丹地陽子さんインタビュー。目指すのは「本の内容と正しく響きあった表紙」

『街角の書店 18の奇妙な物語』フレドリック・ブラウン+シャーリイ・ジャクスン他著 中村融編(東京創元社)書籍表紙原画/ 2015年

illustration 2018年3月号 No.217」では、巻頭において丹地陽子さんの個人特集を組んでいます。

多様な画風を使い分け、小説を中心に様々な書籍の表紙を飾る丹地さんの作品を紹介するとともに、作品の制作過程やアトリエの様子も公開。丹地さん流のワークプロセスが垣間見える内容となっています。本記事では、特集内で丹地さんに行なったインタビューの中から、仕事、とりわけ書籍の装画に関する部分を抜粋してお届けします。

大切にしているのは読後感

―これまで350冊以上の表紙を描かれていますが、ゲラを読む時に気を付けていることはありますか?

ゲラを読む前にデザイナーや編集者から表紙の絵について希望があれば、それをお聞きして該当の部分を重点的に読むようにしています。例えば主人公を1人で描いて欲しいというような要望があれば、その主人公がどんな人物で、どのように描けば1番魅力的に表現出来るかを考えながら読むようにします。

ゲラを読んでから打ち合わせをする場合は、物語の雰囲気をつかむことを特に意識します。基本的に読むのは1度なので、一読者としての読後感を大切にしています。

―さまざまな画風で表紙を描かれますが、どのように画風を選択するのでしょうか?

基本的に読んだ後の印象から、どの画風が合うのか考えていますが、最近は以前に描いた表紙を指定して「この本のイメージで」というオーダーも多いです。ただそのご提案に対して自分のなかに違和感があった場合には、あえて別の画風でラフを描いて提案することもあります。

『燦〈7〉天の刃』あさのあつこ著(文藝春秋)書籍表紙原画/ 2016年

―編集者とデザイナー、どちらとやり取りをすることが多いですか?

半々くらいですね。今回対談をした坂野公一さんはしっかりとラフを描かれる方なので、基本的にご指示に沿って装画を描くようにしています。大雑把な印象ですが、絵を見てからデザインしますというお任せタイプの方、最初にラフを描いて指示される方の2タイプに大きく分かれるように思います。一方で編集の方は、言葉のやりとりでイメージを共有するのが基本なので、なるべくお会いして打ち合わせをするのが大事だなと思います。

1番冷や汗をかくのは著者さんの最終チェック段階で大幅な変更がある場合ですね。編集者さんがきちんと確認してくれているはずなのですが、最後に「やっぱり違う……」となってしまうのが、最も恐れているパターンです。もちろん、自身の著書の表紙を決める際に、ギリギリまで真剣に悩まれるのは当然なので、時間が許す限り極力対応しています。

―確かにそれは恐ろしいですね。それ以外にもトラブルはありますか?

以前に1度、大量のカット描きの仕事を受注した後にギャランティを確認したら想定を大幅に下回る金額を提示されたことがあって、さすがにその時は怒ってしまいました。最初に確認しなかったのも悪いんですけど。この1件に懲りて、以降はギャランティについてはなるべく最初に確認するようにしています。

表紙を描く上で大切なこと

―幅広い画風を持つことのメリット・デメリットがあれば教えて下さい。

いろいろありますよ(笑)。私の場合は意図的に画風を変更したのではなく、「この物語にはこの雰囲気の絵がいいだろう」と考えながらイラストレーションを描いていたら、物語が千差万別であるように、画風も結果的に広がっていったという感じなんです。もう少し絞ろうと考えていたのですが、だいぶ広がってしまいましたね。

メリットとして幅広いお仕事の依頼が来るというのはあると思います。デメリットとしては、作家性が薄くなりますよね。一目見て、「あ!丹地さんの作品だ」と分かって貰えることが少なくなる。私の作品だと分かる人には分かるらしいのですが、気が付かない人からは「え?これ同じ人が描いているの?」という反応になってしまいます。いくら幅が広いと言って頂いても、うまく描けないと感じているものもたくさんあります。

―お仕事とオリジナルでも作品の雰囲気が変わりますよね。

制作方法は仕事とオリジナルで同じなのですが、後者はスピード感を大切にしているので、印象が違うかもしれません。携帯やiPadを使って外で描く方もいますけど、私は屋外や背後に人がいるような状態では描けないんですよ。子どもの頃からインドア派なので(笑)。

―子どもの頃といえば、影響を受けたイラストレーターはいるのでしょうか。

幼い頃に見て影響を受けたのは、フェリックス・ヴァロットンですね。彼が挿絵を描いたルナールの『にんじん』が家にあって、その絵がすごく好きで真似して描いたりしていました。あとはメビウスも好きです。学生の頃に銀座にあった「イエナ書店」という洋書店が好きで、そこでメビウスの本を買ったりしていました。でも今の私の絵を見ても、今挙げた2人の影響があると思い至る人は少ないかもしれません(笑)。

―確かに分からないかも知れないです(笑)。丹地さんは表紙で人物を描くことも多いですよね。

それは依頼の時点で「顔を描いて欲しい」と言われているからですね。顔が正面を向いてこちらに目線を送っている絵は、リクエストで描いている場合が多いです。特に児童書は表紙を見た時に目線がこちらを向いていることが重要視される傾向があります。目線を外した人物のラフを描いて、あわせて提案したこともあったのですが、採用されたのはやはり目線が来ている方でした。

人物の顔を描く時は、特に目の表情に留意して描きます。それから顔の正面を描く時は、どれくらい左右対称にするかも考えます。人の顔って左右がまったくの対称だと違和感があるんですよ。ただ、ホラー要素がある作品の場合はあえてシンメトリーを強調して不気味さを出す時もあります。

―表紙を描く際に気を付けていることを教えて下さい。

表紙を描く時は書店で平積みされている状態を想像して、帯に隠れていない部分でどれだけ人の目をひけるか意識するようにしています。あとは読者が読み終わって表紙を見返した時に、本の内容と正しく響きあった表紙だと感じてくれるようなイラストレーションにしたいと思っています。

本は著者の方のものなので、著者の方に気に入って貰える表紙絵にしたいと思っていますし、出版社の営業の方が書店に行った時に自信を持って勧められる本でもあって欲しいと常々思っています。とにかく気を付けないといけないことは、とても多いですね。

 

ラフA
ラフB
ラフC
完成作品 『今すぐ読みたい!10代のためのYAブックガイド150!』金原瑞人+ひこ・田中監修(ポプラ社)ラフ3点と書籍表紙原画/ 2015年

―丹地さんはデザイン科を卒業していますし、レイアウトも想定して表紙を描かれますか?

どこにどういう文字が入るかは想像しながら描きますね。これまでの経験で「カタカナのタイトルだったらこうなるかな」とか「タイトルが長いから2行以上になるな」など、想定しながら描きます。それから打ち合わせの時に帯の高さは聞くようにしています。文庫本の場合はほぼ一律ですけど、単行本の場合はさまざまなサイズがありえるので、留意が必要です。場合によっては帯に隠れる部分もうまく活かした絵作りも可能ですし。

あとは季節感も意識します。出版の時期に合わせた方がいいのか、合わせなくてもいいのか。物語にも季節感があったりするので、それも確認するようにしています。

―単行本の場合は表1から表4まで1枚の絵がつながってデザインされている場合も多いですよね。

袖から袖まで繋がっている絵を描くのは楽しくて好きなんですけど、最近は文庫描き下ろし作品が増えてきているので、残念ながら少し減っていますよね。


イラストレーション 2018年3月号 No.217

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