今、最も注目を浴びるロシア人イラストレーター、イリヤ・クブシノブさんにインタビュー

画集『MOMENTARY』が国内外でヒットしたロシア人イラストレーターイリヤ・クブシノブさん。Instagramのフォロワー数は110万人を超え、国内外で最も注目を浴びるイラストレーターの1人といえる。

多くの作品をSNSで発表する一方、これまであまり自らの制作に対する考え方や、経歴を語ってこなかったイリヤさんにインタビュー。創作活動歴や来日のきっかけ、そして女性を描くことに対する思いについて聞いた。

イリヤさんがショートカットの女性を描くことが多いのは、
冬目景さんが『イエスタデイをうたって』で描いたハルからの影響だという。

若い頃から学んだ建築

──絵はどのような形で学び始めたのでしょうか?

11歳から学校で絵を学び始めました。授業は専門的な内容と一般的なものが半々くらいでした。私の専門は建築だったので、授業でデッサンを学ぶ時もみなさんが考えるようなデッサンとは少し異なり、モチーフのバランスを重視したものでした。絵を描くだけでなく、建築模型を作ったりもしました。
私が建築を学ぶことに決めたのは、実は母です。私が子どもの頃によくレゴで建物を作っていたのを見て、将来は建築家になるのがいいと思ったそうです(笑)。

──授業はどういった内容なのでしょうか?

いわゆるデッサンの授業です。対象を見て、それを描く。水彩で描く課題などもありました。そういった教育を17歳まで6年間受けました。その後は、1年間アニメーションの専門学校に通ってから、大学の建築学科に進学しました。それから4年後、在学中にゲーム会社で働きはじめたのがきっかけで、ゲームやアニメーションの仕事に興味を持ちました。将来をどうするか悩みましたが、建築ではなくもっとクリエイティブな世界で自分を試したいと思い、本格的に(フルタイムで)ゲーム会社で働くことにしました。

──建築をずっと学んできて、それを途中でやめるというのは大変な決断ですよね。

建築家になることは自分が決めたことではなかったので、しっくりこなかったのだと思います。奨学金試験に落ちたことがきっかけで、改めて「なぜ自分は建築を学んでいるのだろうか?」と自問自答するようになりました。親が決めたレールに乗ってずっと建築を学びましたが、「人生の意味」を考えた時に、ロシアの画一的でクリエイティブな要素が少ない建築の世界で生きるよりも、もっとクリエイティブな世界で、より人の生活に影響出来る仕事に生きることに惹かれたのだと思います。

大学を中退した後は、ゲーム会社で1年間働き、それからモーションコミックを制作している会社に転職しました。

日本、そして冬目景さんの影響

──そういった経歴の中で、なぜ日本に来ることを選んだのでしょうか?

2、3年モーションコミックの会社で働いて、最初はコンセプトアーティストをしていたのですが、そのうち監督になり、絵コンテを描いたり全体のディレクションをしたりしてとても充実していました。この時は寝る間も惜しんでプロジェクトに打ちこみました。
その後、ゲーム会社に再度転職して、デザインなどを担当したのですが、その会社が作っているゲームが、私の目には他のゲームの真似にしか見えず、それまでの経験からも、ロシアでクリエイティブな仕事をすることは難しいと考え、憧れていた日本に行きたいという気持ちがどんどん高まっていきました。それでいろいろ日本について学ぼうと考え、インターネットで日本に住んでいるロシア人と友だちになったり、その友人にどうやって日本に行ったのかを聞いたりしていました。

ロシアの会社では、みんなお金を稼ぐことが目的になっていて、クリエイティブにはあまり感心がありませんでした。でも、私が好きな漫画、アニメ、ゲームを生み出している日本なら、漫画やアニメを勉強出来る環境が得られると思い、日本に来ることにしました。

──多大な影響を受けたという漫画家冬目景さんの作品にはいつ頃出会ったのでしょう。

初めて冬目さんの作品に出会ったのは 18歳の時で、『羊のうた』という漫画でした。この頃は、大学の建築学科に進んだことに悩んだりもしていて、私の人生でも一番どん底の時代でした。私にとってそんな辛い現実から逃避する方法が、漫画やアニメを見ることでした。そんななかで、冬目さんの『イエスタデイをうたって』を読んで、現実に向き合えるようになりました。
同作品で冬目さんが描く登場人物たちは、私にとって本当の友だちのような存在であり、その作品に自分を重ね合わせることによって、現実世界の悩みと向き合うことが出来ました。現実の友人や親にも話せないようなことも、彼らになら話せる気がしました。ですから、この素晴らしい作品を生み出してくれた冬目さんには、とても感謝していますし、尊敬しています。

──ロシアのイラストレーション業界の現状はどういったものなのでしょうか?

ロシアにおいてイラストレーションは、お金をたくさん支払うものとは認識されていませんでした。インターネット上にある画像などを勝手に使用したりする人も多いというのが現状です。私が仕事を依頼された時に提示されたイラストレーションのギャラが、円換算で1点 千円程度ということもありました。この金額ではとても生活は出来ません。つまり仕事として成立しないレベルです。

──SNSを非常にうまく活用していますよね。工夫していることはありますか?

一番重要なことは毎日最低1回は投稿することです。粘り強く続けていくことが大切です。毎日ではなくてもいいですが、定期的に発信することが多くの人に関心を持って貰うために重要だと考えています。

──そういった方法で SNSを活用している人もいますが、イリヤさんの場合はフォロワー数が桁違いですよね?それはなぜなのでしょうか?

うーん。それは自分でも分からないんです。実は私自身はあまり自分の作品が好きじゃありません。でも、みんなが「いいね」を押してくれたり、コメントで応援をしてくれるので、「今日も描こう」と頑張ることが出来ます。見てくれた方の反応が、絵を描くモチベーションの1つになっています。

女性を描くこと

──女性をたくさん描かれています。女性を描く際に大切なことは何でしょうか?

バックストーリーまで考えてから描くことが重要です。私はいつもその女性の性格や年齢、名前なども想像しながら描くようにしています。そして、その女性は描かれている時に、どんな感情だったのだろうと考えながら描くことで、女性の表情も自然と決まってきます。

──女性の服装を描く時に参考にするものはありますか?

女性用のファッション誌を買って、参考にしています。男性用の雑誌に載っている女性たちはセクシー過ぎて私の絵には参考になりませんが、女性誌は女性に対するリスペクトがありますし、流行のスタイルなど勉強になります。

──女性の髪型を描く時にも参考にするものはあるのでしょうか?

あまり考えずに描くとショートカットの女性を描いてしまうことが多くて、後で気付いて髪型を描き直すことがあります。ショートカットの女の子が多い理由は、冬目景さんの『イエスタデイをうたって』の登場人物ハルから受けた影響だと思います。一方で長い髪を描くのは少し苦手かもしれません。

──目の描き方も印象的です。

目を描く時は、目の真ん中には穴があるということを必ず意識します。穴がある場合、正面と横、斜めから見た時に、それぞれ見え方が違いますし、光の入り方も違いますから、自然と描き方も変わってきます。

──光の話が少し出ましたが、光の描写で意識することはありますか?

光については、表情と構図を決めつつ、その表情が一番映える光の当たり方を考えています。私はスクエアの画面に作品を描くことが多いため、画一的な構図になりがちなので、変化のある構図になるように常に意識しています。そして、その構図をより印象的に見せるベストな光の当たり方をいつも検討しています。

女性を描く際には、表情に特に注意しているというイリヤさん。
表情が一番映える光の向きと場所を常に意識し作品を描いている。

色に対するこだわり

──色に対するこだわりはありますか?

自分で少し変わっているなと思うのは、緑色をほとんど使わないことです。絵具で木や緑の物体を描く時は、混色して緑色を作るようにしています。デジタルで作品を描く時も同様に緑は使わないです。私の目に見える対象をそのまま表現していくと、どうしても緑になりません(笑)。昔のフィルムは緑系に色が転がることが多く、緑系を使うとフィクションのような雰囲気になってしまうと無意識に感じているのかもしれません。出来上がった作品は補色の関係から紫っぽい作品になることが多いんです。

──確かに本誌に描き下ろして頂いた表紙も、作品集の表紙も紫ですね。

特に紫が好きというわけでもないのですが、紫を入れると自分でも驚くような不思議な雰囲気の作品になるのが好きです。本当に好きな色は黒と赤ですが、緑を使わない結果として紫っぽい作品が多くなっているのだと思います。

──アナログの場合、単色の緑は使わないのはなぜでしょうか?

学校の授業で風景を描く際に、教師から緑を使わないようにと教わってきたので、それが刷りこまれているのだと思います。歳までは全然色のことが分からず、ただデッサンでモチーフの色をコピーしていただけでした。でもゲームを作る仕事をやるようになった時に、色について学ぶ必要性を感じて、ヨハネス・イッテンの書いた『The Art of Color』を読んで学びました。

──画材について教えて下さい。

液晶タブレットはワコムの Cintiqの27インチを使っていて、ソフトは Photoshopと CLIP STUDIOを使っています。2つのソフトを使い分けている理由は、それぞれの優れている部分を活かすためです。 Photoshopにはさまざまな設定や加工が出来るよさがあるので、色塗りや仕上げに使っています。一方、線をきれいに描けるので線画は CLIP STUDIOを使っています。
最近は鉛筆で描いた線をパソコンに取りこんでから、デジタルで仕上げをする方法を採ることが多いです。線は鉛筆で描くのがもっともいいと思いますし、着彩はデジタルの方がフルコントロール出来るのでデジタルを使っています。

──タブレットはいつ頃から使っていたのでしょうか?

19歳の頃に個人的に買ったのが一番最初です。すごく使いづらかったですけど。ロシアのゲーム会社で働いていた時は板タブを使っていました。液晶タブレットを使うようになったのは日本に来てからです。

イリヤさんの作業スペース。
現在は液晶タブレットで制作を行なっている。
アトリエの本棚にギッシリつまった資料。
作品集やハウツー関係の書籍も多い。

スクエアの構図へのこだわり

──普段の生活で、イラストレーションを描くために意識的にしていることはありますか?

本を読んで勉強をしたり、インターネットで他のイラストレーターのチュートリアルを見て学んでいます。他にもゲームをプレイする時にもデザインなどを意識的に見ていますし、あらゆる物事から絵を描くことのヒントを吸収したいと考えています。

──ファンアートもたくさん描かれていますが、練習の一環なのでしょうか?

そういう意味もありますが、基本的には対象となる作品の素晴らしさを、多くの人に知って貰いたいというのが、一番の動機です。自分の好きな作品を他の人にも好きになって欲しい想いがあります。

──スクエアの構図にこだわりがあると画集でも書いていますが、それはなぜでしょう?

よく描かれる構図は4:3だと思います。この構図がメジャーなのは、書籍の判型にこの比率が多いからではないでしょうか。ただ、私の場合はSNSを中心に作品を発表しているので、SNS上で作品がもっともよく見える構図を考えていて、それがスクエアだと思っています。
もちろん私も仕事では4:3のフォーマットで描くことが多かったので、この比率で描くことに慣れていますし、作品に躍動感を出すことにも向いています。ただ、それでは面白くないので、スクエアの構図にディテールを描きこみつつ、バランスを取るという難しさに挑戦しながら描くのが楽しいんです。

──「ファイナルファンタジー」のキャラクターも描いていますよね?どういった経緯で依頼が来たんですか?

私が pixivで描いていたファイナルファンタジーのファンアートを見た方が、依頼してくれました。ファンアートを発表していると、公式に仕事の依頼が来ることもあって、そういった時は本当にうれしいです。『サイレントヒル』のコミックのカバーも同じような流れで依頼を受けました。

──『パドルの子』(虻川枕著・ポプラ社 2017年)の装丁を描かれていますが、あれが日本では初めての装丁の仕事ですか?

初めてです。あの仕事は、画集を見てくれた編集者さんからの依頼でした。デザイナーさんからラフを貰って、横長の表1から表4につながる作品を描きました。私としては、もっと人物を大きく描きたかったのですが、装丁には作品の雰囲気や世界観を見た人に伝えるというもっとも大事な役割があるので、結果的にこのデザインでよかったと思います。水の中を描くのもとても楽しかったです。

──これからチャレンジしたい仕事はありますか?

CDジャケットは形がスクエアですから、私にぴったりな仕事だと思うので、ぜひ描いてみたいです。もちろん装丁の仕事もこれからどんどんしていきたいです。ほかにも広告やミュージックビデオに挑戦したいと考えています。ロシアではアニメーションの監督もしていたので、もっと勉強して、将来的にはアニメーション制作にも挑戦していきたいです。


イリヤ・クブシノブ
ロシア出身のイラストレーター。現在は日本で活動中。
Twitterや Instagramなどでオリジナル作品やファンアートを発表し、注目を集める。
2016年には初の画集『 MOMENTARY』(パイインターナショナル)を出版。

撮影:坂上俊彦


 

「イラストレーション No.216」

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