、演奏時の強弱も書いてありますが、その曲をどう解釈して曲想をつけていくかというのは演奏者それぞれです。絵作りとは違うけれど、写真を撮るときの解釈、“これはどういうことだろう?”と考える部分は音楽と近い気がします。

ーー普段、フォトグラファーとして、どんなお仕事をされていますか?

大村:仕事ではほぼ人物を撮影しています。ポートレートがメインですね。ときどき旅行関係のお仕事などで風景を撮影することもありますが、基本的には9割人物撮影です。

『身近なものの撮り方辞典100』を作って、普段の仕事は真逆だなと自分でも気付きました。プロフィールの写真、雑誌のお題に沿った写真、宣伝素材としての写真など、ポートレートにもいろいろありますが、モデルさんの魅力をどう伝えるかということが大切ですし、私自身の意思だけではできない仕事です。それはそれでとても面白いですし、この本に掲載している写真とはアプローチの仕方がまったく違っていますね。

ーー「身近なものを撮る」のが大好きになったきっかけはなんですか?

大村:それまでの私は趣味の写真について、“写真=絶景”というような、ちゃんと日の出を計算して撮りに行くとか、撮る場所も時間もしっかりと決めてあえて撮りに行くようなイメージを持っていました。

カメラ店で働いていたときの仲間と撮影に行く機会があったのですが、その方は「鍵」を撮っていたんです。南京錠にチェーンがついているような普通の鍵です。その人は鍵を見つけると必ず撮っていました。

それまで鍵は私の目には全然目に入ってこなかったし、なんだろうこの人は……とそのときは思ったのですが、すごくインパクトがあったことを覚えています。写真って絶景じゃなくてもいいんだ、これもアリなんだという“目覚め”だったと思いますね。

「鍵」Photo:大村祐里子(以下、同)

 

<誌面掲載作品より>

「金魚」
「水面」
「木」

ゴミを汚いとは思わない、絵として面白いから

ーー今回掲載している100のテーマのうち、特に気に入っているテーマ(被写体)はありますか?

大村:「浮き/ブイ」は自分らしいなという部分も含めて好きです。浮きとかブイとか……なんだこれっていう(笑)。ウキのまわりにまとわりつく海藻とかゴミとかも好きですね。水面にブイが並んでいて模様みたいになっていたりするのも面白いです。

「浮き/ブイ」

大村:連載一回目のテーマだった「煙」も気に入っています。1秒1秒形が違うし、雲よりも写真に変化がつけやすく、絵にしやすいと思います。あとは「工具」の金属感も好きです。本に掲載するにあたり、これまで撮影してきた写真を見返してみると「排水溝」の写真が思ったよりもたくさんあって、自分でも驚きました。排水溝にもいろいろな形があって、撮ってしまいますね。

「煙」
「工具」
「排水溝」

大村:実は時代によって身の回りのものも変わっていきます。写真には醜いものは撮らないという暗黙の不文律のようなものがあるかもしれませんが、私の写真にはゴミがかなりの頻度で出てきます。テーマのひとつにある「ビニール」もゴミの一部だったりしますが、私自身、ゴミを“汚い”とは思っていなくて、自分の美意識と言うと高尚すぎるかもしれませんが、色や形など、絵として面白いなと思ったら撮ります。

 

自分の人生でやっとみつけた、最高に好きなこと

ーー『身近なものの撮り方』というタイトルの本ですが、大村さんご自身の「スナップ写真」の集大成だと感じました。大村さんの考える、スナップ写真の醍醐味とはなんですか?

大村:普段、これまでの人生で為してきたこと……たとえば生活、ファッションなど、自分に関することでやってきたことのなかに、“これ最高だな”、“これ好きだな”と思えることって全然なかったんです。でも、自分のスナップ写真だけは“これめちゃめちゃいい!”と思えたんです(笑)。だからいまでも続いているのかもしれません。

ポートレートでは技術的な面など、こうじゃない……という部分があるのですが、スナップではそういうことはなくて、ある意味なんでもアリです。私のスナップ写真は、記録、記憶にはなっていなくて、思い出を残そうという気持ちでは撮っていないですね。絵として見て、比較的客観的に撮っているかもしれません。だから、厳密にはスナップとはちょっと違うのかも……。

 

ーー写真を趣味とする一般の私たちが、身近なものを魅力的に撮るために、どんなインプットが必要だと思いますか?

大村:実は、インプットとかそういうことよりも、身近なものを撮るという意味では、カメラが大事だと思っています。自分自身がこれさえあれば好きな写真が撮れる! と思えるカメラで、持ち歩きやすいものが見つかれば、絶対にたくさん撮るようになります。

だからインプットというよりは、機材ですね。それがスマホでもいいと思いますし。よく“スナップ撮るのに何のカメラがいい?”と聞かれるのですが、本当に人それぞれで合うものが違うと思います。ただ、自分にフィットするカメラが見つかれば、みんなものすごく撮るようになるんです。

耐久性も含めて信頼できて、サッと撮れて、気軽に持ち歩けるカメラ。シャッターチャンスはいつあるかわからないですから、どんなときでもパッと撮れるものがいいですね。

私自身、スナップを撮るためのカメラは移り変わっていますけど、いまはライカQ2がいちばん気に入っています。

 

大村祐里子のベスト・オブ・カメラ&レンズ

ーー大村さんがいま好きなカメラ、ベスト3を教えて下さい。

大村:まずは、ライカQ2。レンズは広角28mmですが、F1.7と大口径で意外とボケのボリュームもあります。また、4730万画素と高画素なのでクロップで撮影しても十分な画質が得られるのも気に入っているポイントですし、マクロモードなら17cmまで寄れるのも最高です。適度なマニュアル感も好きですね。そしてもちろん写りがいい! スナップ撮影では広角が好きなので、ライカQ2には私が求めるものがすべて詰まっていて、いまいちばんのお気に入りカメラです。

レンズでは、Macro-PlanarT* 2/50(キヤノンEFマウント)がとても好きです。この本に掲載している写真にも、このレンズで撮影したものが相当数あります。EOS 5D Mark IIのころから使っています。マクロレンズとして使っても、引いて普通に撮ってもとても写りがよく、マニュアルフォーカスなのも気に入っているポイントです。

それから、ROLLEIFLEX 2.8F ですね。レンズがクセノタールです。このカメラとはいちばん古い付き合いですが、いまだに撮っていると気分がアガります。速写性はよくないので、しっかり撮ろうと思うときに使っています。6×6というフォーマットも好きですし、描写の空気感も大好きです。12枚しか撮れないし、ファインダーは左右逆像だし、不便もありますが、現像した写真のあがりがいいときの感動は大きいです。

大村祐里子さんの愛機「ライカ Q2」
写真を始めた頃からの相棒という、中判フィルム二眼レフカメラ「ROLLEIFLEX 2.8F」
お気に入りのレンズ「カール・ツァイス Macro-PlanarT* 2/50」。キヤノン EOS 5D Mark IVに装着したところ。

 

ーー「身近なもの」を撮るとき、まず被写体になるものに魅力を感じて撮りますか? 「光がいい」ことを優先しますか?

大村:被写体ありきで撮りますね。光がよければなおよしです。だから光を最優先にしているわけではないです。いまはデジタルカメラの性能もすごくよくなって、多少の光の過不足は撮影のときにあまり問題にならないと思うので、気になる被写体は迷わず撮るといいと思います。

 

ーー大村さんは撮る前にどう見せたいかを決めていらっしゃいますが、この本のひとつのテーマの中でも、色味や明るさなどとてもバラエティが豊かでした。撮影後に色味や明るさなどに手を加えることはあるのですか?

大村:ありますね。極端に画像処理をすることはないのですが、イメージが違った場合、ホワイトバランスの調整はします。

そもそも私自身は撮るときに極端に撮ってしまうので、やり過ぎたときに戻すこともあります。特に青系、オレンジ系は寒色か暖色かでイメージが変わるので、ホワイトバランスは重要視していて、撮影の際はマニュアルでその都度設定しています。

 

初心にかえってもっともっと純粋に写真を撮ってみたい

ーーこれから写真家として、どのように活動していきたいですか?

大村:仕事を忘れた写真をもっと撮りたいなと思っています。自分の好きなカメラで自分の好きなものを撮るという、写真を撮り始めたばかりのころのようなことを実は長らくやってないなと思って……。

ありがたいことにたくさんお仕事のお声がけをいただいて、スナップ撮影をしていても、写真を見てくださる方々、自分が撮影した先の人を意識して、仕事から抜け切れないところもあるので、初心にかえって、撮ることを純粋に楽しんでみたいと思っています。

 

大村祐里子氏から写真を撮る人へ伝えたいこと

ーーこの本を手に取ってくださった読者の方へメッセージをお願いします!

大村:世の中みんな頑張り過ぎてるなって感じることがあって、例えば“バエる”というようなこと、流行や“いいね”を押してもらうこと……そういったことに囚われてしまうと、自分の好きなものが分からなくなってしまう気がします。だから、本当に好きかどうか自分に問いかけてみて、背伸びせずに身近なもの、好きなものをもっとラクに撮ればいいと思いますね。

見慣れている感覚を一度捨ててもう一度周囲を見回してみると、生きているだけで意外なところに被写体があることに気づくと思います。例えば天井でも、光の入り方で見え方が変わりますし、ビニール袋に何かを入れて撮ってれみれば、意外と面白い絵が撮れたりします。光がよくなかったらモノクロ化すればかっこよくなることも。すぐそばの路地を覗いたら、なにか面白いものが見つかるかもしれません。

私自身、撮ることが大好きなので、撮影をするときにテーマをひとつに絞ったことはありません。テーマが見つからないときは無理に見つけなくていいと思いますし、とにかくいっぱいシャッターを切っているうちに、いつか好きなものが見つかると思います。

この本が写真を撮ることを楽しんでいただけるきっかけになれたら、とても嬉しいです。

 

身近なものの撮り方辞典100

著者プロフィール

大村 祐里子


(おおむら・ゆりこ)

1983年東京都生まれ
ハーベストタイム所属。雑誌、書籍、俳優、タレント、アーティスト写真の撮影など、さまざまなジャンルで活動中。著書「フィルムカメラ・スタートブック」、「身近なものの撮り方辞典100

ウェブサイト:YURIKO OMURA
ブログ:シャッターガール
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身近なものの撮り方辞典100

 

フィルムカメラ・スタートブック

 

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