イラストに描く「幻想世界」のつくり方。キャラクターや物語から作品世界を発想する:イラストレーター・藤ちょこさんインタビュー

色彩豊かで独特の雰囲気を持った作品世界と、ディテールにいたるまで描き込まれたイラストレーションが人気の「藤ちょこ」さんによるイラストメイキング本「美しい幻想世界とキャラクターを描く」では、キャラクターや世界観、ストーリーを起点として、イラストを起こす製作方法を解説しています。

本書において重要なポイントは、作品の背景にある設定や、その発想方法。作例として掲載している4つの作品は、「ファンタジー」という大枠の中で「和風」「洋風」「アジア風」「SF風」というテーマを持ち、それぞれに関して異なる手法で発想を行い、世界観を構築していく過程を収録しました。

画面に映らない部分まで徹底的に作品世界を作り込み、演出する手法は、自分なりに方法をアレンジするもよし、そのままなぞるもよしの参考資料として役立つことでしょう。

今回、この本の発売にあたって著者の藤ちょこさんに、絵に対する考え方から、作品本書製作時のエピソード、作品発表についての方法論などについて、お話を頂きました。

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美しい幻想世界とキャラクターを描く
「魔女と彩の庭」 (c)藤ちょこ

作業中に聞く楽曲で絵のテイストを切り替える

――まずは簡単な自己紹介をお願いします。

千葉県出身のイラストレーターです。今は東京都でフリーのイラストレーターとして活動しています。現在の主な仕事としては、ソーシャルゲームのイラストやライトノベルの挿絵、今回のようなイラストメイキングの書籍執筆、たまに専門学校などでライブペイントの講義などもしています。

――既存のイラストレーションや映像作品などの中から、影響を受けたものはありますか?

イラスト自体は物心ついたころから描いていたのですが、小学生の頃に、CLAMP先生の「カードキャプターさくら」の模写をよくしていたので、それが絵のベースになっているのではないかと思います。

それ以外では、村田蓮爾先生の作品に影響を受けています。村田先生の絵を見て、光や影、モノとしての存在感に気を使うようになりました。

――最近気になっている作品はありますか?

映像作品としては、「さよならの朝に約束の花を飾ろう」が印象に残っています。私の絵では「光」と「影」の要素を大事にしているのですが、そういう視点で観たとき、「さよ朝」は画面の中の光と影の使い方がとても上手くて、絵作り的にすごく勉強になりました。

日常的には、TwitterPixivに日々アップされている作品をよく見ています。国内外を問わず、すごい作家さんは本当に多いので、特定の誰というのはここでは挙げきれないですね……。私の見ている範囲では、海外から、特に中国、台湾、韓国からすごく上手い方が出てきているという印象です。

――最近買った画集はなんでしょうか。

村田(蓮爾)先生の「futurelog」を買いました。

――イラストを描くとき、習慣にしていることは何かありますか?

そのとき描いている絵の雰囲気に合った音楽を聞いています。近未来的なテーマの作品を描くときはボーカロイドの曲を聞くことが多いですね。4枚目の「アンドロイドは故郷の空の夢を見るか?」はそのパターンです。

また、「この絵にはこの曲」と決め撃ちで聞くこともあります。今回の書籍でいえば、表紙になっている「魔女と彩の庭」はZABADAKの「二月の丘」という曲を聞きながら描きました。

仕事ではジャンルやテイストの違う絵を同じ日に描く事もよくあるので、作業をするときに聞く曲で気分を切り替えているところはありますね。

――趣味として好きなことをお聞かせください。

仕事の息抜きに好きな版権キャラを描いてみたり、ソーシャルゲームをやったりとかはしていますね。ソシャゲのお仕事をお受けする機会もあるので、ユーザーさんと同じ立場で遊んでみたほうがいいのかなと思って、遊んでいます。

あとは、カメラで風景を撮るのも好きです。でもこれは、モノの形や細部を見るための資料として記録する意味合いが強くて、写真自体を作品の精度にまで高める気はあまりないです。パースの効いた絵を描くことが多いので、広角レンズを使って、パースの効いた写真を撮るようにしています。

仕事とまったく絡まない趣味としては、カラオケに行ったりもします。最近あまり行けてないのですけどね。

――機材などの作業環境を教えてください。

メインの環境はWindows 10で、液タブは「Cintiq」の24インチの製品を使っています。遠出するときなどには、13インチのCintiqも使いますね。仕上げでは板タブの「Intuos 4」を使うことも多いです。作業机としてオカムラの上下昇降デスク「Swift」を使っていて、作業中に腰がつらいときや、気分を変えたいときに昇降させています。

――仕上げで板タブを使うのですか?

液タブは作画には良いのですが、メインのモニターと比べると、色再現度がどうしても劣ってしまうので、仕上げで行う色補正などの作業では、仕上げはメインモニターに映して、板タブで行ないます。

作画のソフトでは「openCanvas 7」と「Clip Studio Paint Pro」をメインとして、仕上げに「Photoshop」を使うこともあります。

――openCanvasとClip Studioは、どのように使い分けているのでしょうか。

あまりかっちりとした分け方はしていないのですが、openCanvasはアナログ的な描き味なので、そういうテイストを出したいときに使います。あとは、作業工程を録画する機能があるので、ライブペイントをするときはopenCanvasです。

――仕事をする中で、モチベーションを上げたいときにしていることはありますか。

やはり、良い作品を見ると「描かなきゃ」と思います。なので、好きな作家さんの画集を見たり、TwitterやPixivでいろんな絵を検索して、やる気を出していますね。

――色々な仕事の依頼があると思うのですが、請ける条件として「ここだけは外せない」というポイントは何かありますか?

一概には言えませんが、一つ挙げるとするならば「今後に繋がる仕事」は優先していきたいと思いますね。次への繋がり方にもいろいろありますが、基本的には「作家名が出る」仕事です。

絵を描く仕事は世の中にたくさんありますが、ものによっては作家名が出ない仕事というのもありますよね。私の場合は画集に掲載できたり、Webサイトで実績として掲載できるような仕事は優先的に請けるようにしています。

「透花回廊」(c)藤ちょこ

――絵を描き始めた頃、上達のためにしていたことはありますか?

私は小学生の頃、好きな作家さんの絵を模写して練習していたのですが、私の場合は「最後まで描ききる」ことがすごく良い練習になったと思います。模写だとしても、鉛筆で線画を描くだけではなく、ペン入れをして、コピックで色を塗り、一枚の絵として完成させるところまでやる。そこまでやると、いろんな気付きが得られるものです。

やはり、好きなものを描くときに一番モチベーションが上がると思うので、特に描きはじめの頃は、とにかく好きなものを描いていって、描く楽しさを見つけていくのがいいのかなと思います。

――今、絵を描くことの楽しさは、どのようなところにありますか?

絵を完成させたときの達成感は、何物にも代えがたいものがあります。あとは、絵を見た方から「ここが良かった」というような感想をもらえると、それもすごくモチベーションになりますね。

最初にはっきりとしたイメージがあれば、最終的なクオリティも上がる

藤ちょこさんの絵の魅力の一つは、作り込まれた世界観に裏打ちされた精緻な書き込みや鮮やかな色彩です。藤ちょこさんの作品を見た人の中には「一体どのようにして作品ができあがるのか」、その過程について興味を持った方もいるのではないでしょうか。

本書では作品の発想から構築、モチーフの決定、具体的な描き方にいたるまで、4つの作品を例に、4通りの作り方を解説しています。人物を表現するテクニックだけではなく、その人物が存在する世界、普段使っている道具、起きているであろう事象にまで思いを巡らせて構築された世界は、一点の作品として強烈なパワーを生み出します。

――本書は、藤ちょこさんが描いた4枚の絵のメイキングを紹介するものですが、著者として、藤ちょこさんが特に伝えたいポイントはどこにありますか?

絵のメイキングというと、普通は作業工程を順番に解説するものになると思うのですが、今回の本はそれだけでなく、私なりの絵の作り方、設計図の描き方も含めているところが特徴になると思います。

本書では4つの作品に対して、それぞれ異なる発想方法を使っています。ざっくりご説明しますと、例えば1枚目の「怪は闇夜に踊る」は、キャラクターにまつわる物語を作って、そこから発想を広げていく手法を採りました。

2枚目「透花回廊」は、旅先で撮った写真を見て、そこから発想を膨らませたものです。

3枚目の「魔女と彩の庭」は、以前にも描いたことのあるキャラクターだったので、キャラクターを起点として世界観を拡げました。

4枚目「アンドロイドは故郷の空の夢を見るか?」については、私の好きなエピソードを”擬人化”するようなイメージで作っています。

このように、作品としてイラストレーションの完成度を高めるためのテクニックだけではなくて「どのようにしてその絵を発想していくのか」というところまで踏み込んだ本というのは珍しいと思います。

「アンドロイドは故郷の空の夢を見るか?」(c)藤ちょこ

――発想の起点について、「これだ!」とひらめく瞬間って、どんな時ですか?

机に向かっているときには意外とひらめかなくて、ほかのことをしているときにふと「こうしよう」と思うことが多いです。それは例えば、街を歩いているときとか、音楽を聞いているときとか。その時ひらめいたイメージを忘れないように、メモ帳に書き留めておくようにしています。

――そこはスマホではなく、アナログなんですね。

手早く、ささっと描けるので、メモ帳ですね。メモ帳にひらめきの痕跡を残しておいて、後から改めて発想し直すためのフックにしておくというイメージです。

――設定をすることによって、絵を描くときに得られるメリットは何でしょうか。

世界観を作っておくことで、キャラクターの周囲に散りばめておくモチーフを発想する助けになるところが大きいです。世界観を起点として、そこに存在してもおかしくない建物、生物、装置などを配置できる。例えば近未来の都市をテーマに描くならば、半ば遺跡化した現代の町並みとか、宙に浮いた画面をスマホのように操作するシーンがあっても自然に見えますよね。細かい描き込みをするときに迷いなく描けるのも良いところです。

――描き始めの段階から、すでに絵の完成形がある程度見えているのでしょうか。

私は絵を描くとき、なるべく完成形をしっかりイメージして描くようにしています。ラフをカラーで描くのも、頭の中のイメージを出力しておきたいという意図があってのことです。最初の時点ではっきりとイメージができている作品ほど、最終的なクオリティは高くなると思います。

――作品のタイトルは、どの段階でつけるのでしょうか。

タイトルはいつも最後につけます。実際に手を動かして作品を描きながら、リズム感のいい言葉を選んで、自然に決まっていく感じです。

――テクニック的な面で見てほしいポイントはありますか?

私の場合は、どこから光がきていて、どこに影が落ちるのかを常に意識して描いているので、メイキングを見る中では、光と影の表現にも注目していただきたいなと思います。

もちろん、絵によっては光源の位置が重要ではない場合もあるし、「構図としてここに光があった方が良い」となった場合は、あえて光を入れてウソをついたほうがいい場合もあります。でもベースがしっかりしている必要はあって、ウソをつくにしても、頭の中に設定を作っておいた方がいいと思います。

――本書に収録した4作品の中で、一番「光」の扱いに気をつけたものはどれですか。

「魔女と彩の庭」は光源を途中で変えているので、それに合わせてモチーフの光と影の表現も変えています。ラフの段階では青空だったので、左奥から光が差し込む感じだったのですが、途中から夕焼けに変更し、光源位置も中央奥に移動しました。

これによって、奥から手前側に光が透過するような見え方、ラフの時よりもエッジライトが強めなイメージに変わっています。

――執筆時に苦労したところはありますか?

「絵を描くこと」を文章で説明するのが難しかったですね。普段、感覚的に描いてる部分が多いので、それをいかに言葉として伝えるか、言葉一つとっても、どういう表現なら伝わりやすいのか、どうしたら一番伝わるのか。いっぱい直しも入りましたし(笑)、そこは大変でしたね。

でも、自分の作業プロセスを言葉にすることで「自分はこう考えて描いているんだな」ということが再発見できたのはよかったと思います。

普段、感覚でやっていることって、スランプになってしまったときに再現が難しくなってしまいがちなのですが、一度言語化しておくことで、やり方を理詰めで再現できるので、対応させて作業を進めることができるようになります。

例えば差し色を選ぶにしても、感覚だけを頼りにやっていくと、スランプのときに色の選び方を忘れてしまったりするのですが「色彩遠近法」という考え方をベースとして持っていれば、理屈に当てはめるだけなので、ある程度うまく対応できるのです。

――今回収録した4枚の中で、製作が大変だったものはありますか。

どれもそれなりに大変でしたが、1枚目「怪は闇夜に踊る」は、普段あまりやらないものを描いたこともあって、苦労しました。魚眼レンズを通して見たような背景の表現って意外とやってなくて、ラフの枚数もこの作品が一番多いです。「空」という要素一つ取っても、はじめは構図に空は含まれていなかったところに青空を入れて、やっぱり夜空にしてみて、といった具合に、いろんな試行錯誤がありました。そうした軌道修正の過程も全部残っています。

いろいろ言ってしまいましたが、絵の書き方に正解はないので、参考にできる部分は参考にしていただいて、この本をきっかけに、自分なりの描き方を作り上げていってほしいなと思っています。

「怪は闇夜に踊る」(c)藤ちょこ

オリジナルの作品は、できるだけ高画質で見てほしい

――Webサイトのほか、登録しているSNSはどのくらいありますか。

Twitter、Pixiv、Facebookを使っています。特に前者2つは、絵を発表するツールとしてメインの位置付けです。あとは、中国語圏の方に向けた告知用として、微博(ウェイボー)にも登録しました。これは以前中国のアニメイベントに呼んでいただいたときに、TwitterやFacebookが見られないということで作ったアカウントです。

――SNSの使い方として、藤ちょこさんなりに工夫しているポイントはどういった部分でしょうか。

少し細かい話になりますが、サービスごとに、アップした絵の画質が極力下がらないような加工をしています。

画像の扱いはサービスによって異なるのですが、例えばTwitterなら、普通に絵をアップしただけでは、再圧縮されて画質が劣化してしまいます。ですが現在のTwitterの仕様では「透過領域(アルファチャンネル)のある容量3MB未満のPNG」画像ならば、劣化せずに絵が掲載できるのです。確かこの他にも気をつけるところがあった気もするのですが、ともかく、できるだけ元の絵に近い画像を見てもらうための努力です。

商業のイラストは「お試し」で見ていただくという部分もあるのであえて低画質でアップしているものもありますが、オリジナルの作品は、できるだけ良い画質で見ていただきたいと考えているので、そういう点に気を遣うようになりました。

今回出させていただいた書籍の発売にさきがけて実施したデータ配布も、その考え方に則った試みです。

――作品発表の場としての使い分けは、どのようにしていますか。

使い分けという点では、Twitterと微博には落描きを含めたいろんな絵を流して、Pixivには一部の仕事絵をはじめ、なるべくちゃんと仕上げたものを掲載するようにしています。Web版ポートフォリオのようなイメージですね。

それと作品発表の媒体は、一つではなく複数あった方がいいと思います。TwitterとPixivだけでも反応の集まる絵がそれぞれ違ったりするし、見ている層が違う感があります。もちろん両方使っている方もいらっしゃるとは思うのですが、場所を変えて発表してみると、いろんな気付きがあると思います。

作品発表の場はネットだけではなくて、例えばイラスト誌に投稿してみたり、デザインフェスタなどのイベントに出展してみたりという方法もあるので、自分に合った発表の仕方を模索してみるのも面白いのではないでしょうか。

――今後、やってみたい仕事はありますか?

私はキャラクターだけでなく、背景を含めた世界観を作るのが好きなので、例えばゲームとか、その両方をデザインできる仕事をしてみたいですね。

――イラストレーション以外の領域で興味のあるものはありますか?

今のところは「絵を描く」というところから主軸を動かす気はないのですが、絵の見せ方という点では、見る人が自由に視点を変えられる360度全天球イラストに興味があります。

藤ちょこさんの画集「極彩少女世界」(ビー・エヌ・エヌ新社 2015年刊)

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